邂逅(争い)
「何者だ!」
「戦士」となったミワが牽制するように怒鳴り付ける。普通の人間ならばまず跪くような不思議な威圧と本能的な恐怖を与えるその声は、魔法が含まれているのだろうか。
何処と無く普通の声には聞こえない。
しかし、そんなミワの牽制にも動じず窓ガラスを叩き割り侵入した主は顔を上げた。
澄んだ翠の髪に青い目をした、齢十五ほどの少女だ。
雪のように色白い肌は、頬の部分だけが見事に紅潮して少女の敵意を表現している。
「にンげん……!」
少女の言葉は、緊張感に支配された空気を小気味良く振動させる。
しかし、よく通る声は敵意と、僅かな恐怖を含んでいるように感じた。
「にンげん……! 殺ス!」
片言の言葉が告げたのは、僕らに対する死刑宣告。
そう思わせるに充分過ぎる程の力が、少女に集まっていく。
魔法に関して思いっきりド素人の僕ですら、本能的に感じ取る。
危険だ。
逃げろ。
逃げねば、殺されるぞ。
頭はそう言うのに、体の主導権は僕には無いようで。
動かない。
動けない。
隣で弓を構えたミワも例外では無いようだ。
「待て、事情を……!」
再度牽制を試みたミワの叫びが、巨大な水音にかき消された。
「清流ノ裁き(アクアジャッジ)!」
「っぐぁ……精霊術……!?」
ミワの苦しげな声が響く。
直感的にミワが僕を庇ったのだと気が付く。
目の前に広がる朱。少女の放った激流に裂かれ、紅い華が散ったミワの腕。生まれて初めて庇われて、感じた事の無い感情が胸を満たす。
生まれて初めて、憤怒という感情を知った。
言葉の通り、身を以て。
何か得体の知れぬモノが僕を満たしていく。心地好いような、気味の悪いような、不可思議で理解不能な感覚。
「ヤヅキ……!?」
金色の光に満たされていた。
いつだったか、熊巨人に襲われた時。
僕を救った光だ。
そして恐らくはこの世界で『魔法』と呼ばれる存在。
名を呼んだミワの声にも、返答出来ない。何かを叫ぶ少女の声も聞こえない。
何も聞こえない。
何も見えない。
視界に一瞬、朱が散る。その朱が誰のモノか等、考えも出来ない。
飛び交う声も、叫ぶ悲鳴も、何もかもが遠くなる。
何もかもが、僕の思考の外へ追い出されていく。
「ヤヅキ……!」
誰の声だろうか。
叫ぶ声だ。
……まあ、どうでも良いかな。
とにかく今は、眠りたいんだ。
最後、温かなモノに包まれた。
前世でこんな感覚は感じた事が無い。
この温もりは、なんだろう。
微かな疑問を最後に、僕の視界が暗転した。
(sideミワ)
「ヤヅキ……!」
倒れていく少年……ヤヅキの名前を堪らず呼んだ。
そんなあたしの声には反応せず、床に倒れ伏したヤヅキの目がぐったりと閉ざされる。死人のように青ざめた肌が、抱き抱えた腕が、まるで氷をあてがわれたように酷く冷たかった。
手を離してしまったら、手の届かない場所に行ってしまうような気がして。
抱き締める。
「っ……!」
少女の、侵入者のくぐもった声がする。酷く怯えた、恐怖を帯びた声だ。
あたしはすかさず少女に視線をやった。
「…………にンげん」
相変わらずの片言の声が、そっと労るような響きを帯びる。先ほどの敵意と害意が押し込まれた声音とは何もかもが違っていた。
「……さっきノ、何ダ」
少女は、あたしが一番知りたい質問をあたしに投げ掛けてきた。抑揚が無いが、声のトーンは上ずっている。あからさまな恐怖の感情は、ヤヅキが可哀想に思える程の具合だった。
とはいえ、「さっきノ、何ダ」なんて質問は出来るならあたしがしたい。ヤヅキは魔法も職業もよく解っていないらしいが……先ほどのアレは、恐らくは魔法だ。ヤヅキが嘘をつくとは考えにくい。
ならば無意識に魔法を使ったのか……?
非常に考えにくい上に、そんな事例は前代未聞だ。
先ほど、あたしが少女の魔法に腕を切られた時。
ヤヅキの体を包み、あたしの傷を癒した金色の光。
それはさながら天使の光のようだったが、少女にとっては悪夢の光だっただろう。
あたしやヤヅキと同じように金色の光に包まれた少女に何があったのか解らないが、光が消えた後、少女から敵意も害意も消え失せていた。
恐怖と敵意に彩られた表情は何か恐ろしい目に遭った被害者のような表情に変わり、声音は服従した犬の如く穏やかだったのだ。状況を理解出来ない内に当の本人は倒れるし、この少女も状況理解が追い付いていないようだし……全く、よく解らない現状にはうんざりしてしまう。
とはいえ、ヤヅキを運ばないとな。
「よっと……あたしはヤヅキを運んでくる。あんたにはいくつか聞きたい事があるんだ……逃げるなよ」
逃げるなよ、程度の脅しで少女が言うことを聞く可能性は五分五分だろうが、何はともあれ先決はヤヅキだ。見る限り、だいぶ弱っている。魔法も魔力のコントロールもよく解っていない奴が無理して魔法を行使した時に発症する『限界魔力症』に症状が似ている気もするが……それにしては弱りすぎだ。
だが、ヤヅキが魔法や魔力のコントロールがよく解っていないのは事実だろうし……嗚呼、全く考えれば考える程に頭がこんがらがる。
「ったく……」
誰に向けた訳でも無い嘆きを溢しながらヤヅキの部屋に入る。荷物と呼べるモノも無く、ベッドに人が居た形跡だけが残っていた。
何だか殺風景だな、と感じながらヤヅキをベッドに転がし、ぐしゃぐしゃになった毛布を被せた。
あまりにもぐしゃぐしゃな毛布は、ぐしゃぐしゃを極めたのかと言わんばかりだ。
冗談じゃないくらい寝相が悪いらしい、ヤヅキという少年は。
「ヤヅキ」
念のため声をかけても微かな呼吸と小さな寝息が返ってきただけだ。明日に目覚めるかは解らないが、命に関わるという訳でも無さそうだし……放っておけば回復するだろう。
そう判断を下し、ヤヅキを軽く撫でて踵を返す。
あの少女に聞きたい事もあるのだ。




