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五 兵士

「起きたか」


 ぼくはくせ毛の若い男に頬を叩かれた。


「須藤、か」


 ぼくがやっとのことで思わず叫んだその言葉は男達の無言の視線に否定される。


 周りにいる人達は、全て同じ年頃の男に見えた。そして、ぼくの目の前にいるのが、体育の時間で一緒だった須藤。確かに須藤だった。


「ここでは昼の名前では呼ばない。それがルールだ。俺のことはリーダーと呼べ」


 何のリーダーだというんだろうか。多分、ここにいる人達は、彼女を狙った人達だ。なら、須藤は人殺し集団の親玉だろう。


「こいつを捕らえたが、女はいなかった。逃げたな」


 須藤が低い声を出す。


「お前は夜の人間として昼に連れてこられた。ボスの所へ連れていく」


 須藤が先頭を歩き、その後から男達に囲まれてぼくは歩いた。男達の顔は見たことがあるような気がしたがどうしても思い出せなかった。


「ボス、連れてきました」


 その人はマントを羽織っていた。振り返った。担任教師だった。顔に新しい傷が深々と走っていた。体が固まり、身動きができない自分がいた。これからぼくは何をされるのだろう。


「きたか」


 担任教師は醜く笑った。


「お前を夜の人間にしようとしたらこのざまだ。あの女は放っておけない。昼と夜が休戦しても女を殺さなければ」


 足が震えるのがわかった。ぼくはどうしたら無事でいられるのかを考えた。


「お前は兵士だ。番号は四十一番。そうだな、シトイにしよう。お前は今日から兵士シトイだ」


 兵士にされるということは、とりあえず今殺されはしないだろう。僕の思考は緊迫感でガチガチになりながらも辛うじて動いていた。


「これを持て」


 ぼくは白い服を渡された。上にナイフが載っていた。


「さて、女は夜のテント街にいる。女を探して殺せ」


 ぼくは押し黙り頷いた。頷かなくては殺されるかもしれないからだ。



 外はテントが並ぶ裏道だった。ぼくは学生服から白い服に着替え、ナイフを腰にかけ、歩いた。外の人は酔っ払いか、感情のねじが外れたように笑ったり泣いたりする人ばかりだった。誰も白い集団を気にかけない。夜の世界は恐ろしい。ぼくは昼に帰らなくては。おじいさんに会えば帰れるかもしれない。けれど、おじいさんが無事とは思えないし、もし無事でもこの恐ろしい集団から離れなくてはならない。今は生きる為に兵士をやらなくてはならないだろう。


「十番ごとに手分けして探せ。シトイは俺と一緒にこい」


 須藤はぼくを見て少しの違和感もなくシトイと呼んだ。ぼくは本当にシトイになってしまうかもしれない。


 須藤とぼくとその他十人は、テントの町を歩き回った。ぼくは須藤ともう一人の間を歩かされた。他の人達は離れて見えないが、近くにいるらしい。時々、交代で顔を見せる。連携が取れているのだろう。一時間町を歩いても、一番から十番がいなくなることはなかった。


「女がいたぞ 追いかけろ」


 その叫び声にぼくは反応した。彼女のことだ。


「テントに入ったのか」


 須藤が走りながら前の兵士に聞く。


「劇場テントに入ったようだ」


 そのやり取りを聞きながらぼくは走っていた。彼女がいる。戦うことを強要されるのは嫌だ。一方でもう一人のぼくがこう言っていた。彼女に会える。彼女は特別だ。何とかして守らなくては。


 風のように走っている兵士達について行く為、ぼくは息をぜいぜい切らしていた。


 目の前に現れたのは他のテントよりも大きな、円形のテントだった。


「中に女がいる」


 須藤が腰のナイフを見て言った。


「やれるな」


 彼女を前にナイフなど役に立たない。ぼくはそれを知っているから腰の鞘から抜き取ったナイフを冷静に見つめた。


「行くぞ」


 須藤がテントの入口の幕を開いた。ぼくは取り出したナイフを鞘に戻し後に続いた。中は賑やかだった。兵士がいても、客は中央にあるステージに心酔し、体を動かすことに夢中だった。同じリズムを繰り返した音楽、そして色とりどりの照明が点滅していた。目の瞬きが自然と増えた。ぼくは彼女を探した。見つけたら、何も言わないつもりだった。


「どういうことだ。女がいないぞ」


 須藤のもとに二人が戻って来た。彼女を見つけられなかったらしい。


「さあ、皆さんお待ちかね。ビックリショーの始まりです」

 シルクハットの男が出てくる。肩には鳩も止まっている。


「女はボスを狙っている。もしかしたらシトイも」


 拍手が広がった。間延びした歓声もする。客の多くは酔っぱらっている様子だった。


「シトイ、お前は餌だ。女を呼び寄せろ」


 兵士の一人がステージ横に控えた係員に声をかける。ぼくのことをしきりに指差していた。


「では皆様、ここで一人助手を選びましょう。そこの兵士に助けて頂きましょう」


 皆の目がぼくに集まった。須藤が僕の背中を押す。ステージに向け、歩くしかなかった。円形のステージには二つ合わせてベッドくらいある大きさの箱が運ばれた。シルクハットの男は長いナイフを手に取り見せた。ぼくは嫌な予感しかしなかった。


「この箱の中に入ってください。私が箱と箱の間にナイフを入れましょう。さあ、兵士とはいえ人間、無事に箱の外へ出られるのか」


 冷や汗が背中を伝った。ステージの下で須藤が頷いている。腰にあるナイフを見て、どちらにしろ同じだと思った。


「さあ、今日、最大のショーが始まりますよ」


 箱が開けられ、僕は女の人の手伝いで中に横たわった。箱がしめられ、鍵をかける音がする。真っ暗だった。その中で、腹部の上がきらりと光る。何か。一つしかない。助ける何かは、起こりそうにない。


「うわああああ」


 悲鳴も、途中で止まった。声が出なくなったのだ。本当に、終わってしまったのかもしれない。


 目を閉じた。うるさい歓声も遠のいた。ここは死後の世界か。


 軽やかなパカンという音と、薄っぺらな光が目に入った。目の前に彼女がいた。顔に赤黒いシミがある。


「阿保だな」


 彼女は一言そう口にすると、何かを吐いた。赤黒いものだった。腕を振った。男が一人、彼女の手から離れ倒れた。


 辺りに兵士が倒れていた。ステージの上に倒れた兵士は、須藤だった。もがきながら獣のように唸っている。


「すぐに追手がかかる。行くぞ」


 彼女の手に引かれ、須藤を見ようと振り返った。胸にある時計が割れていた。


 外は明るい照明に照らされ、さっきまでと全然変わった所はなかった。ぼくはどこかに兵士がいるかもしれないと気が気ではなかったが、彼女が言った言葉の意味を考えると、心が凍りついた。


「お前、本当にナイフで殺される所だったぞ。あのショーはマジックショーではなく真術ショーだからな」


 本当に殺されようとしていたのか。須藤は何て奴なのだろう。ぼくと体育の授業で柔軟体操をやったことをすっかり忘れて、殺人鬼となっていた。


 まるで心を読み取ったように彼女は呟く。


「奴らを正常な道に戻そうと試みたが、駄目だった。奴らは特別な人間として、夜に長くいすぎたようだ。二つある時計の片方を壊した」


 片方の時計が壊れる。もがきあがく須藤の体の上に、割れた時計が置かれていたのを思い出した。


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