転生早々、乱闘開始
「う、嘘だろう……?」
恐怖に氷漬けにされて固まり、動く事を拒絶する足を必死に前後させ、少しずつではあるが後ずさる。
「グルルルゥ……ガアァァァ!!!」
「ひっ……て、敵意は無いから……襲うのはやめ……ってうわっ!?」
聞く者の耳を間違いなく畏怖で満たすであろう唸り声。
魔物に通じるのか知らないが、穏便に済まそうと声を掛けた瞬間、熊巨人の手が空気を切り裂いた。
ギリギリで体が動き、飛び退いてかわす。
しかしそのかわしは逆に、熊巨人の戦意に火をつけてしまったようだ。
「ガアァァァ!! ガアァァァ!」
ズシリと音をたてて地面が歪み、僕の足元が割れた。
口を開ける、ブラックホールのような穴。
「ひっ……!」
落ちる。
吸い込まれそうな暗闇が、僕の足元で構えている。
目の前の熊巨人は、僕が穴に墜落して死んだ所をあの鹿もどきのように食い散らかすつもりだったのだろうか。
瞬間。
狼狽したように目を見開き、低く唸る熊巨人が少し下の位置に見えていた。
飛んでる。
「え……」
前世では飛行機くらいでしか体感出来ない気持ちの悪い浮遊感が、ぐらぐらと体ごと揺すり上げた。揺れる視界が思考を邪魔して、身体がふらつく。
経験の無い感覚が、ようやく体に馴染んだ頃を見計らったように。
先制したのは、熊巨人だ。
「ガアァァァ!!」
攻撃手段は無いに変わりないのに、空を飛ぶという未知の感覚に体が酔いしれているのだろうか。
やけに、落ち着いていると自覚があった。
何とかなる確証も無いのに。
熊巨人は、ゆっくりと拳を構えて大きくジャンプした…….って熊のくせにジャンプとか、あり得るのだろうか。
やっぱり理不尽な異世界だ。
妙に落ち着いている自分の頭は、熊巨人の動きの隙を見事に見つけてくれた。
「……っ」
せめて、逃げよう。
空気の板を踏んで、後ろに後退しようと試みた瞬間だった。
「ガルアァァァ!!」
え……
流石に、それは理不尽を越えている。
先程までは気配すら無かった、数体の熊巨人が、僕の体を切り裂こうと爪を剥いていた。
ああ、終わる。
瞬間、リンドウや、青鏡世界の女神様や……
ほんの僅かな走馬灯。
生きてから一日も経たずに終わるのか、僕は。
この異世界の神にも会ってみたかったな。
「え……」
痛みも何も感じない。
閉じていた目が開くと同時に、目の前に朱が飛んだ。
僕の血……では無さそうだ。
倒れていく熊巨人が、酷くノロノロと映った。
そして、僕を包み込む淡い金色の光。
優しい、優しい、蛍のような光。
「グルァァァ……」
先ほどとは一転した、情けない声をあげて。
熊巨人の命は、この世界から消えていった。
「今のは……?」
手が、足が。
ガクガクと震えて力が入らず、何日も走り続けたかのような鈍痛に襲われた。
自然と瞼が視界を覆う。
もっと起きていたい。
何があったのか知りたい。
そんな欲求が切れる寸前の意識を覆い尽くした。
意識が途切れる。
何も考えられない。
ああ
いっそこのまま、眠ってしまおうかな。