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店員とアクアマリン。


トライアスロン参加決定から数十分後、というのが現在の時間軸である。



「……で、どうスるノ」


「うーん……まさか街中で練習する訳にはいかないよねぇ」


アクアマリンの問いかけに僕がそう溢すと、呆れたように溜め息をついて先ほども聞いた答えを一字一句違えずに返してくれる。



「自覚してルの? 精霊王様の力ヤ魔法、とてモ強大……街中で練習したリしたら、単純な初級魔法でモ街一つ消せル」



「それはさっき聞いたよ……」


これ以上アクアマリンの律儀な返答を聞いていても仕方ないのでそう返してから、真面目に考えてますよ感の演出で腕組みをしてみる。

アクアマリンも真似っこのように腕組みしながら、やる気なしな店員の姿を背景にウンウンと唸っている。


現在進行形で僕ら二人がぶち当たり、一向に破壊出来る兆しの無い問題。



魔法の練習場所である。



トライアスロンに参加するためには当然、魔物を倒せる実力が無ければいけない。種族年齢、関係無しとは謳われたトライアスロンではあるが、実際に出現し討伐を迫られる魔物はファーストランク。

魔物を倒すには、魔法が無くとも武器が強ければイケるだろうけど……トライアスロンは一ヶ月後、一ヶ月くらいで剣術や体術をファーストランクを討伐出来るくらいまで上達させるのは難しい。



よって、一番手っ取り早い方法。



魔法を上達させよう!

……という訳だ。


……で。



ぶっつけ本番で魔法ド素人の僕が魔法を使える訳も無く、魔法を練習する必要がある訳だけれど。



その場所が問題なのだ。



まさか街中で練習するなど、常識的な価値観と上記したアクアマリンの理由で却下。


トライアスロンの開催場所、リグナル森はトライアスロンの準備で閉鎖されている上に手頃な魔物が居ないため却下。



「他に無いんだよねぇ……」


「……そウダね」



無表情で僕の呟きに返答するアクアマリンだが、その表情は酷く困ったように歪んで「はあ」と溜め息をついている。

よく解らない例えで言えば、顔中で溜め息をついているような雰囲気である。


そう。

手頃なランクの魔物が居て、尚且つ自由に開放されている場所。

そんなちょっとした条件に当てはまる場所が、僕ら二人にはてんで心当たりが無いのだ。思い付く限りの森、アクアマリンの知る廃墟、全部上げては見たものの、どれもこれも閉鎖にランクと、練習に丁度良い場所では無かった。


勿論、僕がどこぞのゴリラ野郎やら熊巨人やらと出会った思い出と絶望深き森も提案はしたのだけれど……



「そノ森、多分……死怨の森……ファーストランクの魔物、果てはロイヤルランクも居る……熊巨人、多分、ファーストランクのキラーベア」


「ファーストランク!?」


むせた。

まさかあの熊巨人がファーストランクだったとは……確かに飛ぶわ連携するわで規格外の熊だったけどさ。

死怨の森って……字面が怖すぎる。


……という事で死怨の森も却下。

そのままウンウンを続行していると、先ほど茶番の最中に注文を聞きに来たっきりカウンターの中で本を読んでいたやる気なし店員が近くに寄ってきていた。

意外に切れ長な目が僕らの周囲をするりと確認し、やがて僕らに焦点を合わす。


意外な人物に驚いたのか、アクアマリンはぽかんと口を開けた状態で固まっていた。


……せっかくのロリが台無しだぞ、アクアマリン。



「あんた達、魔法の練習場所を探してる訳ぇ?」


「あ、うん……一応」



本当に客と対峙しているのか疑いたくなるような態度で話し掛けてきた店員に出来るだけ愛想よく返す。一体何の用だと言わんばかりのアクアマリンも、社交辞令なのかお辞儀してにこりと微笑む。



