始まりは蒼白と共に
「いや……何だい、ここ」
人生最大の混乱が何れか選べ、と言われたら恐らく、未来の僕は今この瞬間を選ぶだろう。そう確信出来る。
半ば投げ槍な現実逃避に呑まれる思考を目の前――青白い空間に向けてみると、様々に可笑しい点が見えてくる。
ただただ、だだっ広い。
視力は良い方だったと思うのだが、精一杯目を細めて背伸びしてみても、終着点、若しくは別の色は見えない。
……否、別の色ならあるか。
青白い空間を汚してしまっている自分の身体を見下ろしてみる。が、瞬間的に見なかったら良かったと後悔した。
……落ち着け、僕は鮮血まみれのTシャツなんか見てない。幻覚だ。混乱が魅せただけだ。
……痛覚は無いんだけどなぁ。
「……まるっきり生きてる時と感覚は変わらないんだけど……」
訳の解らない青白い空間にポイされたら常識的な人間は混乱のち発狂するんだろうが、生憎僕は混乱し過ぎて逆に冷静になるタイプだったらしい。
何も無い、だだっ広いだけの空間をそっと見回して見る。空っぽで空虚な、命名し難い空間。
「……」
所謂天国とか地獄的な存在だと言いたいならばイメージブレイカーも良い所だ。
……死後の世界にしては雑過ぎるんじゃないのかい?
見た事もない神様に文句を言いたくなるが、あくまでもここは青白い謎空間であって神様の家ではない。
ため息で神頼み思考に蓋をしてから、まずは一歩、踏み出してみる事にした。
たかが一歩踏み出すのにここまで大袈裟な気持ちを抱くのも初体験だが、青白い空間は「たかが一歩、されど一歩」感を見事な程演出している。
「……よし」
そっと、踏み出す。
「うわっ」
普通に地面だった。
逆に驚いた。まさかここまで普通の地面だったとは、不覚だ。
青白いだけで、材質は地面と変わらない床を踏み締めてまた一歩、二歩。平衡感覚を失いそうな身体を奮って、また一歩。
何をすれば良いのかよく解らないが、止まっていてももっと解らない。
もう一歩、と踏み出した所で、思いっきり身体が跳ねた。
別に床がいきなり壊れたとかではない。そんな現象が起きたら、僕の身体が辿るのは跳ねるではなく落ちるだ。
人間の身体が跳ねるのは、物理的な要因ともう一つ、心理面の要因が原因だ。そして心理面の要因である場合、大半は「驚き」が原因だ。
僕の場合は後者だった。
しゃらん、と物音がしたのだ。
「…………」
固まったまま動いてくれなくなった身体に鞭を打って、怖いもの見たさに負けてみる。
振り向く。
「……なんじゃお主。せっかく呼んでやったというのに、体調でも崩しておるのか?」
鈴を転がしたような、愛らしい声と同時に。
僕の目の前には、「絶世の美女」なんて言葉も霞むような、美しい女性が立っていた。