大人の苦悩と世界の歪み
「さてと、どこから話そうか」
もう日が遅いから、と、詳しい話は翌日の休日に持ち越された。
そんな訳で、現在私は、ザラフィーニ家のラルフ様のお部屋でお茶を飲んでいる。
二人きりで話したい、というラルフ様の言葉に、伯爵夫妻や使用人の皆さんは微笑ましいと言わんばかりの笑顔で了承してくれた。
……残念ながら、そんな甘ったるい空気にはならないんだけどね!
「あの……改めてお伺いしますけど…平原大和先生、ですよね?」
「はい」
「っっ本物だぁ…!!」
平原大和。『君と歩む未来』のイラストレーターである。所属する会社が初期にはギャルゲーを作っていただけあって、
男性は勿論、ヒロインや女性キャラも繊細なタッチで魅力的に描かれている。
後に大手ゲーム会社に依頼され、RPGやアクションゲームも手掛け、それらも大ヒット。少年漫画の作画も担当し、アニメ化にまで漕ぎ着けるも、突然の事故で帰らぬ人となった。
ネットニュースで知った私はショックのあまり寝込んでしまったものだ。
苦笑する平原大和先生…もといラルフ様は、椅子の背もたれに寄りかかった。
……そんな人の生まれ変わりが、私の婚約者だなんて!
サインも貰えてよかった!あのノートとペン、絶対あれ以上使わない!
「まさか俺の名前を知ってるなんてな、恐縮だよ」
「だって!私が『君と歩む未来』を買った理由はパッケージに一目惚れしたからなんですもん!あれから先生の描いた作品は全部集めたんですよ!それこそ遺作の少年漫画から、かなり初期に販売した男性向けエロゲーまで!」
「げほっ!!」
興奮のままに伝えると、ラルフ様は飲んでいたお茶でむせ込んだ。
「や…やったのか?エロゲー…」
「あ、大丈夫ですちゃんと成人してましたからっ」
「そ、そっか…」
「綾祢ちゃんぐ凄く好きで、陵辱ルートから純愛ルートまで余すことなく楽しみました!」
「やっぱりアウト!」
何が?
首を傾げる私に、「今の見た目的に……青少年の法律に引っかかる…」と虚ろな目で語った。……成人済みの頃の記憶だから大丈夫なのに。
「そういえば、ラルフ様は私が転生者だって知ってたんですね?」
「ん?ああ…だって君、わかりやすかったから」
ざっくりと言われ、黙り込む。…あ、うん…ですよね。
「学園に復帰して、前みたいにつんけんした態度が無くなった代わりに、やたらこっちの様子窺ってくるし。特にアンダーソン嬢と関わった時なんか顔色悪くなるしな」
…すごいな私、怪しい行動しかしてないんじゃないか。
羞恥で俯く私に、ラルフ様は喉を鳴らして笑った。いじめっ子かよ、かっこいいな。
「あとは、前よりかなり大人っぽくなったかな。まあこれくらいでお仲間だって決め付けるのは早いかなって思ってたんだけど…あの、夜会の時にな。君の顔がどう見ても、『婚約破棄は勘弁してくれ』って顔だった」
「……本当に申し訳ありませんでした」
「いや、だからあれは俺に非があるんだって」
だって、ラルフ様からすると、やたらつんけんしてた世間知らずの面倒くさい婚約者の小娘が、ある日を境にやたら自分にビクビクしながら挙動不審になってたわけでしょ?挙げ句の果てに検討違いもいいとこな心配してる訳だし。
気まずくなって誤魔化すように紅茶を一口飲めば、ラルフ様は小さく肩を竦めた。
「言い訳がましいだろうが、俺も余裕がなかったんだよ。――記憶が戻ったのはアンダーソン嬢が転入してきてからだ。それで、攻略キャラやこの学園の状態を把握したら、“絶対に逆ハーレムルートに進ませる訳にいかない”って思ってな。だから出来るだけイベントは妨害してた。結果は…あまり効果がなかったけど」
深いため息を吐いて、憂い顔を見せるラルフ様に、私はずっと気になっていたことを問いかけた。
