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鈴の音が深く低く響く。
この鈴の音は何だ?
鈴の音は酷く頭に残る。仏壇の鈴の音は他の音とは違う、聞いた瞬間に、頭が一瞬鮮明になる気がする。
良子の写真が黒い縁の額縁に入っている。
僕は黒い革のジャンパーを着ている。
なあ、ヒサ、この音は何なんだ?
キュウちゃん、お前さ、ロックやれよ、トオルはそう言った。ヒサヒト、久人、ヒサヒトはキュート、可愛い可愛い、キュウちゃんだ。ハハハハハ。トオルはそう言って笑う。
なあ、俺、英語はさ、よくわかんないよ、でもさ、キュウちゃんが歌った曲、カッコよかったよ。と、トオルは言った。
僕とトオルは二人で歩いている。街灯がアスファルトの地面に光を照らしている。どこかで発情した猫が赤ん坊のような鳴き声をあげている。トオルは自転車を押しながら、僕の少し前を歩いていて、時々僕の方を振り返る。自転車についた鈴を右手の人差し指で押さえ、音の波を指の腹で吸い、音が鳴らないようにしてからガチャガチャと弄んでいる。
そうかな、よくわかんないよ、俺、ただ歌いたい曲があんまり、無かったから。と、自転車を押しながら僕は言う。
中年の酔っ払いのバカヤローと叫ぶ声、そのアルコールの臭気がしそうな声を乗せた夜風が僕の頬に当たる。僕らは電車の線路沿いを歩いている、電車はけたたましい音をあげ、僕らが進んでいる方向へと走っていく。中には人がたくさん居て、一様に下を向き、虚ろな顔をしていた。
僕が中学校に入学してすぐの頃、僕とトオルは席が隣同士になった。お互いに別々の小学校だった。トオルがよろしく、と言ったので僕もよろしく、と言った。僕は人と話すのが得意でなく、トオルも僕ほどではなかったが、あまり得意ではないようで、なんとなく一緒に居る事が多くなった。二年生に上がってもそれは同じで、お互いになんとなく、他に話す相手が居ないのでなんとなく一緒に居るような、そんな付き合い方をしていた。
キュウちゃん、何であんな歌知ってるの?トオルは僕に聞く。
僕は一つ大きな欠伸をしてから出てきた涙を右手の人差し指で拭った。さぁ、なんとなくだよ。CDのジャケットを見た時、なんかピンと来ちゃって、買ったらハマったんだ。僕はそう言った。テレビを点けた。黒いサングラスをかけた司会者、その横に立つ顔の整った女性、光を反射するキラキラの服を着た色んな人が行儀良くひな祭りの雛壇みたいな所に座っている。サングラスの司会者がキラキラの服を着た一人か、似たようなキラキラの服を着た中でも特に似たようなキラキラの服を着た人達を呼ぶ、そうしたらそのキラキラの服を着た人たちは同じような挨拶をする、司会者がそれでは、……の、……です、どうぞ、と言う。そして歌が始まる。歌は愛と恋と切なさと自由を歌っている。歌が終わり、司会者が……の、……でした、と歌手の紹介をする、名詞だけが入れ替わる。その中の一つを学校に行っている時、休み時間に聞いた覚えがあった。次の日の放課後CDショップに行って、その名詞のCDを買った。そのCDに入っている歌を歌っている人たちが白い花畑で肩組みをしているジャケットだった。それとは別にもう一枚別にCDを買った。白い花畑で肩組みをしている人達がジャケットのCDだけ買うのは何だか恥ずかしかったし気持ち悪かった。だから売り場にある中で、一番怖そうに見えるジャケットのCDを一緒に買った。家に帰って白い花畑で肩組みをする人たちのCDを再生すると、よくわからなかった。何かを歌っているのだけれど、ずっと同じような内容でずっと同じような音なので退屈で、よく皆こういうものを聞いていられるなと思った。皆きっと、皆でこれを話すため、仕方なく聞いているんだろうと思った。何の気なし、勿体無いと思い、もう一枚のCDを再生した。最初に聞こえたのはビニール袋を裂いたみたいな、ノイズの多いギターの音だった。そして英語の歌が始まった、何を言っているかはわからなかった、しかし聞き続けた。何かが違った。何かを話しているのだと思った。何かを伝えたがっているのだろうと思った。ほとんど英語はわからなかった、しかし授業で習った事のある、知っている単語が出てきて、そこだけは意味がわかった。
なぁ、俺を助けられないか?
何かが俺の頭の中に居るんだ。
オー、イェー
僕はその時、歌と一緒に叫んでいた。