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花園と親友

動きやすいように、といつもよりは緩く巻きつけたコルセット、その上から着るのは淡い水色を基調としたふわりと広がるドレス。ただし、いつもの夜会で着るそれより短い丈は、はしたなくならないようにと膝より少し下までで、前世でいうワンピースに近い。流石乙女ゲームの世界、女の子が楽しめるようにと、例え貴族でもファッションに対して寛容だ。

しみじみとそんなことを考えつつ、鏡を見つめる。……うん、変なところはないはず。私より気合いの入っていたメイドに六人がかりで手伝ってもらったしね。



最後に大きな鍔のついた空色の帽子をかぶり、手には円型の黒くて小さな鞄を持つと、玄関で見送ってくれる両親に挨拶をし、そのまま門の外へと出た。そこには既に、ザラフィーニ家の馬車が停まり、そのすぐ傍にはラルフ様がいる。

黒のベストに、白のワイシャツに赤い紐のネクタイ、そして紺色のスラックス。

夜会の時は正装として燕尾服に近い服を着る彼だけど、私同様、いつもに比べてカジュアルな服装だ。……格好いいなあ。ここが日本ならモデルのスカウト受けてそう。



「お待たせして申し訳ありません」


「いや、今来たところだ。その格好、よく似合っているよ」



さらりと誉められてしまい、思わず目を伏せてお礼を言う。


微笑を浮かべた彼にごく自然な動作で手を差し出され、その手に自分の手を重ねてエスコートされた。



普段は閑静な街だが、今や彼方此方で明るい音楽が鳴り響き、露天商には沢山の人が並んでいる。

上からは色紙を千切ったようなものが絶えず降り注ぐ。




「わあ…」



思わず感動で声を漏らす。ラルフ様も「二回目になるが、本当に華やかだな…」と声を漏らした。

夜会も王族や貴族が開催するだけあって華やかだけれど、窮屈で威圧的な空気が張り詰めている。

今はそれがなくて息が吸いやすい。



「縁日みたいだろ?」


こっそり囁くラルフ様に成る程と納得して何度も頷いた。懐かしくてはしゃぎたくなるようなこの感じ。それは前世のお祭りと似たような空気だからだ。



「…あまりはしゃぎすぎるわけにもいきませんけどね」



本当ならストレス発散とばかりに露天商を駆け回りたいとこだけど、変な噂が立っても困る。

残念に感じて呟く私に、ラルフ様は苦笑した。



「そこはどうしても貴族の祭りだからな。庶民の祭りならもっと羽も伸ばせるが…」


うんうん、と頷きかけたところで、ふと疑問が生じた。

今の言い方、前世の話じゃないような…。



「……庶民のお祭りに、行ったことがあるんですの?」



正直に質問してみたところ、「あ、やべ」と小声で呟いたラルフ様は口を押さえて顔を背ける。

…ほほう。


にやにやと笑って彼を見詰め続ける私に、最初は目を背けるだけだったラルフ様は観念したかのように肩を竦めて白状した。



「……ダグラスと屋敷を抜け出してお忍びで」


「まあ!でもよく成功しましたわね」


「やり方があるんだよ。脱走経路とか、その間の使用人たちの誤魔化し方とか…」



ばつが悪そうに語るラルフ様の声がどんどん萎んでいくことに笑いが込み上げる。

ずっと生真面目な方だと思っていたから、悪戯坊主のような新しい一面が、可愛くて眩しく見えた。



「でも、楽しそうですわ」


「まあ、な」


「私も行ってみたいです」


「…………」


「行ってみたい、で、す」



うふふ、と笑って顔を覗き見れば、私が何を言いたいのか理解したらしく、ひくり、と彼の口端が引きつった。



「…リーリエは女の子だから…何かあったら困るし」


「あら、男女差別ですか?」



うぐ、と言葉に詰まるラルフ様に内心ガッツポーズを取った。

いや、この世界は男女差別当たり前、みたいな文化だけどね?それでも前世の記憶持ちなだけあって、やはりこういう言葉は弱いみたいだ。



「口止め料をまだ頂いてません」


「……君、そういう子だったか?もっと大人しかったような気がするんだが」


「猫をかぶってたんです」



ほら、負い目とか色々あったしね?ウィンクしてみればラルフ様は顔に手を当てて俯いた。…ちょっと調子に乗りすぎた、ごめんなさい。でも、最近のラルフ様だって、前みたいに何事にもきっちりして真面目な完璧紳士、以外の面を見せてくれるし、お互い様だと思う。…個人的に今のラルフ様の方が好きだし。