「あの…なんでこの世界、こんなにおかしいんでしょう?だって、『君と歩む~』の世界は、もっと女の子が喜ぶ話でしたよね?なのに…これって、誰かが関与してるんでしょうか?」
自分で言っていて、その可能性は充分あるのでは、と考えた。
この世界は、私やラルフ様、そしてアンダーソン嬢のように、転生者が複数人存在する。
ならば、それ以外の転生者がいたとしても何ら不思議はない。
その転生者が、攻略キャラたちを歪めてあんなことになっている。
「いや、そうじゃない」
しかし、私の仮説は製作者の一人によって、ばっさりと切り捨てられた。
「この世界は、ある意味ではゲーム通りなんだ」
「……それは……?」
どういうことだ?と思わず首を傾げた。
それに対し、深いため息を吐いて数秒沈黙するラルフ様は、小さく舌打ちをした。
「多分、この世界は―――没ネタを元に創られてる」
「………は?」
瞬きを繰り返すと、彼は深い夜の闇のような前髪をくしゃりと片手で掴んで乱す。
「……この作品は、俺達製作陣にとって、初めての乙女ゲームだった」
それは知ってる。
彼らがそれより以前に作っていたのは、成人向けだろうが健全だろうが、男性向けの恋愛ゲーム…つまりギャルゲーばかりだった。
「初の試みだったから、みんなてんやわんやでな。――ところでリーリエは、『君と~』のストーリーやキャラたちに対してどう思った?正直に評価してほしい。できればちょっと辛口で」
「え!?」
スタッフを前に!?イラストは問答無用で満点だけど、正直ストーリーはそこまで手放しに誉められないよ?!
しかし、あまりにも真剣な表情で見詰めてくるラルフ様に、観念して渋々口を開いた。
「……女の子の憧れる、シンデレラストーリーです。ただ、攻略キャラに関してはテンプレすぎてちょっと個性に欠けるかなって。ストーリーも王道過ぎる気がします」
まあ、人気があるから王道って成り立つんだけどね。ただ、出来ればもう一捻りほしかったかなあ、って思わなくもない。
それに苦い表情など一切見せず、小さく頷いた彼は腕を組む。
「だよな、それは反省してる。ただ……情けないことに、時間がなかったんだ」
「まあ…初めての乙女ゲームですしね」
「それもあるが……シナリオ担当の奴が、とんでもない性癖持ちでな」
「せ、性癖?」
思いも寄らないワードに顔が引きつる。「あれは最早性癖だよ」と吐き捨てるラルフ様。い…一体何が…。
「あいつは、可愛い女の子が駄目男に理不尽に振り回されつつも、健気に尽くす。そんな図が好きなんだ」
「ストーリーとしてはなくもないのでは?」
「まあな、ギャルゲー時代にはそれが役に立つことも多々あったさ」
でも、乙女ゲームだって需要がないわけではないと思うけどな…結構他の乙女ゲームの攻略キャラも性格に難ありの場合が多いし。それを更生させてデレさせるのが楽しいわけで、よっぽどのキャラじゃない限、り…………。
そこで私は、一つの可能性に気付いてしまった。ラルフ様を見れば、澱んだ目で微笑んでいる。ちょっと怖い。
「ああそうさ、この世界は、没にされた『君と歩む未来』の初期案なんだよ。シナリオライターが提案した初期案は、まさに今のアンダーソン嬢みたいに、ひたすら頭のネジが外れた攻略キャラに理不尽に愛される話だったんだ。…一応聞くけど、そんな乙女ゲーム、売れると思うか?」
「かなりマニアック向けだと思います」
即答すれば、だよな、と弱々しい返答が返ってきた。なんでも、私達がプレイしたゲームは、元の設定を即席で削って足してを繰り返した結果なんだとか。
「――それであのクオリティは凄いですよ」
「……スタッフ総出でシナリオ書き直したから」
ゲームを作るって大変なんだな……。
まるで大戦を経験した老人のように遠い目で語るラルフ様に、私は心の底から尊敬と同情の念を抱いた。




