夢と裁き
遅くなりました。そして長くなりました。
毎回遅筆、申し訳ないです。
周りが、霞んでいる。
父さんと母さんが、声を潜めてヒソヒソと相談しているのが聴こえてくる。
もやもやとした霧に遮られてでもいるかのように微睡みを内包した視界に父さんと母さんの姿は見えない。なのに、何処からともなく低く伝わる懐かしい声。
「……、……から、もうあの子は施設に入れましょう。あの子は口が固い。きっと、理由を解っても他言はしないわ」
「……か、……そうだな。丁度邪魔だった所だ。間引きは仕方のない事だろう」
「そうね。施設の方には悪いけど」
「あれ程出来が悪い息子を引き取るのだからね」
眩む。
目の前にライトでも押し当てたように、視界がゆらゆらと眩む。
無知は残酷だけれど、知り過ぎた者も残酷だ。他人の言葉の理由、行動の底に漂う悪意が解ってしまうのだから。
残酷な言葉を善意に変換しようとしたって、ぐるぐると眩暈に呑み込まれた頭は上手く回らない
どんな話より軽い調子で、どんな運命より軽い様子で、僕の処遇が決まっていく。
出そうになる声を抑え付けて階段を登り、粗末な部屋に駆け込んで鍵を閉めて、毛布に額を埋めて息を殺す。
辛い。
殺す事が出来たら、どんなに良かったか。
身も心も、嫌いになりきれない親も。
殺して、しまえたら。
「……い王様、……ヤヅキ様。朝です」
瞼の裏が熱い。
目の前で炎が弾け飛んでいるような、ジリジリと蔓延る謎の熱。それに加えて、何だか聞き覚えのある声と手付きで揺さ振られる感覚。
目を開けよう……とした瞬間。
バチンッ
「へえっ!?」
熱。
瞼を乗り越えて分厚い心の皮を看破し、性根に潜んだ悪徳すら焼き尽くそうか、正しく神が放つ浄化の聖火。それはじわじわと乗り移り、静かに僕を焼いて……。
そこまで考えるのに妙な声から実に0.5秒。
体が反射で跳ね起き、思わず瞼を押さえ込む。
え、焼けてないよね? すごく感触が生々しいっていうか熱ッ!!!
「ああ、やっとお目覚めになりましたか。何やら魘されていましたよ、精霊王様。…………精霊王様?」
「あっづいんだけど……火でも付けたのかい? ガーネット」
勿論、火でも付けたのか、なんで問いは比喩だ。本当に瞼に火が付いていたらアクアマリンが消すだろうし、ガーネットの信仰心を考えると、あまり考えられないモーニングコールになる。
ガーネットがふわりと微笑む。
「流石は我らが精霊王様。温度だけでお気付きになるとは、火を付けた私の努力も報われるというもーー」
「待て待て待て待て」
私の努力ってその言葉からして付けたんだよね!? その努力多分全くいらないよ!?
ガーネットの言葉に一回思考を停止した頭は放置して考え無しに両瞼に指先で触れて、出来る限り警戒しながら探る。
ボンッ!
指が、爆発した。
ガーネットの表情が瞬間冷凍。僕の痛覚も瞬間冷凍した。
右手の人差し指、第一関節から上が嫌な音と一緒に消し飛んでいた。肉の断片と骨の部分が姿を見せて、赤と白のコントラストは汚かった。
冷静な時間が終わった瞬間、…………指を中心に痛みが爆発した。
「────っあぁああああ!!! あつ、痛い! 痛い痛い痛い痛いッ!!!!」
痛みが体全体にまで浸透して、次々に爆発する。
痛い、怖い、痛い痛い痛い!
やめて、やめて、やめろ──!!
