未成年か、未成年なのか?
お食事の用意が整いました! という敬語と元気が中途半端に混じった少女の声に促されて数分。
それが現在の時間軸なのだが、質素な机の上には何故か茶色い瓶が居座っている。
強いて言えばあれだ、晩酌にと親父さんがグビッとやっていそうなアレである。簡潔に言うと、どこからどう見ても酒である。
「…………」
「…………」
互いに喋らないせいか、アクアマリンと僕の間には謎の沈黙が深く根を下ろしていた。なんとなく喋り辛くて黙っている僕とは違い、何か理由があってアクアマリンが黙っているのかは定かでは無いが、極論を言えば非常に気まずい。
「あの、さ。アクアマリン」
数分の沈黙に居たたまれなくなってきたのか、口を出そうにも出せずに足踏みをし始めた宿屋の少女のためも含めて僕は口を開いた。
「……?」
言葉を発さずに頭上に「?」を乱立させているアクアマリンに、なるべく角が立たないように気を配りながら茶色い瓶を指さす。
「それ、何だい?」
「……シベス酒」
さらっとアクアマリンが口にした名称に同行している「酒」の字は、まず間違いなく「ラム酒」とかの方の「酒」だろう。
つまりはあれだ、二十歳以上の大人の飲み物であり、未成年が飲むと警察の逆鱗に触れるかもなあれである。
勝手な憶測の元に言えば、アクアマリン……どう多目に見積もっても、二十歳には見えないのだ。
――ああ、でもここ、異世界なんだっけ。
そう考えると何故だか納得出来てしまうのだから異世界慣れは恐ろしい。一方のアクアマリンは、相変わらず「?」を乱立させて僕の様子を伺っているらしかった。
「……あのさ、アクアマリン今いくつ?」
恐る恐る捻り出した僕の素朴な疑問に、アクアマリンはカッと目を見開いた。
…………見開いた?
「ヤヅキ様……! デリカシー無さスギ……!」
珍しく感嘆符のついたアクアマリンの言葉を暫くごりごりと反芻した後、ようやく僕は状況を理解するに至った。要はあれだ、アクアマリンもレディーである。年齢を聞かれるのが嫌だったんだろう。
「あー……ごめん」
温和に行こう。that温和。
「…………」
むすっとしたまま食事を再開したアクアマリンにそれ以上聞くのは流石に不躾だろう。そのぐらいは解る。という訳で、僕は苦笑いでスルーしておいた。
しかし、どうにも気になる。自慢では無いが、僕は一度気になり出すと止まらなくなる悪極まりない趣味がある。そのせいか、シベス酒とやらから視線を外す事すらままならなかった。
「…………21456」
唐突。
本当に唐突に、アクアマリンが謎の数列を口にした。というか、唐突過ぎて上手く聞き取れなかった。
「……えっ、と?」
「…………」
瞬間、何かがキレる音がした。ぶちん、と。
聞き間違えだよね……うん。
「……聞き間違えじャナイに決まっテルデしょ」
「……あ、えっと」
ビリビリビリビリと電流が空気に走り、そのまま周囲一体の空気を「怒」に変えていくまでの体感時間、約三秒。アクアマリンの両手が机に亀裂を入れ、粉々に破壊するまで二秒。呆然としていた少女の悲鳴がスローモーションに響くまで一秒。
アクアマリンの両手が僕に掴み掛かるまで、零秒。
「ちょっ、アクアマリン……!」
僕がアクアマリンに声を掛けたのは、何も言い訳がしたかったからでは無い。
本当に微かに、何かの奔流が巡る感覚があったからだ。
まるで水のような、高度な力。おそらくは精霊魔法。
少女の前で精霊魔法を使うのはまずい。考えたくは無いが、この少女が精霊使いだったりしたら……!
「アクアマリン、抑えて!」
何の気なしに僕は、アクアマリンに叫んだ。何とか踏み留まってくれないかと、何とか話が出来ないかと。
だけど、僕の言葉はアクアマリンに予想外な事態を引き起こしてしまったらしい。
「……!」
目の奥が熱を放ち、目の前に金色が弾ける。
何も見えなくなる。
「……我ラが王ノ、仰セノママニ」
数秒後、僕の目の前には跪いて普段より片言で喋るアクアマリンの姿があった。ふと視界に入った少女は、何故か気絶してしまっている。
……あまり自信の無い僕の脳みそも、今度ばかりは正しい結論を叩き出してくれたようだ。
傅いたままのアクアマリンの表情からは何と言うか、無表情とは違って……感情が抜け落ちている。
意識も意志も置いてきぼりにしてきたような、真っ白い表情。
結論。僕はまた魔法を使ってしまったらしい。
それはまあどうにも、解除法も解らなければどんな魔法かも知れない面倒臭いヤツらしい。
……いや、魔法の内容はある程度予想がつくか。この様子から見て、言霊のような、言葉で相手を服従させるような魔法なのだろう。何と面倒臭い。
いや、結果的にはオーライなのだが、流石にこのままはまずい。見た所他の客は居ないようだが、少女が目覚めた場合の状況説明にアクアマリンに対する対応……と考える必要のある事を挙げるだけ挙げたら日が暮れそうである。いや、既に暮れてるけど。
「あのー……アクアマリン?」
何か反応は無いかと声を掛けると、アクアマリンの頭が更に深く垂れた。犬かよ。
「頭、上げてくれないかい?」
一応そう言ってみる。と、アクアマリンは頭を上げた。正確には上げただけだ。自我が戻った様子は無い、魔法の効果が消えた様子も無い。
「…………」
この魔法、時間が経つと消えるモノなんだろうか。だとすれば待っていれば良い話だが、もし違った場合……解除呪文的なアレが必要な場合は僕解らないぞ。どうする。
とまぁそんな感じで、このアクアマリンの様子が「魔法」の影響と仮定して堂々巡りの思考に右往左往する事、体感時間約十分。
仮定というか、あの目の前に弾けた金色の光だけピックアップして考えれば魔法だろう。今までの経験……というにはあまりにも短い魔法使用の経験擬きから考えるに、僕が魔法を使うと何かしら金色の光が出てくるのだ。
と、横路に逸れるだけ逸れまくった考えを繰り返していると、「ぷハッ」という泳いだ後のような声が聞こえてきた。