「…あー…もう、わかったわかった。今度機会があったらな」


「ありがとうございますっ、楽しみにしてますね!」



満面の笑みで念を押せば、深いため息を吐かれた。



「…まあ、こっちの方が可愛いからいいか」


「っ!?」



何気なくぼやいたらしいその言葉に、足がもつれて危うく転びそうになった。ラルフ様が腰を支えて抱き上げてくださったおかげで何もなかったけど…そもそも元凶がこの人なんだよなあ…!感謝はしますけどね!ええ!




その後、私達はひとまずぐるりと回ってみることにした。

花園祭とは、貴族のみが参加できる祭り。それもあって一般的なお祭りとは、ちょっと勝手がちがったりする。

まず、お金は一切使わない。楽団などの見せ物は、気に入れば祭りに備えて事前に国から配られた花を、楽団の用意したカゴなどに投げ入れる。花の量が多い楽団は国の催しに引っ張りだこになるし、祭りの最終日にはその量に応じた賞金が与えられる。

露天商も同じだ。購入するには後に請求書が家に届くため、領収書へのサインと、そして店が気に入ったという証として花を一輪。

元々、ここに出店している店は国の厳しい審査を潜り抜けている。その中でも特に人気がある店、となれば、瞬く間に評判は広まり、王族や貴族のお得意様が沢山つくことになる。店側としても本気を出さない訳にはいかない、という訳だ。


現に、今目の前で行われている軽業師とその相方である小猿の演技は素晴らしい。


綱渡り、ジャグリング、壁登り……。

小猿の愛嬌たっぷりの仕草と、軽業師の剽軽な物言いに周りの観客の笑い声で埋め尽くされる。



「可愛い…!本当に可愛いです!」


「今軽業師とハイタッチしたな」


「本当ですねっ、可愛いー…!わ、わ!跳んだ!今すっごく高く跳びました!!」



……私もこんな風にはしゃいでしまった。しょうがないじゃないか、馬以外の動物なんて久々に見たんだもん。

でも、ラルフ様もそんな私に呆れることもなく、むしろ楽しそうに拍手をして花を投げ入れていた。私も慌てて懐から出した花を投げ入れる。その花を食べるふりをする相棒に、「食べちゃだめー!」と叫ぶ軽業師のお兄さんのコンビに、更に心を鷲掴みにされた。



「リーリエっ」



舞台が終わり、次へ移動しようとしたところで声をかけられた。



「セイラ!」



軽く宝石が散りばめられた黒のワンピースドレスに身を包み、髪を一つに結い上げた親友がこちらに近寄ってくるので笑顔で小さく手を振った。



「ザラフィーニ様、ごきげんよう」


「ごきげんよう、レイニーン嬢。それからグロイツ殿」


「あ…ごきげんよう、グロイツ様」



いつも通り凛とした態度で挨拶をするラルフ様につられ、セイラの婚約者であるロイツ様に貴族の礼をとる。



「ザラフィーニ殿、アラウン嬢も、お元気そうで何よりです」



青みがかかった黒髪に、鷹のような鋭い金の瞳に、がっしりした体格のその人は、シェオルンド・グロイツといってグロイツ子爵家の三男、そして騎士団の小隊長を務める、セイラの婚約者である。