「幻水!」
「蜃気楼!」
撥ね付けられるような鋭い痛みに、髪を搔き回し、何も考えずに手足を地に叩き付けて激痛を追い払う。それでも痛みは消えない。……痛いよ、熱いよ。
そうして転げ回った後、痛覚が弱まっているのに気付くのに随分と時間がかかった。
指の断面は見ないように、そろそろと視線を向けて痛覚を確かめる。
……痛みが完全に消えた訳ではないけど、転んだ時の痛み。その程度に収まってる、ね。断面さえ見なければ吐き気も込み上げて来ないし、何よりきちんと座っていられる。
「アクアマリン…………」
蒼の瞳。
いつも表情を宿さない蒼色の瞳が、僕を貫いて後ろのガーネットを睨め付けていた。
恐ろしい程の「畏怖」。ガーネットの震えが背後から伝わってくる程の畏怖に、思わず少し、後退る。
淡い翠の髪をふわりと揺らして、アクアマリンはガーネットの腕を掴んだ。
僕に魔法をかける為に突き出していた右手が、ガーネットの色素の薄い髪を掴む。
「……ガーネット」
「…………」
「精霊王様、こレ、裁ク」
何だってそんな発言を、と言い返そうとして、気が付く。
僕は現在、精霊を纏める存在だ。言い方は悪いが、ありとあらゆる精霊は、僕の支配下なのだろう。
支配下に置いた精霊を罰するのも、精霊王の仕事なんだ。
指が爆発したのはガーネットが火をつけたのが原因だけれど、不用意に触れた僕も不注意。同量の罪を二人で被っているのに、王たる者は配下だけを裁かなければいけない。
「アクアマリン、裁きっていうのは、何でもいいのかい?」
「……うン」
爆発していない指をガーネットの額に据えて、……パチンッ、と指をガーネットの額に当てた。アーヴァローネにあるかは解らないが、有り体にいうなら、デコピン。
……魔法はまだ使えないからあまり痛くないと思ったのだけれど、ガーネットは「びょーん!」と吹っ飛んで行って近くの木に頭から激突した。……精霊王って身体能力にも自動補正かかるのかな。
「……精霊王様」
「どうしたの? アクアマリン」
言いたい事は、解っている。
指を吹っ飛ばされたという事案の割には、一般的に僕の態度は怒りが少な過ぎるのだろう。ガーネットは未だ伸びているけれど、最初から僕はデコピンの威力を解ってデコピンを罰に選択した訳じゃないからね。
それでも、精霊王に激しく口出しをするのは暗黙の禁忌のようになっているのかもしれない。海色の宝石の瞳を一度だけ瞬かせて、アクアマリンはそっぽを向いた。……あれ、嫌われてないよね、これ。
けど、罰は痛い。
無意味に与えられる罰も、そうでなかったとしても。罰は痛い。自分の罪を再確認させられているようで、痛くて痛くて仕方がない。
だから、どれだけ甘いと言われても、僕の為だけに僕より痛む事を他人に強いるなんて嫌だった。
「……何でモナい。指、出す」
「うん」
何となくする事が分かったのが安心した。爆発四散した方の指を出して、大人しく待つ。
アクアマリンの雪より白い指がすっと触れて、痛みを確認する暇もなく琴音の声が詠唱する。
「幸福。笑顔。安らギ。──幸呼水」
「うわぁ……!」
さっきまで赤と白のコントラストで精一杯出血を訴えていた指に蒼い光が覆い被さり、奇跡の蒼い月のように千切れた指が再生して行く。塞がり、瘡蓋になり、枝のように元の丈まで戻って──蒼い光が、止んだ。もうすっかり元通りだ。魔法凄い。
途端、背後から呻くような声が聞こえて思わず振り向いた。アクアマリンが一瞬顔を歪めて、直ぐ作ったような無表情を貼り付けながら振り返る。
ぶんぶんっ、と色素の薄い髪が視界の端っこで揺れて、……あれ? 見えなくなった、ね。
「申し訳ございませんッ!!」
訂正しよう。
色素の薄い髪はガーネットの物で、いなくなったんじゃなく地面に頭突き……もといガーネットが土下座したから視界から髪が消えたのだ。
……じゃなくて!
「いやガーネット、えっと、確かに痛かったけど治癒して貰ったし、不用意に触った僕も悪いから頭上げてくれないかなぁ!?」
「いいえ! 今度こそは自害致します!! 予期せぬ事とはいえ精霊王様を傷付けるなど──万死に値します!!!」
「落ち着いてガーネット何で自害なんて知ってるの!? アクアマリンと一緒に痛みを感じさせない魔法みたいなものかけてくれただろう!?!? 待ってフランベルジュ取り出して自分のお腹に向けるのやめて!」
「……ガーネット」
思いっきり真面目な言い合いをアホな速度で飛ばす僕らに何を思ったのか、いや予想したくないんだけど。……ともかく、アクアマリンが目にも留まらない動きでガーネットの手にあったフランベルジュを取り上げてくれた。ありがとうアクアマリン、フランベルジュって一度刺さったら畝る刃のせいで中々抜けないからね。
さりげなくアクアマリンの手からフランベルジュを没収して後ろ手に隠しておく。
「……精霊王様ノ御恩情、無駄にすル気?」
あ、性質逆手に取ってる。
ほんっとうに自分で言いたくはないけれど、ガーネットの信心はもはや盲信レベルだ。なら、アクアマリンは「お前が盲信してる精霊王様が許すって言ってるんだよ?」と逆手に取って脅している(当社比)事になるのだ。
ガーネットは俯いて、うぅ、とかでも、とかしかし、とかあんまり意味のない音を発している。
よし、もう一押し。
「ガーネット、本当に大丈夫だよ。今ガーネットがいなくなったら困るし、それを僕は絶対に気に病むよ」
言い包めてるような気もするけど、気に病むのは本当だ。ガーネットはただの転生者を同族の王としてここまで信じてくれている。それは確かに迷惑な事もあるけど、無条件に信じられるのはやっぱり、多かれ少なかれ嬉しいんだ。
「…………精霊王様が、仰るなら」
ガーネットは悩みに悩んで、悩んで、──頷く。
良かった。
アクアマリンも小さく頷いて僕の手からフランベルジュを奪い返し、さり気無く何処かに消して僕に向き直った。
「ご飯食べテ、ペリドットにお礼言っタラ……出発」
「うん」