「だったらさぁ、アキバシの森はどお? 規模がでかい割には魔物のランク低いし、地図にもポツンと載ってるからあんま知られてないけど……あんた達みたいな魔法練習が必要な輩にはぴったりなんじゃないのぉ?」


「アキバシの森……?」


共にポカーンと間抜け面を晒した僕ら二人を無表情で眺めながら、店員はどこから出してきたんだと問い詰めてやりたくなるような唐突さで巨大な地図を引っ張り出してきた。



「これぇ」



店員が長い指でビタンと指し示した位置は、ここネグマリックからやや離れた緑のゾーン。


【ババナの森(アキバシの森)】


「バナナの森……?」


「あんた馬鹿ぁ?」


誰の名言だ、と突っ込んでやりたいのを見知らぬ店員の手前、全理性をフル稼働させて抑え込む。数秒の苦労を要したその作業に嘆息しながら顔を上げ、店員に苦笑を返した。


「ははは……」



何を言う訳でも無くなるべく穏やかなように心がけながら苦笑を浮かべ、ふと思い付く。


……そういえば僕、普通に言葉話したり読んだりしてるけど……これは転生の特権か何かか?

ならば地味にありがたい。言葉も魔法も解りませんと来ては、流石に心も折れるというものだ。


見知らぬ神、シベストリアにささやかな感謝を捧げつつ再び店員の話に耳を傾ける。



「バナナじゃなくてぇ、ババナだからぁ。ここ重要~」

「あー……うん」


「よろしい。でねぇ、えっとぉ~……アキバシの森はぁ、ここからじゃちょっと遠い訳ぇ。だからぁ、ちゃんと準備して、魔物の対策もしてきな。

サードランクの魔物くらいしか出てこないからぁ、魔物には苦労しないだろうけどぉ……結構長旅になるだろうからぁ」



懇切丁寧にそう教えてくれた店員は、一仕事終えたように「くぁー」と欠伸をしてニヤリと笑う。


「……頑張りな、アクアマリン。せっかく精霊王様に雇われたんだから」


「……解っテる」



店員とアクアマリンが何か言葉を交わしたようにも思えたが、僕には聞こえず首を傾げるだけにとどまった。

首を傾げる僕を綺麗にスルーしてから、店員は言葉を告ぐ。



「この地図あげるからぁ、頑張りなよぉ? 聞いた感じだと、トライアスロンに出るんでしょぉ?」



うわー……何ていう洞察力。プラス観察力。全部聞こえていたのか。

……地味に恥ずかしいね。


「う、うん……ありがとう、いろいろと」



「どういたしましてぇ。まあ、宿に泊まりながら準備するのが得策だとは思うけどぉ。んじゃ、またねぇ」



そう遺言か何かのように言い残し、店員は嵐と例えても違和感無いスピードで店の奥へ消えていった。

さて、と僕はアクアマリンに対峙する。



…………


心ここにあらずといった雰囲気のアクアマリンの意識が帰ってくるのを待つこと数分、アクアマリンは目をぱちくりさせて「……どうシたの」と場違いに尋ねてきた。



「いや、うん……」



言葉を濁す僕に「変なノ……」とストレートに言い放ちながら、がま口っぽい財布を取り出すアクアマリン。


なんだろう、異世界にがま口……がま口かぁ……



駄目だ、じわじわくるタイプだこれ。



「精霊王様……宿に泊まリナがら、準備……」


そう言ってがま口を仕舞うアクアマリンの仕草にすら吹き出す僕は完全な不審者と成り下がっている事だろう。


「うん……ふっ……でもさ、お金……あー……じわじわくる……どうするんだい?」



不審者もどきと成り果てた僕をさも「気でも狂ったか……」と哀れみの目で見るアクアマリンの内心は想像に難くないが、想像したくも無い。


アクアマリンは、無表情に徹しながらがま口をチャラリと鳴らしてみせる。



「そのくライナら、支払ウ……さぁ、宿探し……」



チャラリと鳴ったがま口にすら吹き出す僕は、アクアマリンの手によって店の外へと引きずり出されていった。

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