上達と女神の邂逅
シベストリア、声以外で初登場です。
新年あけましておめでとうございます。遅ればせながら、良いお年を。
「──霊雷撃!」
力を少し掬い取って、詠唱で形にする。
……うん、これ、思ったよりも楽しいね……!
前世の勉学や躾なんかよりもずっと楽しくて、難しくて、賑やかな練習を始めて五日目。朝は近くの泉を借りて身を清めて、昼は精霊術の練習、夕方には終わりにして二人にアドバイスを貰い、ふかふかの葉の敷布団で眠る。そんな生活を始めて五日目でもある。
精霊力の操作は二人に太鼓判を押して貰ったので、今は炎属性以外の精霊術も滞りなく使える様に練習中だ。先程の精霊術は、ライトニング、という読みに反さず雷の精霊術。級とするなら上級。ほぼ不可視の雷撃に、目標にしていた大岩が砕け散る。
「上達、早イ……流石」
「あはは、ありがとう。二人の指導の賜物だよ」
多分、僕一人だったら絶対魔法を使う度に倒れて捕まってたと思うし……。うん。
ちなみに、アクアマリンに属性についても教えて貰った。
精霊術にも魔法にも属性があって、種類は、炎、水、風、雷、地、植物、光、闇、天、無……と結構沢山いる。
そして、例えば雷の精霊なら、雷の精霊術は扱い易いけれど他の属性は基本的な物が一通り使えれば良いかな、という感じらしい。ガーネットやアクアマリンも同様で、一応他の属性も扱えるけれど、アクアマリンなら水が一番やり易いとの事だ。
……ちなみに僕はどの属性もしっかり扱えているとの事。流石魔法チート予備軍。
「猛水」
岩を貫通して地面に直撃してしまったせいか、パチパチと踊る様に爆ぜている焼け地面に激流の如き水を注いで鎮火。五日前まではアクアマリンに任せていたけれど、今は自分で出来る──それが、素直に嬉しい。
ふと、猛々しく吠えて炎に突撃した水が鎮火したのを満足そうに腕組みして眺めていたアクアマリンが、思い出した様に言った。
「……動く的、行っテミル?」
────ああ、確かにね。今までは兎も角使える様に、というのが重点だったから動かない的を使っていたけれど……トライアスロンは魔物を討伐しながら進む、からなぁ……。
そろそろ、動く物に、正確に、に重きを置いた方が良いのかもね。
じぃ、と僕を見据える翠の綺麗な瞳に、僕はある程度の余裕と気の引き締めを持って、小さく頷いた。
──という訳で。
「この辺りであれば、サードランクの魔物が多いです。しかし森の魔物というのは俊敏な動きで生き延びた個体が多いですから……動く的には丁度良いでしょう」
僕の頼みで、森の大体どの辺りにどんな魔物がいるか、を見て来てくれていたガーネットに案内されたのは苔生した大木が横たわる湿った場所だった。突然の遭遇を避けて安全に練習する他、魔物を討伐する練習の時に必要だと思って、恐らくこの中では一番地理に詳しいガーネットに「無理のない範囲で」と何度も念押しして行ってきて貰ったのだ。……ちょっと張り切り過ぎたらしいけど。
「うん、ありがとうガーネット」
「この程度、我らが精霊王様のお望みであれば」
苦笑いでガーネットを讃えながらスルーするテクニックを覚えた僕はアクアマリンが「……忠犬ガーネット」と呟いたのを聞き逃さなかった。
と。
「……キッシュ!」
てててっ、と、鼬の上半身に蜘蛛の下半身をした生き物が、やたら空腹になる鳴き声をあげながら茂みから飛び出して来た。何だろうキッシュって。
「サードランクのキッシュスパイダーですね」
「き、キッシュスパイダー……」
鼬要素はどこに……じゃなくて。
自分の中を巡る力を掬い取って、詠唱で形にする──この一連の動作も安定してサクサク出来る様になった。
「豪刃風月!」
「キッ……シュゥウ!?」
生まれた暴風が、破滅を孕み湾曲した道筋を描いて逃げようとしたキッシュスパイダーに直撃する。赤が撒き散らされ、バラバラになった肉片が細かくなって巻き上げられ──遠い空に、吹き飛ばされていく。
後にはただ、命の証の赤だけが吹いていた。
「おオー」
「流石は精霊王様ですね……!」
昨日教わったばかりの豪刃風月。風属性の精霊術の内、精霊力を汲み上げるのに相当気を遣うのだけれど……出来てしまった。これはちょっと、誇っても良いのだろうか。
……いやいや、油断大敵。いつ魔物にやられて死ぬとも解らないんだから……ってあれ?
