不可能と可能の一手
僕が叫んだ一言に、膠着状態にいたガーネットまでもが目を見開いた。
当のアクアマリンは驚くでもなく、ただ無表情に――考え得る限りの可能性を挙げて校正を繰り返しているように――黙っている。
エメラルドが何時動くか解らない。
むしろ、本当は今から動いたって良いくらいだ。
数分の時間を経て、アクアマリンはゆっくりと首を振った。
横に。
絶望と失望。
気味悪く笑い出すエメラルドを見ようともせずに、アクアマリンは唇を揺らして理由を告げる。
無知故の絶望だった。
「……我は、自分で創り出シタ水しカ操レナい。それト、確かニ精霊王様ノ言霊は効くかモしれナいけど――」
エメラルドの、濃い緑色に染まった苔の腕がずるずると伸びていく。
ガーネットが臨戦体勢をとり、アクアマリンが水の障壁を張る。
全てがスローモーションで映し出される。
「――確証がなイ」
確証。
エメラルドは、堕精霊だ。
反旗を翻した、従わぬ精霊だ。
言霊は強制的な服従能力を持ってはいるけれど、「精霊王が従える精霊」という範疇から外れたエメラルドに効く保証なんか、ありはしない。
「もしかしたら」なんて可能性に任せていられる程、悠長な時間ではないのだ。
だから、アクアマリンの言葉は納得をもたらす。
凄まじい音を響かせながらぶつかり合うガーネットとエメラルドの魔法。心無しかそれは、ガーネットが押されているように見えた。
ガーネットが最初に叫んだ通り、アクアマリンの魔法は植物に力を与えてしまうのだろう。悔しげな歯噛みは見えても、加勢の気配は感じない。
「シャシャシャ――キヘハハフハヒヒハ!!」
意味も訳も存在しない声が耳を貫き、無力感しか感じない心も貫いた。
アクアマリンの張った障壁は強固に攻撃を弾き返すが、押し返しまでは出来ない。
だから、無力感に失望して暗くなる前に見えた光は、きっと奇跡的なタイミングというべきなんだろう。
黄色に縁取られた光――恐らくはエメラルドに付き従う、聖火乱舞で飛ばされなかった精霊。
障壁で近付けない黄色い精霊を見て真っ先に思い浮かんだ光景があった。
輝く稲光。
「あ――」
植物の精霊だからといって、植物の精霊しか従えていない訳ではない。
それに。
エメラルドは水草だ。
精霊の上下関係が厳しいせいでこの精霊がエメラルドに付き従っているなら、もしも堕ちていない精霊ならば。
ゲームのキャラクターのように、間抜けな音をたてて、黄色い精霊の名前が浮かんだ。
【双雷精霊:トパーズ】
迷う余地なんてある訳がなかった。
霊位大精霊に従うなら。
堕ちていないなら。
精霊王に逆らう理由なんて、無いだろ――!
「トパーズ――」
アクアマリンを服従させてしまった時も、名前を呼んだ。
どう発動させるか何て、明確に解っている訳じゃないけれど。
ガーネットが、有り得ないくらいの脚力で、後ろに翔んだ。
ガーネットが、自らを守護するために障壁を張る。
「エメラルドに、雷を落とせぇえぇ――――!!」
静寂。
僕の声が空気をすり抜けて行った。
他者を不安にさせるにはあまりにも丁度が良い時間が経つ、そして刹那――
風の中を、稲光がつんざいた。
双雷精霊、と名を冠したトパーズの放った雷が、舞い降り、踊り、気味の悪い緑色を蹂躙した。
それはまるで、一方的な大虐殺。
その例えを肯定するように、再び稲光が迸る。
アクアマリンの張った障壁は純水か何かだったのか、飛んでくる稲光が貫通する様子は見られなかった。
ガーネットの方も、問題はなさそうだ。
問題があるとすれば、エメラルドの方だろう。
身体が水でべちゃべちゃの草で構成されているようなものなのだ。無事では済むまい。
「ッAAAAAA――――GAAAAAAAA――!? AAAAAaaaaAAaAaaaaaAA――――」
悲鳴の輪唱は終わる気配すらない。
断続的に雷が叩き落とされる度に、用意された悲鳴を言い切れないかのように悲鳴が輪唱する。
稲光。悲鳴。稲光。
ガーネットも、アクアマリンも、きっと当事者に当たる僕すらも。
声を発する事を許されていないかのようだった。
やがて、悲鳴が終わる。
据えた異臭が漂い始めた頃に、漸く雷の雨も終わった。
僕はトパーズに、雷撃を止めるようにとは言っていない。だからきっと、雷撃が止まった理由は一つだ。
エメラルドという存在がいなくなったなら、「エメラルドに雷を落とせ」なんて命令は実行出来ない。
もうもうと立ち込めながら視界を覆い埋める煙を掻き分けて、ガーネットがエメラルドの様子を見ているのが見えた。
まだ雷撃が残留している事を予測したのか、アクアマリンの純水障壁がガーネットを護っている。
僕の掌の上で、命令を達成したと報告するようにトパーズが浮かんでいる。
解呪はガーネットと頑張るとして……何だかさっきまで雷撃を放っていたのがこの子だとはにわかに信じがたい。
……いや、命令したのは僕だけどさ。
ガーネットやアクアマリンのように人形をしている訳でもなく、ただ単なる光だから余計に信じ難く見えてしまう。
心無しか少し嬉しそうにも見えるトパーズを一度空中に放してから、エメラルドの生存確認をしているガーネットの方を背伸びして見よう、と試みた。
立ち込める煙。
その向こうで、人形の影がゆらりと揺らめいた。
まだ生きてる――?
「ガーネット……? どう、だい?」
「…………」
否……トパーズが雷を落とすのを止めたなら、エメラルドは消滅しているはずだ。
「魔力切れ」的な存在は聞いていない、俗に言う「MP切れ」でトパーズが雷を落とすのを止めたとは考え難かった。
少しの不安を示した僕の声に、暫く返答が来ない。が、万が一の事態が起きているにしては攻撃や騒音は伝わってこない。
沈黙。
「――アクアマリン、いい加減障壁を解け。水の潤みが邪魔で見えない」
いつかのホワイトボードとペンの如くうるうると潤んだ障壁に視界を邪魔されていただけらしい。
再び沈黙。
「……ごメン」
若干気の抜けた空間を取り直すように、ばぢっ、と音を響かせて純水の障壁が弾けとんだ。
立ち込める煙も漸く晴れてきたせいか、少し離れた位置にいる僕とアクアマリンにも「それ」が映し出される。
ぐちゃぐちゃと屯するそれはまるで、無惨に食い荒らされた獲物のようだ。
雷撃という獣に食い荒らされた精霊という獲物。
「……」
少なくともそれは、暫く黙る以外の行動を見失わせるインパクトを持っていた。
死怨の森の熊巨人のように原型を留めているからでは無いせいかもしれない。
沈黙した空気を意図して掻き乱すように、ガーネットが頷いて声を発する。
「……死んでいます」
アクアマリンが、小さく頷く。
周囲に僅かな量残っていた精霊達が、頷くように揺れる。
知らない間に一歩、後ずさっていた。
「……行きましょう。これ以上は臭いに寄せられた魔物の相手をしなければいけなくなります」
――だから、理詰めで告げられたガーネットの言葉に頷いて踵を返す選択肢を選ぶしかなかった。
えー…戦闘シーン如何でしたでしょうか。
違和感、アドバイス等あれば指摘して頂ければ幸いです。