年齢は22と私達より年上だが、大人びていて知的なセイラを尊敬し、溺愛している。



「ザラフィーニ殿、今年の学園試合にも参加なされるのでしょう?」


「はい。未熟者ながら全力を尽くす所存です」


「素晴らしい。もしよろしければ、いかがですか?今後手合わせを…」



無表情ながら、グロイツ様の瞳が輝いているのがわかる。

そんなグロイツ様にラルフ様も楽しそうな表情で語っている。

剣を扱う婚約者同士の盛り上がりに割り込むなんて当然出来ない為、私はセイラに声をかけた。



「よくグロイツ様の予定が取れたわね」



屋外で行われる貴族の祭りとなれば、当然危険もつきまとう。

犯罪が起きないよう、騎士団は彼方此方で見回りを強化しているのだ。小隊長のグロイツ様もさぞや忙しいだろうと思った為、少し意外だ。

セイラはふふ、と軽やかな笑い声をあげて、見ている此方が恥ずかしくなるぐらいに愛しげな眼差しでグロイツ様を見詰める。



「日勤と夜勤で交代で警備するのよ、シェオは夜勤なの。でも、夜勤は朝の八時までの勤務になるまでだから大変でしょう?私はゆっくり休んでほしかったんだけど……私が初めて参加できる花園祭には、どうしても一緒に回りたかったんですって」



ふふふ、と笑いながら頬を僅かに赤らめてのろける姿は、まさに恋する乙女だ。

普段は何事にもあまり動じない、大人っぽい子なのにな。このギャップに弱い男性は多そうだ、女の私だってきゅんとしたもの。

可愛いなあ、と和んでいると、グロイツ様がごほん、と咳払いをした。そのままセイラをじろりと睨むが、耳が赤く染まっているので威圧感は皆無に等しい。



「――セイラ…あまり余計なことを話すんじゃない」


「まあ、申し訳ありません。とても嬉しいことだったので、ついはしたなく浮かれてしまいました」



苦言を呈したグロイツ様に甘く笑いかけ、恥ずかしげもなく言い切るセイラ。

そんな年下の婚約者に「そんな大したことはしてないだろう…」と、ついに耳以外も赤らめてぼそぼそと零す堅物と有名な騎士。

……和むわあ。

いつの間にか隣に来たラルフ様は、どこかそわそわとした雰囲気で二人を見つめていた。あ、これ絶対前世の血が騒いでる。この二人をネタに漫画描きたいって顔してる。描いたらお金払うんで是非見せて下さい、お願いします平原先生。



「…私達はそろそろ行くわね、お邪魔したら申し訳ないから」


「アラウン嬢…!」


「ええリーリエ、また学園でね。…それからザラフィーニ様」



何か言いたげなシェオルンド様の言葉を遮ったセイラは、ラルフ様を真っ直ぐに見つめた。



「リーリエは貴方様を心から慕っている。それは彼女を見ればよくわかりますわ」


「セイラ!!?」



何を言ってくれてんのこの子!!

顔が熱い。隣のラルフ様を見ればパチパチと瞬きを繰り返している。どうしよう!否定するにもアレだし、かといって肯定するのも気まずいっていうかなんて言うか…!!



「貴方様の素晴らしい噂も、よく耳にしております。……この子の未来を託すといっても過言ではないお相手が、貴方様なのは本当に幸運に恵まれたことなのでしょう。…それを踏まえて、敢えて身の程をわきまえぬことを言わせていただいてもよろしいでしょうか?」


「……何なりと」



おどけた様子もなく、恭しく頷くラルフ様に、セイラは満足げに目を細めた。



「二度と私の親友を悲しませないとお約束してくださいな。次は許しませんから」


「せ……!?」



さっきとは違う意味で、ラルフ様に何てこと言うの!