最早「流石精霊王様」が一種の口癖になってしまっているガーネットからそーっと目を逸らしながら、遅過ぎる疑問を口にしてみた。
「ねぇ、ガーネット。……精霊って、死ぬとどうなるんだい?」
無表情で拍手をしていたアクアマリンが不思議そうな顔をして、ガーネットも「何言ってんだこいつ」を数倍丁寧にした様な、微妙な顔をしている。
……これ、もしかしなくてもクォリコパターンだよね? アーヴァローネでは一般常識かぁ……。
「人間と精霊に変わりはありませんよ。精霊は人間より遥かに寿命は長いですが、死ねば転生します。我らは〈精霊樹〉で転生しますが……精霊王様はお亡くなりになると、シベストリア様のいらっしゃる天界にある天都に昇り、転生する事なく常春の地である天都で永遠を過ごすと聞いております」
「……つまり実質上の不死?」
「はい」
あー……うん。
普通の精霊や人間は転生するけど、精霊王は天界に呼ばれて常春の都でハッピーライフを永遠に、……凄い特典付きだなぁ。
何だかんだでアーヴァローネの非常識がすっきり呑み込めてしまう自分が何となく不思議で、違和感が無い。
取り敢えずガーネットにお礼を言って魔法の練習に戻ろうとした途端、万力の如き強さで肩を締め上げられた。
「……えっと、何だい? アクアマリン」
「何だい、じャナイ……精霊王様、転生しタ時、案内役いたはズデシょ……」
「あー……」
そういえばいたなぁ……何かズボラ……じゃなくて、……路傍の石、じゃなくて……ゴリランドウ。
今は心を読むなという少し前の発言は無視すべき事態と判断したみたいで、ゴリランドウ、なんて僕の適当なあだ名から特定したらしいアクアマリンが割とはっきり舌打ちした。……凄く正確に「チッ」って言った……。
「……ガーネット」
「……ああ」
ごめんゴリランドウ、失言したかもしれない。
二人の背中に本物の火花が散った気がして、慌てて止めようとした時には遅かった、らしい。
二人が天を仰ぎ、ゆっくりと両手を組み合わせて祈る様に目を閉じる。木々の隙間から伸びた光が有り得ない色彩を引き立てて、聖人君子の祈りを思わせた。
──途端。
『────随分強引に喚びますのね……? 用は解っていますよ、アクアマリン、ガーネット』
空気が、重い。
周りの大気が質感を得た様にのしかかって、二人が即座に膝をついた。只ならない気配と聞き覚えのある鈴の声に、僕も自然に頽れる様な仕草で膝をついていた。
邂逅。
古い大木の上に、いつの間にか一人の女性が立っていた。
白銀に煌めく長い髪、透き通った泉写しの目。地球の女神様に勝るとも劣らない、あまりにも整い過ぎた神々しい顔立ち。レースの多い絹の白いドレスを纏い、背中に四対八枚に及ぶ純白の翼を生やした女性の正体には、簡単に気が付いた。
──シベストリア様だ。
『ふふふ……あなたに会うのは初めてですね、異世界の転生者。酷な目に遭ったというのに、前世と同じ、純正の高潔な魂……相当な力を得ると思っていた通りです──わたくしはシベストリア。このアーヴァローネの創造主』
やっぱりだ。
纏うオーラがそもそも違い過ぎる。圧迫された様に喉が絞られて、無理に声を出そうとしても直ぐ様封じられる。
これが、アーヴァローネの女神。
シベストリア様の言葉が流れて行く。耳に残る可憐な声なのにあまりの威圧に言葉が頭に入って来ない。
『これ以上わたくしがここにいては悪影響ですね……リンドウにはきつく言っておきましょう……それで、許してくれますね?』
頷く事しか、出来はしなかった。反乱など誰が許すだろう。──否、出来るものか。
『では、良き生を。気高く美しい、わたくしの新たな子』
それを最後に、圧迫感が一気に消え失せた。
僕らが見た場所にもうシベストリア様は見えず、ただ、一枚、白い羽がひらひらと舞っている。
短い邂逅に息を整えている間に、大きな夕陽がいつも通り沈んで行った。




