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 なんとなくかぁ、あるよな、そういう事ってさ、とトオルは言った。

 その日僕とトオルは遊びに行く約束をしていた。とはいえ、特にどこか目的地があるわけでもなく、携帯ゲーム機と小銭と軟式の野球ボールとグローブでも持ち、公園で時間をつぶそう、といったものだった。

 僕はビックカツが好きで、トオルはよっちゃんイカが好きだった。

 僕とトオルはよくそうして時間をつぶした。五限目が終わり、チャイムが鳴った後の休憩時間、トオルが僕の傍に寄ってきた。

 ごめんキュウちゃん、俺の友達とカラオケでも良い? 誘われちゃってさ、何人か来るっていうから、キュウちゃん連れて行っても良いなら良いよ、って言っちゃった。金、なかったら返してくれるなら俺奢るしさ、とトオルは言った。

 あ、そうなの、良いよ別に、行こうよ、カラオケ。お金、多分足りるしさ、足りなかったら、貸してよ。と僕は言った。

 悪い、ありがとう、とトオルが言った時、再びチャイムが鳴った。


 その日最後のチャイムが鳴り、僕が帰り支度をしている時、トオルがまた僕の傍に寄ってきて、制服だと色々面倒臭いからさ、皆家に帰って、着替えて、四時半ぐらいに駅前集合な、と言った。

 わかった、行くよ。と僕は言い、机の中に詰め込まれた教科書や筆箱をまた同じように鞄の中に詰め込み、カラオケ、の内容を想像しながら家に帰った。

 テレビで見た、ああいう感じだと、照れくさいやら、ちょっと、困るよな、と思った。


 家に帰るとお母さんはもう仕事から帰っていたようで、テレビを見ていた。僕に気づくとおかえりと言った。

 小学校低学年の頃は、まだシャッターを開けられなかったので家に帰る前に電話をしなければならなかった。今ではお母さんはゆっくりテレビを見ていられる。

 僕がお母さん、と呼びかけると、何? という声がする。お母さんの顔はテレビの方を向いていて、声だけが僕に来る。

 オカネ貸してくれないかな、友達とカラオケに行く事になって、今三千円あるんだけど、足りるかどうかわからない、と僕が言うと、お母さんの顔は僕の方を向いて、あんたが? 珍しい。と言った。うん、それで、大丈夫かな? と僕が言うと、ああ、いいよ、とりあえず三千円ぐらいで良い? と、テーブルの上に置かれていた長財布を手に取り、千円札を三枚出し、僕の方に突き出した。僕はありがとう、と言って受け取った。

 階段をあがり自分の部屋に戻る。階段からはギシギシと音が鳴る。部屋に入るとまず汗ばんだ靴下を脱ぎ、そしてスラックスとブレザー、カッターシャツを脱ぎ捨て、最後に肌着を脱ぎ、全部を布団の上にばらまいた。箪笥を開けると僕の服が入っている。顔ぶれは小学校高学年の頃から中学二年生の今まで変わっていない。

 箪笥を上から順繰りに開け着替えを取り出す。まず新しい肌着に頭を通し、ジーンズを履き、橙色のスウェットを肌着の上から着て、適当な白い靴下を履いて、頭を掻きながらウルトラマンが描かれている学習机の一番上の引き出しを開けて、キーホルダーを手に取った。

 キーホルダーには流行っている鼠のマスコットと、小学校の頃生き物係をやっていた時、夏休みに時々様子を見に行くから、という理由で作ってもらったウサギ小屋の鍵、そして自転車の鍵が一緒にぶら下がっていた。僕はそれを財布の中に入れ、ジーンズのポケットに入れた。電話の親機が鳴った。お母さんからだった。ヒサ、何時ぐらいに帰ってくるの? お母さんがいつもテレビを見ている、昔お店だった所には電話の子機がある。わからない、と僕は言った。


 自転車に乗り、待ち合わせ場所の駅前に着くとトオルと二人のクラスメイトが居た。皆こざっぱりとした生地の薄そうなペラペラの服を着ていて、トオルもそんな服を着ていた。

 あ、キュウちゃん、後二人なんだ、シオリとシノブがまだ来てないんだ、トオルはそう言う。トオルの隣に居るクラスメイトが携帯電話を持って話している。

 うん、もう四人集まってるよ、早くしろよ、ダッシュな。その色黒で、背の高いトムソンガゼルみたいなクラスメイトはまだ一度も僕の方を見ていない。

 矢作くん、ごめんね、今日なんかトオルと遊ぶ約束してたんでしょ? と、トムソンガゼルじゃない方のクラスメイトが僕に話しかけてくる。

 僕は、良いよ、俺カラオケって行った事なかったけど興味あったし、と無意味に微笑む。

 あ、そうなんだ、矢作くんがどんな歌歌うか、楽しみだなぁ。

 

 それでは、……の……です、どうぞ。

 

 

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