邂逅(前兆)
「道具……?」
今しがた聞いたばかりの言葉を、普段は大した意味も無いように感じるのに、今この時に限っては重大な意味を持つ言葉を……
そっと、反芻する。
道具だと言われてしまう精霊はいったい、この世界でどんな立ち位置なのか。
どんな存在なのか。
想像に難くない。
「……他の生き物を道具のように扱えるのは人間だけだ。他者を食らう肉食獣すら、食らう獣を生きる糧と、必要不可欠な存在と認識するだろう。
……他者を、あまつさえ同族すら奴隷と銘打って、使い捨ての道具に変えてしまうのは人間だけなんだよ」
奴隷。
どれい。
商品、道具。
つかい、すて
「……すまない」
泥のような重たい空気が漂う中、ミワはポツリと謝罪した。
何故謝罪するのか、解らなかった。
ミワの唇に朱が滲む。
零れた朱が、涙に見えた。
「…………」
何も言う事が出来なくて、僕は唇を噛み締める。
ミワも、こんな想いなのかな。
悔しくて、いたたまれなくて、無力さに心が痛くて。
「…………」
低い沈黙が流れる。
微かな音すら響かぬ緊迫した空間。
「話を続けるぞ」
沈黙を切ったのは、意外にもミワだ。沈んでいた空気を払うように、唇を引き上げたその表情は。
強がりにしか見えなくて。
余計に辛くなるよ。
「精霊は遥か遠くの、『精霊樹林』で生まれ、空気の流れに乗って世界に流れていく。で、精霊の頂点……ひいては魔法の頂点に、『精霊王』がいる」
ミワの言葉をないがしろにして先ほどの話題を引っ張り出すのはきっと、愚か者の所業だろう。
それに今、一番知りたい単語を聞いたんだ。
「あの、ミワさん」
「ん、なんだ」
僕は静かに息を吸い、そっと尋ねる。
「精霊王、ってこの世界ではどういう存在なんですか?」
「どういう存在、か……」
今までで一番悩んでるぞミワ。
そんなにマズイ存在なんだろうか。だとしたら理不尽過ぎないか、この転生。
心の中でぶつぶつ言っている僕に、ミワがようやく答えを返す。
「精霊王というのは……文字通り、精霊の王、全ての根源だ。だが、かつて人間の愚かな所業に呆れて人間を見放し、姿を消したという伝承があるだけでな……何か気のきいた文献や言い伝えがある訳では無いんだ」
いわゆる、謎の存在って者なんだろう。人間に呆れて人間を見放した、と言われても当の僕には覚えが無いのだから、別人、もしくは先代精霊王だろうな。
……先代がいるのか知らないが。
にしても、全ての魔法の根源、頂点……精霊王の力がいよいよ解らない。
自分で自分の力が解らないというのも可笑しなモノだが、試した事も無ければ魔法についても大雑把にしか解っていない僕にはどうしようも無いのだ。
「はぁー……」
不意に口をついた溜め息に、ミワがすっと顔を上げる。眉根が寄り、悩む年配のような深いシワが額に刻み付けられていた。
何か悩ませるような事を言ったか、僕は。
「なんだ、溜め息なんかついて……不満か?」
額に刻み付けられていたシワが眉に移動し、不愉快そうな表情を作り出す。
……あ、そういう事か。
精霊王が確証の無い存在だという事、先ほど僕が『精霊』の話題に食い付いた事……
要するにミワは、自分が大雑把な説明をしたせいで僕が知りたい事を知らずに呆れたのか、と思ったらしい。
勿論、そんな事は無い。よって、即座に否定する。
「いえ、違います……なるほど、精霊王っていろいろ不確定な存在なんですね」
取り繕うついでに話の軌道修正を図る。
よし、一石二鳥だ。
見事に軌道修正は成功したらしく、ミワは「ああ」と頷いた。
「お前が何故精霊王に食い付いたのか知らんが……気になるなら精霊樹林の文献や、精霊術師なんかに聞いてみると良い。精霊なら精霊王の事はよく知っているだろう……
まあ、精霊術師は偏屈が多い上に精霊も人間を好かないからな、上手く行くかは解らんが」
ふむ、貴重な情報だ。
うんうん、と心のメモに書き留めている最中、再び疑問が首をもたげてくる。
「あの」
「なんだ、また疑問か?」
呆れを通り越してうんざりされてるぞ、これ。
だが仕方ない。解らないまま外に出て良い事は無いのだ。自信を持って言える。
そんな脳内ナレーションから思い出した前世に蓋をしながら、疑問を纏めてゆっくり口にした。
「精霊術師、ってなんです?」
ゲームでいう、いわゆる『職業』的な存在だというのは理解出来るのだが……この際、どんな職業があるのか聞いておきたい。確かミワは、『弓術師』だったはずだ。
そこを踏まえると、何種類かあるんだろう。
そう考えながらミワを見上げると、なんとも形容し難い表情が視界に映った。
強いて言うなら、未知の生命体にでも邂逅したか、あり得ぬほど非常識な事を言われたか……
……非常識?
……ああ、これはクォリコの時と同じだ。考えてもみろ、普通なら職業くらい知っていて当たり前のモノだろう……ミワがこうも間抜けな表情をする訳だ。
約1.2秒で叩き出された結論はどうやら合っていたらしく、ミワは予想通りの答えを溢した。
「そんな事も知らんのか……? お前、一体全体どこから来たんだ……」
どこからって、異世界だよ。
真顔で言いそうになりながら苦笑いで誤魔化す。ミワは困惑と疑問を一杯に浮かべながら身ぶり手振りを交えて話してくれた。
身ぶり手振りが混じったのは、混乱のせいだろう。瀕死のカニか何かのようだった。悪い事をしたな。
瀕死のカニ、もといミワが話してくれた事によると職業は十個あるらしい。そのそれぞれにロイヤルランクの『師範』……ゲームでいう、マスターがいるとの事だ。
教えられた事を頭の中で整理していると、ミワはお茶を飲んで喉を潤したのか先ほどよりいくぶん潤った声で話し始める。
「職業は十個あると言ったろう? その内で『弓術師』『精霊術師』『格闘技師』『剣術師』の四つが戦闘系職業と言われていてな、護衛や魔物の討伐を主な仕事にしているんだ」
なるほど、職業とひとくくりに言っても戦闘系や何やらと区分けがあるらしい。昔僕が好んでプレイしていたゲームにもそんな雰囲気のゲームがあった事をふと思い出した。
あれは楽しかったなあ、と追憶していると、ミワの声が追憶を中断させ、何処となく物足りない気分に襲われた。
「その他の六つは生産、サポート系職業だ。『建築士』『錬金術師』『調理師』」
耳を傾けていると、唐突にミワの声が止まった。
なんだろう、聞き方に問題でもあっただろうか。きちんと聞いていたつもりだったが……
罪悪感に気分が侵され、僕は俯けていた顔をそっと上げてみる。
あれ……?
なんだろう、この感覚。
何か、何か来る。
「伏せろっ!」
ミワの声と同時に体が倒れた。
言わずもがな、ミワに押されて床に伏せたのだ。
次の瞬間。
バリィィィン!と窓ガラスが割れる音がした。
何か恐ろしいモノが、来た音がした。




