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お宿2



「どうぞ。あまり豪勢な食事ではありませんが……」


 丁寧にも椅子を引いてくれた少女に頭を下げ、手作り感が見え隠れする椅子に腰を下ろす。椅子と同様に手作り感が見え隠れしている机に視線をやると、この辺りの主食であるクォリコ、味の薄そうな半透明のスープを中心に簡素な食事が机を占領していた。


 少女ができたてをやたら強調している理由はいまいち掴めないが、そんな事を気にする性格では無いらしいアクアマリンが右手で十字を切る。

 人間だけがするのかと思っていたが、精霊もするのだろうか。はたまた、人間に化けている故の芝居か。



「サンライト、ムーンライト、愛シき月と光の女神ヨ」



 和やかな空気に、一瞬の厳格な儀式が冷たい空気をもたらす。真似て十字を切ってから、僕はクォリコを手に取った。アクアマリンはスープからいくらしい。


 クォリコにはあの宿と違い、金色のとろりとしたモノが掛かっている。前世の感覚で言えば蜂蜜だが、香りはハッカのようなスーっとした香りだ。 何はともあれ、とばかりに口に含み、ムグムグと動かしてみる。クォリコのしっとりした柔らかな食感に紛れ、味覚を味が揺らした。



「わぁ……」


 あの宿の苺ジャムもどきとはまた違う、というよりずっとスースーした感覚だ。間違いなくハッカの風味だが、蜂蜜のような甘味も感じる……不思議な味だ。温かな温度も相まって、素朴ながらに母の味のようなモノも感じた。



「ずいぶん美味しいね……」


 思わず零れた呟きを聞きつけたらしいアクアマリンは、何がご不満なのか表情を歪める。次いでアクアマリンの口から飛び出したのは、なんとも嘆息の理由に十分な理由だった。



「クォリコ、美味シい……当たリ前」


 どうやらアクアマリン、重度のクォリコ愛好家だったようだ。別に僕はクォリコを貶した訳では無いのだが、ややこしい方向に勘違いしたらしいアクアマリンの表情は気難しげだった。


 弁明したいが、何処と無く意味が無いように感じ取れてしまうアクアマリンの表情は一体何なのだろうか。



「う、うん……そうだね」



 あはは、と弁明代わりに苦笑いしながら残りのクォリコを飲み込む。温かいそれの温度が喉を削るような感覚に襲われたが、不思議と不快では無かった。

「…………」



 むー、と頬を膨らませたままスープを飲み込んではクォリコを食べ、を繰り返しているアクアマリンの気を損ねると面倒になりそうだ。ほとんど直感でそう思ったのを頼りに、僕は大人しく食事を平らげた。


「ごちソうさまデシた」



 アクアマリンの片言が告げた挨拶は前世と同じ「ごちそうさま」だ。若干どころでは無い違和感を感じたが、やはり郷に入っては郷に従えというやつで。


「ご、ごちそうさまでした……」



 おかげで今度の食事は何か言われる事も無く終える事が出来た。達成感。


「では、ゆっくりお休みになってくださいね!」



 皿の上から食べ物が消えているのに気付いたらしい少女が愛想よくお辞儀し、僕は少し良い気分になる。のろけてるのか、と言わんばかりのアクアマリンのビンタ制裁を受けたが、気にしないでおこう。


「……じゃア、戻ろウ」


「……うん」



 この宿には遊びに来た訳では無いのだ。アキバシの森を目指すためにいろいろとやる事がある。

 またギシギシと危ない音をたてながら、僕らは部屋に戻る事にした。


***



「ガーネ……じゃナい、あの店員は、魔物ノ心配は無いって言っテた。この近くニ、魔物避けの芳香剤ガ売ってるから……ソレで何とかシュる」



 一瞬アクアマリンが噛んだ気がしたが、発せられる無言のオーラにはかなりの殺気が含まれていたため聞くのは断念する。にしても、魔物が芳香剤で何とか出来るモノだろうか……ゴキブリじゃあるまいし。

 まあ、異世界の事はよく解らない。下手に口出しするのも愚かな所業だろう。アクアマリンが口を開くのを待っていると、アクアマリンはガサゴソと地図を引っ張り出した。


 続いてバンッという音。地図が盛大に広げられ、お下がりより酷い状態の机をギシリと唸らせる。



「見ての通リ、アキバシの森まデこんナ距離……街モ無い。食料、着替え、しっかり用意、すル……」



 うわぁ、と口に出してしまいそうな距離である。単純計算で一週間は掛かるぞ、これ。道中で魔物が出てこないかも気になるが……まあ、そんなフィールドは見当たらない。大丈夫だろう。


「……精霊王様の服ハ、我が選ブ。精霊王様、大人しくシテる」

「へっ!?」


 待て待て待て、どういう事だ。そんなに服装センス無いと思われてるのか、僕は。確かに前世では引きこもりついでにTシャツとパーカーに短パン合わせてるだけで、ろくに服を合わせた事なんて無いけれど……


 ……あれ?


 不意にある箇所に興味が湧き、今まで目を留めていなかった「今の」服装に視線を移す。



「お任せします……」



 真っ赤なTシャツに真っ黄色のロングコートである。靴に至っては誰得だと突っ込みたくなる、かなり前衛的なデザインだった。死んだ時は確か制服だったはず。誰の仕業かは知らないが、流石にこれはダサすぎる。

 時間にして僅か0.5秒。褒めて欲しい短時間で「今の服装はダサすぎる」という結論を叩き出した僕はアクアマリンにその一言だけ返した。



「うん……流石ニ、そレハダサい」


 無表情でそう言ったアクアマリンは、お金の算段をしているのか指折り指折り何かを数えている。どうやら第一目標は服装の標準化かららしい。


「食料ハ……二週間分あれバ足りル。お金は、何とか……」



 どこぞの主婦と化したアクアマリンの言葉を聞きながら、忍び寄る朝を感じていた。

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