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 シホが帰り、僕は閉じられたドアを見ていた、ふと笑い声が漏れた。そうだよ、海は怖いんだ。だから俺はここに帰ってきたんだろ、ここに帰りたかったんだ。どんどん子供の頃に戻りたかった、子供の頃だってロクな事はなかった、でもその前だ、俺が意思を持つ前、蝿にとり付かれる前、いや、あの頃だってまだ、脳味噌はあった、そうじゃない、本当に安心できる何か暖かいぬるぬるした場所に帰りたかったんだよ、暗くて狭いぬるぬるしたあの場所に、深く低く響く音が鳴る、誰かとずっと繋がってる、そうだ、子宮に帰りたかったんだ、俺はそのためにギターなんか弾いてロックなんかやってたんだ、情けない奴だ、もう俺には何もない、逃げる場所は子宮にしかない、しかしその子宮はもう存在しない。頭を思い切り、壁に向かって、叩き付けた。こいつがぶっ壊れて僕のその撒き散らされた脳味噌を薄く薄くヘラで誰かが、伸ばしてくれれば、俺は、そうなれる。


 僕は携帯電話の通話口を押さえた。トオル、シホがさ、来たいって言うんだけど。

 トオルは訝しがった目で僕を見る、お前本気かよ、今何の話してたと思ってるんだ。僕は少し腹がたった。

 でもトオル、シホとはちゃんと話した事ないだろ、本当に気が合うんだよ、そんな、ネットで噂だとか、どうのこうので、友達やめられる、そういう人じゃないよ、一緒に飲もうよ、皆で、そうすれば、俺の言ってる事っていうか、俺が嫌だって言ってる事もわかるよ。

 トオルは机に転がっていた煙草の箱から一本取り出し、先に火を点け、口に咥えた。わかったよ、と、トオルは言った。

 シホ、いいってさ、場所はさ、俺のマンションの手前にコンビニあるだろ、あそこ左に曲がってさ……

 ジャーン! シホはハンドバッグからビニール袋を取り出し、机の上に置いた。

 何これ? 僕が聞くと、シホはおみやげよ、と答えた。

 トオルは落ち着きなく煙草を吸い、煙を吐き出している。僕がビニール袋を逆さに持って振るとマールボロが三箱出てきた。何これ? 僕がもう一度聞いた。

 ミルク・プラス、いや、シガレット・プラスってとこ。と、シホは言った。

 あんたらこういうの好きでしょ? シホがそういうとトオルは少し嫌そうな顔をした。

 お前さ、いや、シホか、シホちゃん、そういうのやめろよ、ヒサに押し付けるなよ、何よ、そんな強いものじゃないわよ、シホはそう言って僕の方を見る、ね、ヒサ、別にいいわよね。僕は、シホ、今日も白いカーテンみたいな服なんだね、と言った。あんた好きでしょ? とシホが言ったので、僕はまあね、と答えた。

 シホはマールボロの箱から一本取り出し火を点ける、ね、別に大したもんじゃないわよ。いいでしょう? シホは僕とトオルを交互に見る。勝手にしろよ、とトオルは言い、同じようにしてマールボロを口に咥え、火を点けてから、台所にグラスを取りに行った。

 戻ってくるとそれをシホの前に置き、ジンと三ツ矢サイダーを注いだ。それから僕もシガレット・プラスを吸った。そこからは、よく覚えていない。シホとトオルは、楽しそうに話していた気がする。


 さて、僕が洞窟に住み着いてから結構な時間が過ぎていた。何ヶ月なのかはわからない。僕は、奴らのやり過ごし方、というものにも中々に慣れてきていた。僕は最初泉の水を飲むだけで満足していた。そこに映る自分の顔を見てその顔が毛むくじゃらで笑っていること、そして何より、泉の底に骨が沈んでいる事を見て安心していた。そこで顔を洗い水を飲むのが僕の一日のはじまりだった。ふと泉に潜ってみたいと思った。ひどく暑い日だったからかもしれない。恐る恐る、足を突っ込むと泉はひんやり冷たく、気持ちが良かった。僕はまた一歩一歩と自分の身体を泉に沈めていった。頭のてっぺんまで水に漬かり、僕は目を閉じていた。光を薄いスクリーンを通して見るような、そんな赤い自分の網膜の裏だけが見えていた。僕が目を開けると、泉の中が見えた。水面から光がさしこみ、泉の壁面の岩や土、すぐ近くに生えている木や草や花が影を作っていて、とても、美しかった。綺麗だった。僕は短い手足を動かし、水をかいた。どんどん底へと潜っていった。僕と同じように見える動物の骨に近づきたかった。骨の近くには首輪のように見えるものがあった。錆びていて、本当はなんなのかよくわからなかった。金メダルのようなものがくっついている、そんな形のわっかだった。僕はそれを手に取り、金メダルを指でなぞった。アルファベットのRが彫られていた。僕のイニシャルと同じだ、とアールは思った。


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