僕は今ステージに立っている。ギターを体の前に下げている。煙草を吸っている、
煙草の煙は渦を巻いて暗闇と混ざる。薄暗い中、僕より低い所に立っている人達が見える。お互い囁きあっている。その見える人達の顔は、ほとんど区別がつかない。暗さが人と人の隙間を埋めている。
ギターのチューニングを確認する。大体は合っている、三弦が少し低い気もするがどうでもいい、どうせ誰も気がつきはしない。スポットライトが一瞬光ったのが見えた。開始五秒前の合図だ。
僕は踵で地面を踏み、リズムを取る。5,4,3,2,1...ゼロ。六弦ルートのAコードを弾く。後はむちゃくちゃにルート音を変えながらギターをかき鳴らす。もし、イマイチなメロディが鳴ったとしても、ギターをアンプに近づけ、ハウリングノイズを起こせばそれっぽく聞こえるし、皆喜ぶ。バスドラムとスネアドラムの機関銃みたいな破裂音、ベースはそれなりのソロを弾いている。リハ通りだ。そして僕はギターをアンプに近づけ、ハウリングノイズを起こす。耳障りな高音、うねるような音が会場の中に響き渡る。
気の早い客はその場で飛び跳ね頭を上下させている、ポゴダンス。そこから水面に水滴を落としたみたいにポゴダンスは広がっていく。僕は会場が揺れているのを感じる。その揺れの中で、ふと、パズルのピースがピッタリはまるみたいに、世界が始まってからずっと流れている、どこかにあるビートに合う時がある。そうしたら僕は来た、と思う。
ギターから伸びるシールドはオレンジ色のプラスチックの箱、ディストーションペダルにつながっていて、それから伸びるシールドはヘッドアンプに繋がっている。シールドには電気が通っている。僕はディストーションペダルを踏む。オレンジ色の箱の赤いランプが点く。そうするとその電気はディストーションペダルの回路によって変化させられる。素朴な木琴のような音から、ビニールの袋を破くような音。それは、まるで電気全てに薄い絹の布を被せたみたいに。
最初はスリーコードの曲だ。何度も同じコードを弾く。赤や黄色や青のスポットライトが僕に当たる、僕はマイクの前へ跳ねるように飛び出した。
俺がまだ異星人だった頃
何か夢中にさせてくれるものは無かった
喉が震える。僕は今興奮している。、どこかにあるビートと一緒になっている時、そういう時は飽き飽きしつつあるツアーでのライブでも興奮する。僕は頭を激しく振る、脳の中心の種が跳ね回る、内側が空洞になっている脳の壁に、ひまわりの種のようなものがぶつかっているのがわかる
やりたい事があるはずだ
ここから離れよう
もっとマシな道を行こうぜ
群集は叫んでいる、揺れている、お互いに押し合いへしあい、モッシュをしている。ぐちゃぐちゃになり、一つのものになろうとしている。汗をかいている。口を大きく開け僕と同じように歌っている男が見える。彼のこめかみから汗が飛び、宙で玉になって光を反射している。
賢者に会うと良いって言われたよ
でも俺が会ったマシな奴は皆女だった
体をビートに預ける、そうすると自分の感じている全てのものが希薄になる、それはとても、気分が良い。
やりたい事があるはずだ
ここから離れよう
もっとマシな道を行こうぜ
人々は叫んでいる、声を張り上げている、僕もステージから身を乗り出し叫び返す。群集の一人がステージへとよじ登って来る。引き裂かれた破れた白いシャツを着てステージの中心で踊り出す、シャツが踊りにあわせてはためいている。
彼を追ってステージにあがって来たセキュリティに彼は殴られ突き落とされる。そのまま彼は人々の腕と手が作る波に呑まれ消えていった。
やりたい事があるはずだ
ここから離れよう
もっとマシな道を行こうぜ
ブリッジだ、僕はディストーションペダルをもう一度踏み、電気を変化させ、クリーントーンにする。素朴な木琴のような優しい音。人々の揺れが治まる。彼等は僕についてくる。
人は俺の言う事を聴いて着いて来るが
俺がただの狂人かもって事を考えない
僕はビートの中心に居る事を感じた。世界が始まってからずっとどこかで、砂時計の砂が一粒ずつ落ちるようにして確かに起こっているビート、それは僕の周りに流れを作り、その中で僕は歌っている。
僕はギターを叩き折る。人々の揺れは激しくなる。僕は意味のない言葉、言葉にならない音をマイクに向かって叫ぶ、その音は会場の人の波全てに伝わる。僕はその波に浚われそうになる、高い所に行かなければ体を持っていかれる。僕はアンプキャビネットの上によじ登る、その端から端までそろそろと歩く、平均台の上を歩いてるみたいだ。ドラムとベースは鳴り続ける。僕はアンプキャビネットの上で振り落とされそうになる。登った方とは反対側の端まで着いて見下ろすと、ドラムを激しく叩く男が居た。僕はドラムセットに飛び込んだ。ドラムセットは大きな音を立てて、あちこちに倒れたり、飛んだりした。僕は地面に打ちつけられた。体中が痛い。しかし肋骨にシンバルが当たり音をたてた事が面白くて笑った。あたりを見回す、そうだ、ここはライブ会場だ。
人が叫んでいる。叫んでいる人達を見ているとその中にカメラを持っている人が居た。大きなビデオカメラ、テレビで見るような、テレビを撮るような奴。それで僕達を撮っている男が居る。その人が口角の片方を上げ笑う、その笑う顔のイメージが、僕の脳に焼きつくように、滲み出すように貼り付けられる、にやにや笑いながら僕達の何かを盗もうとしている。僕は腹が立った。ステージから飛び降りそのカメラまで走った。
唾をカメラのレンズにかけると群集は更に揺れ声をあげ床を踏み鳴らした。呆然としているカメラを持った男の後ろにメジャーレーベルの男が居て、顎でステージをしゃくるのが見えた、僕はぼんやり従う。何をしていいのかわからなかったからだ。僕がふらふらとステージに近づき、そこに足をかけるとセキュリティが僕のケツを押し、僕を再びステージへと押し上げた。
やりたい事があるはずだ
ここから離れよう
もっとマシな道を行こうぜ
ステージに登った後、僕は何かに体の内側から引っ張られるように体を引きずり、マイクの前まで戻り、叫んだ。マイクのハウリングノイズ、それが会場の隅々まで響き渡る。オレンジジュースを注ぐと注がれたグラスの隅までオレンジ色になるみたいに。
人々は叫んでいる、人々は僕の中に何かを見つけて、叫んでいる。その中心で僕は、そのビートの中心で僕は、ただ一塊になったゼリー、それは網膜の裏に映る虹色の点滅に似ている。僕は、ただ、それを眺めているだけだった。