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魔法と精霊


「…………」


「…………」


「…………」



 と、超特急かつ勢いも盛んにネグマリックを出発してから約三時間程が経過した今。

 僕らの間には、驚く程に会話が無い。微かな息遣いと、時折響く名前も知らない鳥や獣の鳴き声が尾を引いて耳を打つだけだ。……原因は明白。


「……ガーネット、お前の術デ、何とカ出来ないノ」


「……だから、無理だと言っているだろう。私が司るのはあくまでも炎だ。温度じゃない」


 アクアマリンの数回目に至る無茶をガーネットがさらりと流すこのやり取りを見慣れてしまうくらいには、今──

 暑い。

 とにかく暑い。真夏だなんて比では無い、炎にまるごと放り込まれたとか、その辺りの暑さを彷彿とさせる。……いや、炎に放り込まれた経験なんか有りはしないのだが。

 何度目かになるため息を吐き出して、既に効果が切れた精霊魔法をアクアマリンが再度発動させた。



「……我らを包ム。風よリ優しク、母ナル大地のようニ【静水ノ抱擁(クリア・ヴェール)】」

 心なしか、暑さでぐだぐだと緩んだアクアマリンの声に呼応して周りがふっと涼しくなる。

 とはいえこの精霊魔法、効果が切れる度に連続で使い直したりしていては、「匂い」に寄せられた魔物が寄ってきてしまうらしい。上位精霊であれば尚更。

 寄って来るのは下位の魔物らしいので、ぶっちゃけた話処理に手間は掛からないだろう。……が、精神衛生三割と暑さによる精神磨耗を考えて、短時間に連続で使うのは避けているらしい。



「……精霊王様。精霊ニハ、温度や天気を操レる者モイル」


「……うん、多分それ聞いたの十回目くらいだね」



 正直、僕だってそんな精霊魔法があるなら使ってみたいのだ。が、万が一失敗したりして温度が急上昇したりしたら……なんて考えるだけでも恐ろしい。ガーネットはフォローするのも疲れたらしく、黙って清水ノ抱擁の恩恵を享受している。


「……ガーネット、ここってアキバシの森からどのくらいの地点だい?」

「そうですね……恐らく道のりはあと一週間……体感時間は一ヶ月程でしょうか……」


「うわぁ……」


 聞いてから後悔した。

 体感時間が恐ろし過ぎる。丁寧に教えてくれるのは嬉しいが、後半に関してはあまり知りたくなかった。

 まだ食べ物は消費していないけれど、はっきり言って食べ物より替えの服と精霊力の方が補給需要が高いのではないだろうか。主にアクアマリンの。


「……精霊王様、翔べナイノ」

「翔べる……といえば翔べると思うけど……翔び方が解らないよ」


「……そウ」



 僕の答えを聞いた瞬間にあからさまにトーンダウンしたアクアマリンの言葉に少々泣きたくなってくる。

 いや、言わんとする事は解る。こんな事を言うなら恐らく、アクアマリンもガーネットも翔べるのだろうから、翔んでアキバシの森に行った方が早いと考え付いたのだろう。トーンダウンから察して、初期魔法か何かなのかもしれない。

 ……が、残念な事に僕は翔べないのだ。物理的技術的というよりは、やり方が解らなくて。

 字面が怖すぎる森で出会った熊巨人に追い詰められた挙げ句勝手に発動して以来、使おうともしていない。尚、使えるようになる気配もない。悲しい事だ。


 転生してから前世より沢山の度合いで感じるようになった無力感を飲み込んだ所で、不意に間抜けな効果音が響いた。耳元で。


 ……耳元で?



「……ガーネット、アクアマリン、どうか……し……」



 物理的に考えて、ぽすっ、という間抜けな効果音は恐らく、僕の頭が誰かの背中にぶつかった音だ。そして、ぶつかった相手が見知らない黒髪の女性とかいうホラーな事態を想像するよりは、ガーネットかアクアマリンのどちらかだと考える方が自然だ。


 ……だから僕は、二人の名前を呼んだのだけれ、ど。



「……何のつもりだ」


「……そコ、退く。直ぐニ」


 有り体に言えば、修羅場だった。

 再来した物理的な火花を引き起こすガーネットと冷気を飛ばすアクアマリン、相対する二人の精霊が眺めて――否、睨み付けている先には。



 ぼんやりと実体を伴わない、赤や黄色の光が漂っていた。




 精霊王、と名を冠した本能が、警鐘と事実を告げている。


 アレは精霊だ。

 ()わ(・)ぬ(・)()霊だ、と。



「精霊王様、お下がり下さい」


「……精霊王様、下ガる」



 示し会わせたように同じタイミングで告げられた言葉を呑むより早く、引き摺られるように足が地面を押し、僕の身体は後ろに下がる。


 人間は、否、生き物は。

 今までの常識や知識が通じない者に邂逅した時、必然的な焦燥感に駆られる。


 ガーネットやアクアマリンに邂逅した時、“相手が精霊だ”と認識した瞬間に発動したあの力。

 恐らくは、目の前の存在が精霊だと認識した瞬間に発動するらしい、目の前の存在の名前と階級を表示する力。



 本能が目の前の存在が精霊と認識したにも関わらず、あれが発動しなかったなら、確かに焦燥感を感じただろう。

 だけど違う。きちんと、その能力は発動していた。そして、目の前の存在の名前を表示していた。



「……精霊王様と知って、牙を剥くか」


「……消えタくナかったラ、去る」




 二人の剣呑な声に誘発されるように、頭の中に浮かんだ情報。



 【霊位大堕精霊:エメラルド】



 先頭に降臨した緑の――一際大きな光。

 霊位大堕精霊、なんて大層な名前から感じ取れたのは、高位精霊であろうという事実。

 アクアマリンとガーネットの身体から発される警戒心が、それを声高に告げている。



 もう一つ、感じ取れたのは。

 その精霊がきっと、「正常な精霊」と定義された輪の中から外れてしまっているのだろうという事。


 「堕」と、僅か一文字が追加される事で付与された意味。



「ガーネット……アクアマリン……“あれ”は、一体……」



 疑問の言葉が続く隙すら与えずに、ガーネットが即答した。



「……堕天使のようなものです。精霊達にとって敵となる行為を行う、堕ちた精霊――総じて精霊王様によって裁かれ、追放されると聞きます」


「……精霊王様ヲ、恨む奴も多イ」



 空気を失って開閉を繰り返す口が、意味を為さない声を落とす。

 堕ちた精霊。精霊王を恨む。追放。裁く。


 処理しきれない単語が廻る。



「……精霊王様の魔力を嗅ぎ付けたのでしょう。恐らくは、先代精霊王様に裁かれた精霊なのでしょうが……後継の精霊王様まで狙うのか、タチの悪い――」



 ガーネットは怨みの声を溢し、アクアマリンは軽く深呼吸をする。



 臨戦が完成された空間の中、何も出来ない僕が見たのは。





 徐々に人形を取る緑の精霊、エメラルドの、瞳に当たる部分で輝いている――





 毒々しい赤色に染まった光だった。

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