称号
「……え……転生?」
「……如何にも。転生じゃ」
女性と出会って……否、恐らく女性が現れて、と表現するべき現象が起きてから僅か数分。
「思考が止まる」を身を以て体験した僕は、どうやら大分長い時間思考を一人旅に行かせていたらしい。何とか働いている視界に、女性の呆れたような表情が映っている。
……映っているだけだけれど。
とうとう痺れを切らしたらしい女性に無表情でため息を吐かれてしまった。
「……お主、大丈夫かの?」
「……あ、はい……多分」
「……ふむ。なら良いが」
どうやら女性の話し方はずいぶん古風らしい、と今更気が付くくらいには頭が働いていなかった。
着ている黒い着物の裾でため息を隠すような仕草をする女性。「世界中を惚れさせる絵」とかのモデルになりそうだ。
……何だろう、「裾で唇を隠す」があんなに様になる人いるんだね。
「転生の意味は解っておろうな」
「えと、あれですよね。一度死んだ者がどうたら、っていう……」
「如何にも」
青白い空間でしょっちゅう聞いている気がする「如何にも」が耳を抜けていった所で、その言葉に込められた一つの事実に気が付いた。
転生する気はないか、と聞かれている。
つまりは――
「……解っていると思うが、お主はトラックに撥ねられて死んだ。安心せい、死体はそこまでぐちゃぐちゃにはなっておらん」
「……そう、ですか」
感情を感じない女性の瞳。
突き付けられた事実を受け入れるのに、それ程時間が掛からなかった事に、逆に驚きを感じてしまう。
……あれだけ大きなトラックに撥ねられたから、結構ぐちゃぐちゃかと思ったんだけどなぁ……。
「……何じゃ、ぐちゃぐちゃが良かったのか?」
どんなマゾヒストだ。
「え、いや……」
生憎僕は死後マゾヒストとかでは無い。ので、やんわり拒否を言い渡しておく。
何故だか少し納得したように頷いた女性は、右手を少ししならせながら青白い空間を指し示した。
相変わらず区切れの無い、ただただ広いだけの空間。
「……ここは青鏡世界といっての。一度死した者の中で、記憶を保持したまま転生する資格を得た者が送られる空間じゃ」
「……せいきょう、せかい……」
生返事を返した僕に呆れるでもなく、女性は静かに頷いた。やっぱりというか、異様な程様になっている。
「記憶を保持したまま転生」という事は、普通の生き物は記憶を消されて転生するのだろうか。
「……如何にも。通常は記憶を消されて転生する。ここに来るのは、通常から外れたイレギュラーじゃ」
心読まれてる?!
今更ながら女性の読心に気付いた僕を無表情で見詰める女性の方が凄まじくイレギュラーに思えてくる。
「……良いか。心して聞くが良い」
「――っ」
底冷えしたように落ちた女性の言葉に、身勝手に背筋が伸びた。
「――お主は青鏡世界に来た中でも、異例中の異例。神に気に入られて転生する者なのじゃ」