08・ 君が?
「君が、王城からの使者?」
扉の前で立ちすくんでいる領主フレリスに代わり、パシュゼが目の前の人物に尋ねる。
フレリスだって驚くのも無理はない……。
何、これ、球体?
前から見ても、横から見てもお肉が。筋肉?脂肪?贅肉?
よくこの重そうな体で、その恰好で、ここまで来れたな。
使者の到着を知ったパシュゼ達はすぐに身支度を済ませ、使者を待たせている部屋へ向かった。
そこで待っていたのは、想像もつかなかった姿の者。
王城からの使者は、彼等が今まで出会ったことがない程のでっぷり感な体格の男だった。
麦わら帽子に上下揃いの作業着と長靴。斜め掛けのカバンと水筒。
「奥様の買い物バックか」と言いたくなる、腕に抱えている大き目のバケツ。
バケツの中身は、鎌やスコップや杓子やロープ等覗いて見える。
底の方にも何かあるようだが、パシュゼ達の方角からは確かめようもない。
背中に背負っているのは鍬。
鍬の刃部分には布が何十にも巻かれて、通りすがりの人に傷つけない処方がされているようだが……。
全身、あちこちの擦れや切裂き、全体のシミや泥や埃に染まっている男。
全身ボロボロなのは、道中何かあったから?罠を攻略して来たからか?
あの赤黒いシミは、罠の一つにいた動物達の返り血?
パシュゼの凝視に耐えられないのか、男はもじもじしながら帽子を脱いでそれを握り絞める。
銅色の髪が汗でへばりついている男の顔も、ムチムチパンパンと膨れていた。
垂れた薄い眉、目は瞼の肉が被さり、鼻はちんまり、口は小さくポッチャリ。
年齢不詳だが、声が幼く感じるので、24歳のパシュゼよりは年下のようにも思える。
「はいっ。僕、王城にいるクランジェ王女の命を受けて、こちらへお邪魔しに来ました」
王女の現恋人に会ったらどんなに心が乱れるかと思っていたけれど。
意外と冷静な対応が出来る自分がいるな。
でも、これが、クランジェの?
あの『赤銅の狩人』?
この男の正体を知らないふりして、確認しないとな。
「座って話そうか。フレリス、お前もこっちに来て」
対面型に置かれた椅子に男が座り直すと、呼ばれたフレリスもパシュゼと同じ長椅子に座り、用意されていたお茶を一口飲みこんだ。
先程の衝撃から落ち着いたフレリスは、ようやく男と向き合う。
「初めまして。私は、イッツワーヤ領主のフレリスと申します。こちらが私の友、パシュゼ。で、グランジェ王女の命を受けたという、突然いらっしゃった貴方は、どちら様でしょう?」
こちらから訊かなければ名前も名乗れないのか? 先触れもなく勝手にやって来て。と、含んだ言い方に男は顔を微かに赤く染める。
「す、すみません! 僕、レガーレと申します!」
「レガーレ? さん? 何用でこちらに?」
「こ、こちらにある『約束の白い首飾り』を返して貰いたくって! こちらに来ました!」
「ふふっ。いちいち、大きな声で話さなくてもいいのですよ。落ち着いて、お茶でもどうぞ」
お前が言うなよ。しかも、相手をからかって。
パシュゼの視線にフレリスが気づき、「私に任せて下さいね」とばかり、にっこりと目を細めてくる。
フレリスは彼女に関わる男達も嫌っていたからなぁ。
この男も対象者かぁ。
何か、想像していた者とは違って、見た目はおどおど弱々しい感じだけれど……。
実際はどうなんだろう?
少し目の前の男の様子を見てみよう、とパシュゼは隣のフレリスに頷き返す。
おどおどしていたのは、パシュゼの煌びやかな容姿に狼狽えているという理由もある事を彼は気づかないで。
「ところで、王女の命を受ける貴方はそのような身分なのです?」
「僕ですか?僕、今は無職なんです」
「無職で王女の使いを? 貴方は王女とどういう関係なのでしょう?」
途端、男は顔を一層赤らめる。
「あ、あの~。『私の大事な恋人』と毎日、王女様が言ってくれます」
ピクリとパシュゼのこめかみが動く。
昔、付き合った時でさえ言われた事がないのに。この男は言われているって?!
動揺するパシュゼをなだめるよう、フレリスは彼の手首を優しく掴む。
「毎日ですか。噂では、王女は沢山の男友達がいらっしゃるとか」
「そうです。友達も多いですね。恋人も何人かいますね。でも、特別なのは僕一人だけ、だと言ってくれました。だから、僕と結婚するんだって。それで、『約束の白い首飾り』が必要だって」
「……なんと、まぁ」
呆れるよなぁ、フレリスも。
何でこの男は、他に恋人がいても許せるんだ?
しかも、あの王女はいつの間に何股も掛ける女になったんだ。
私が13歳の2ヶ月間は、まだ二股もされなかったはず。まだマシな方だったのか?
結婚しても男の影が付きまとうのは、私は嫌だな……。
あのまま付き合っていれば、私も何股と掛けられていたのか?
結婚しても、……ってさっきも思ったな。うん?
パシュゼの思考が混乱し始めた時、フレリスが興味津々と男に問う。
「貴方は他に恋人がいても、結婚したいのですか?」
「はい。結婚したら別れると言ってくれました。だから早く『約束の白い首飾り』を返して貰って来てねって、王女様が僕に頼んで来たんです」
「結婚したら? 結婚前には別れないのですか? 相変わらずな人ですね。そんな王女とどう出会ったか、教えてもらえますか?」
「はいっ。え、へへへ~っ。僕が村で農作業していた時、一目惚れしてくれたんですぅ。転職先も見つけてくれて~。お嫁さんにもなってくれて~。僕、幸せなんです~」
デレデレとにやけた顔の男の態度は、パシュゼとフレリスを苛立たせるのに充分であった。
「失礼。レガーレさん? もう夜も遅いので、後は明日にしませんか?」
パシュゼが話を切り上げようと立ち上がる。
「待って! 首飾り、パシュゼ様が持っていると聞きました。早く返して欲しいのですがっ」
慌てて男も立ち上がり、パシュゼを引き留めた。
「返すつもりはないよ」
一笑したパシュゼに見惚れて出遅れたため、素早く部屋を去って行く彼を追う事が出来なかったレガーレ。
「ああ、行ってしまったぁ」
ガッカリしている男にフレリスは笑いを隠しながら話掛ける。
「実際、もう遅いですし。お腹は空いていませんか? 食事を用意するので、それまで入浴でもなされば?長旅で疲れたでしょう。食事の後は、部屋でゆっくり眠って下さい」
「ありがとうございます。僕ったら道に迷ったのか、すごい道を通って来て、すごく疲れてて、すごくお腹空いていたんです。そうですね。話は後でも、出来ますもんね」
クランジェ王女の使者、レガーレは喜んで、ブランデュ館にお世話になる事にしたのである。
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