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 一度、母親に聞いてみた事がある。幼稚園でね、蝿が眼の中に入って、僕の頭の中に入って、時々体の色んな所からカサカサカサカサ音がして気持ち悪いし、変な、自分が死ぬ夢ばっかり見るんだ。母親は最初幼稚園の先生と同じように笑ったが、僕が真剣だと知ると、真剣な顔をしてこう言った、蝿はね、そんな風にはならないよ、体の中に入れば食べるものはないし、体の中で飢え死にしてるよ。変な夢は、ヒサ、あんたが多分、繊細だからよ。そうか、僕は繊細だったのか、と俺は思った。

 母親は嘘をつかなかった。サンタクロースなんて居ない、と俺が蝿に捕まえられてから最初のクリスマスに教えてくれた。

 久人って誰だ?

 良子って誰だよ?

 良子は嘘をつかない人だ。

 久人はその子供だ。

 ヒサはあそこで一人寂しくウルトラマンのビデオを見ている。ウルトラ水流でウルトラマンがジャミラを倒す所を見るのは今日だけで三十回目だ。ヒサの体は小さくて、痩せている。藁人形みたいだ。

 ヒサが朝起きると良子は居ない、仕事に出ているか、仕事が休みの日はパチンコに行っているかしている、ヒサはテーブルの上にサランラップのかけられたおにぎりとウィンナーと玉子焼きを見つける、ヒサはそれを持って電子レンジに向かう、そうしていつも三分暖める、少しぬるいが前に五分暖めたらあまりに熱くて舌を火傷してしまったからだ。

 ヒサと良子は昔店舗だった物件が閉店した後、賃貸として貸し出されている一軒家で暮らしている。玄関にはシャッターが降りている、ヒサは体も小さく力も弱い、だからシャッターを開けられない、家に一人で居ると得体の知れない何かから重なられ体を切り裂かれ高い所へ連れて行かれそうになる、ヒサはそう感じる。だからヒサはウルトラマンを見る、ウルトラマンは強い、強くて正義の味方だ、だから怖いものはウルトラマンを怖がるはずだ、だから内容に退屈していてもヒサは何度もウルトラマンを巻き戻して再生する、夕方になりヒサが居る二階のすりガラスが赤く染まる頃シャッターの開く音がする、ヒサは怖いものを遠ざけるために激しく音を立てて階段を降りる。そうすると良子か水道点検のおじさんが居る、水道点検のおじさんだとしても外の景色が見られ外には普通に人が歩いているのでヒサは嬉しかった。

 ヒサは何度か二階から飛び降りようとした事がある、それほど一人で居る家というのは恐ろしい、外には普通に人が歩いている、生活している。しかしヒサが家の中で誰かに殺され恐ろしい目に合わされても誰も気づかないんじゃないか、家はもうどことも違う空間になってしまったんじゃないか、ヒサは何度もそう考え二階の窓を開け窓ふちに足をかけた、足がすくんであと一歩が出なかった、シャッターの開く音がする、ヒサは激しく音を立てて階段を降りる……

 

 そうだ、俺は蝿を頭の中に入れたままどんどん大きくなったんだ。

 

 僕は叫んだ。ギターの弦が切れるかと思うぐらいに弦を叩いた。ただのパワーコードを馬鹿みたいに弾いた。僕は跳ねた、頭を振った、まだ足りなかった、壁に頭をガンガンぶつけた、そして叫んだ。ギターのボディ、そこで音は何度も反響し、音をキャッチボールするみたいにして、ボディの中で行ったり来たりし、そのたびに音は徐々に徐々に大きくなる、ギターのボディが張り付いた僕のペニスの尿道と臍の穴から音は入りこみ、僕の頭の天辺と背骨のポコンと出っ張った所、尻の穴、足の裏の地面にピッタリとくっついている所、音はそこから流れ出す。音は僕の体の中で僕の体の中身と少し交じり合う、そうして出て行く時に僕の中身は少しずつ漏れ出す、世界へ溶けていく。僕は壁に向かって跳ね、ぶつかり、地面に勢いよく倒れこんだ、背中と肩が痛くてそれが気持ちよかった、足で地面を引っかきぐるぐる回った、ピックで弦を引き裂こうとした、そのまま叫んだ、何と叫んでいるかはわからなかった。弾いている曲は知っている曲だった、知っている曲たちの一番好きな部分をめちゃくちゃに弾いただけだった、それでも何かもを忘れられた、蝿の声は小さくなり遠くへ行った、しかし、それに気づいたとき、僕は急に馬鹿らしくなって、やめてしまった。

 僕は呆けて天井を見る。天井からぶら下がっている蛍光灯、そこに蝿が飛んでいた。

 

 もう、無駄な抵抗はやめろ。

 

 蝿がそう言った気がした。それは僕の中に居る蝿と一緒になって、音をキャッチボールするみたいにして行ったり来たりし、そのたびに声は徐々に徐々に大きくなった。仏壇の鈴が深く低く響く時みたいに、頭に残った。

 


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