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トオルは僕がそういう仕事をしている事を知っていた、だから何も言わなかった、トオルはいつのまにか、僕をヒサと呼ぶようになった。一緒に酒を飲んだ時だけ、キュウちゃん、に戻った。
トオルは大学生になった、僕の前では大学の事を言わなかった、僕達は一緒に集まってただギターとベースを鳴らして僕が叫びトオルも時々叫んだ、そして僕達は時々ライブをした、ライブハウスを借り切って客を呼んだ、最初はトオルと同じ大学の友達ばかりが来た。トオル、カッコいい! チムチムがそう叫びシンバルを鳴らす、トオルはその声を聞いてヘラヘラ笑いながら手を振り返す。
しかし演奏が始まると、真顔になる、僕はトオルは、偉いよ。と思った。ドラムはイノウエくんがやってくれる事もあったし、イノウエくんの都合の悪い日はリズムボックスを使ったり、また別の人を呼んだりした。
トオルね、俺に始めて、ドラム叩きに来てくれって言いに来た日、ヒサさんの事ばっか話すんですよ、と、時々叩いてもらったドラムの人は言う、トオルは恥ずかしそうに、そういう事こいつに言うなよ、と言った。
少しずつ知らない人がライブに来るようになった。ある日、僕達がライブを終え、控え室、というか、留置所みたいな所で僕は座り、トイレに行ったトオルが帰ってくるのを待っていた時、ねぇ、対バンしましょうよ、と知らない人、髪にパーマを当て、似合ってもない茶髪、ひ弱なトムソンガゼルみたいな、カジくんほど強そうでもないから、変わりに自分の体を大きく見せるためにギターを背負ってるような奴が僕にそう言った。
僕が胎盤? と聞き返すと、ひ弱なトムソンガゼルは勝ち誇るような顔になった。対バンですよ、た・い・ば・ん。あ、合同ライブとでも言えばいいのかなぁ、とトムソンガゼルは言い、文化祭みたいな感じ? と僕が聞くとトムソンガゼルは更に嬉しそうな顔になり僕は不思議とトムソンガゼルを恐れる気持ちになった。
あ、そんな感じですね。アルトラさん、最近集客すごいじゃないすか。だからうちのバンドとさ、合同でライブやれば、ファンは二倍、チケット捌きやすいでしょ? やりましょうよ、お互いのファンの交流になるし、それでお互いのファンがお互いに増えれば、ウィンウィンでしょ。とトムソンガゼルは言った。その顔はやっぱり、笑っていた。
僕は別にチケットを捌くためにやってるわけでも、ファンのためにやってるわけでもないんだよ、と言った。トムソンガゼルは僕達の初ライブが終わったあと、挨拶に来た時のイノウエくんと同じ表情になった。え、ロックスター気取りっすか、古。じゃ、なんのためっすか? とトムソンガゼルは言った。ヘラヘラしていた。
僕は、自分がスッキリするためだよ、と答えた。ドアが開いた、僕とトムソンガゼルが開いたドアを見るとトオルが立っていた。
トオルはハンカチで手を拭きながら、何か話してたの? と僕に言った、何もないっすよ、とトムソンガゼルが言ったが、僕はなんか、タイバンしようって、この人が、と言った。トオルはそれを聞いて、え、いいじゃん、ヒサ、何だってチャンスだよ、と言った。
トムソンガゼルはまた嬉しそうな表情になり、でも、ヒサさん、対バンなんかしたくない、って言ってたしなぁ、と言った。ヒサ、そうなの? とトオルは僕に聞く、僕は、いや、合同ライブみたいなものなら、やりたいと思うよ、と言った。
トオルはトムソンガゼルの方へ向きかえり、こいつさ、あんまりライブハウスとか来ないし、ウチはほとんど俺が仕切ってんだよ、だから多分、対バンの意味がよくわからなかったんだと思う、もし良かったらだけど、やろうよ。ノーザンライトだっけ、俺もたまに聞くけどさ、結構良いと思うしさ。
そこまで聞くとトムソンガゼルはあ、そうなんすかぁ。ありがとうございます。アルトラさんほどじゃないかもしれないけど、ウチも結構持ってると思うんで、そう言ってもらえるならありがたいですよ。良かったらまた日時とか詰めたいんで、ライン教えてもらってもいいっすかぁ? と、嬉しそうな、勝ち誇ったような顔になった。トオルはああいいよと言いトムソンガゼルとスマートフォンをピコピコやっていた、僕は古い携帯電話なのでよくわからない。トムソンガゼルはヘラヘラ笑いトオルもヘラヘラ笑っていた。
僕はずっとぼうっとしていた。
トムソンガゼルが控え室から出て行った後、ノーザンライトって、あいつのバンド? と僕は聞いた。トオルは苛立った顔で、よく被るんだよ、それで知ってた、あの面、と言いながらスマートフォンを弄り、あ、あいつ、ヤマオカって言うのか、覚えとかないと。と言った。
ぼんやりと意識が現実に戻る、そうすると頭痛に気づく、医者によると脳の血流が著しく下がる病気がある、だからそれによって気分が落ち込んだり、体調がいい時にはそのより戻しでいつも以上に元気になったりするらしい、僕は何も言わなかった、薬をもらって飲むとそれはダウナー系の薬だった、喉の渇きがいつも飲んでいるものよりはマシだったので好んで飲んだ。ここは僕の家だ、窓から明かりが差し込む。赤みがかった光、夕焼けの光、子供の時を思い起こさせる光、いや、もっと前の、何かを思い出させる、目を閉じて光を見るとそれは皮膚を通して赤く見える、目の開いていない赤ん坊が見る光というのは案外夕焼けの光と似ているのかもしれない。僕は夕焼けに焼かれる、そうして涙を流す、僕も光そのものにはなれない、光そのものというのは、結局の所、太陽以外にありえない事に気づいたからだ。僕は窓を開ける、そして夕日を見る、これを記録しておきたいと思い僕は物置に向かう、記録というのは一種の衝動というか、犬や猫が縄張りを示すために小便するようなもの、テリトリアル・ピッシングだ。何の取り得もない人間でも、その記録した対象、その何かの一瞬を盗み取れたかのような気分、その何かの対象は一生気づかないまま、その一瞬を盗み取り、懐に所有しておけるというくすんだ優越感、そういうものが記録にはある、物置に向かいガラクタの山、並べられた箪笥やプラスチックケースを順繰りにあけていく、前の住民が置いて行ったのだろう、ポラロイドカメラがあった。それをひっつかみ、僕は窓へと戻る、二階の窓を開け窓ふちに足をかけた、そして、夕焼けにカメラを向け、シャッターを切った。出てきた写真は、逆光のせいで何が何だかよくわからなかった、また、ポラロイドカメラを探しに行く前の、本当に盗みたいと思った一瞬とは違っていた、だが、それでも別にいいのだと思った。ただ、何か、このまま時間を止めて、何も考えなくなりたいと思ってそうしただけで、結果はどうでも良かった。時は止まらなかった。