冷や汗を感じながら慌てて割り込もうとする私を、ラルフ様がやんわりと手で制した。



「…未熟な俺の行いが彼女を傷付けたことは、後悔しきれないことだ。

我が家の誇りと、我が人生にかけて、彼女を二度と傷付けないと誓おう」



そう言って胸に手を当てて誓いの礼をとるラルフ様。途方に暮れた私は親友とラルフ様を何度も交互に見た。



「……お噂通り、誠実で素晴らしい殿方ね。私の婚約者の次に」


「セイラ!!あれは私が悪かったの!」


「それも知ってるわ、たしかに貴女にも非があった。…それでも、私は貴女に味方するわよ?だって私の大切な親友ですもの」



あっけらかんと言い切る彼女に、開いた口が塞がらない。セイラの隣にいるグロイツ様が、「すまん…」と短く謝った。



申し訳なさでいっぱいになってラルフ様を見れば、何故か晴れやかな表情を浮かべていた。




「…………本っっ当に、ごめんなさい」



セイラと別れた後、ラルフ様に謝れば彼は軽やかに笑う。



「いいって、むしろ殴られるかと思ったし」


「いや、それは流石に有り得ませんよ」


「そうか?それぐらい怒ってたぞ、彼女」



まじか。

ラルフ様を見れば、特に冗談を言っている様子はない。

たしかに、さっきのセイラ、珍しく強気だなー、とか思ったけどさ。





「君はあまり覚えてないかもしれないけど、高熱で倒れたあの日、本当に泣くんじゃないかって顔で俺のこと詰ったんだよ」



ええー…?全然覚えてないな。

あの日は本当にふらふらだったし、何してたのかも覚えてない。

そんな私に苦笑を浮かべ、ゆっくりと足を進める。



「あれで初めて、自分がやらかした失敗を自覚した。気付かないうちに俺は、身勝手に一人の女の子を傷付けたんだなって」



……たしかに、と、かつての私を思い出す。夜会で婚約者の私より友人を優先し、転入してきたばかりの女の子と仲良くする彼の姿。


まるでお前なんてどうでもいいと言われてるようで、苦しくて、惨めで、泣きたくなる記憶だ。


……まあ、今の私から言わせれば、『甘えんな小娘!』と一蹴する話なんだけど。


アンダーソン嬢に関してはまあ、百歩譲ってわかるとして、他は身から出た錆もいいところだからな!!

夜会に関しては言ったのお前だよ!って話だし、そんな高圧的で反発的な態度で仲良くなれるわけないだろ!!

…と、いくらでも文句が言える。



「あの頃の私の自業自得なところ、強いと思いますよ。ラルフ様の非なんてそれこそ一割あるかないかで…だからセイラもあんなこと言う必要なかったのに…」



それを正直に話したところ、ラルフ様は柔らかく目を細めた。…子供扱いされてるようで恥ずかしい。一応、前世では彼より長生きしたんだけどな。




「それでも、親友の彼女は君が悲しむ姿を頻繁に見てたんだ。そりゃあ原因の男に何か言わなきゃ気が済まないだろうさ」



……そういうものか?でも、ラルフ様ばかり責められるのはやはり納得いかない。



「――今すごく、エイラ様に罵られたいです」


「誤解を生む発言はやめなさい」



はあい、と軽く返事をすれば、帽子ごしに頭をポンポンと撫でられ、手を引かれた。



「露天商を回ろうか、何が食べたい?」


「焼きそばを」


「……おい。何てこと言うんだ、俺まで食べたくなっただろ」



この国にないからね、焼きそば。

割と真剣な声音で責められたので、思わず笑ってしまった。それに釣られたのか、ラルフ様も肩を震わせて笑う。



「ラルフ様」


「ん?」


「私、昔のことを思うとやっぱり色々納得できないし、申し訳ない気持ちでいっぱいなんですけれど」


「うん」


「でも私、今が楽しいです。貴方の隣にいる今が、本当に楽しい。


貴方の婚約者になれて、本当によかった!」




笑ってそうはっきり宣言すると、何も無いところでラルフ様が躓いた。ほんの少し身体が傾いただけで倒れ込まないあたり流石だと思う。



「………リーリエ」


「いつものお返しです」



えげつない、という弱々しい呟きが聞こえる。先程のグロイツ様同様、彼の耳は赤く染まっていた。


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