07・ きっかけの髪
「パシュゼの髪って綺麗な蜂蜜色ね。蜂蜜でも淡い金色の種類の」
少女が少年の髪をうっとり見つめている。
「でも、量があって絡まるの。僕、嫌い。もっと短く切ろうかな」
「だ~めっ。多いってことは、この綺麗な色が沢山あるってことよ。私のお気に入りなんだから短くしないで。特に私、この波打つ髪が光に当たってキラキラするのが好きなの」
あの時の褒め言葉にすがってきたのは私。
あの時の笑顔が可愛くて、この子が喜んでくれるなら、と。
想いが込められた髪だったのに……。
風呂上りに髪の毛を乾かしている時、パシュゼはふと昔の景色を思い出す。
川遊びした後に、櫛で髪をとかしてくれた少女の言葉を。
彼はその時から、背中までの髪の長さを維持していたのだ。
一度、膝まで伸ばしてみたが、座る時は自分の髪に座ったり、立ち上がる時も踏み転ぶところだった。特にトイレと洗髪後が面倒になり、さすがにこの長さはいらないと切ってしまった経験がある。
日中は髪を束ねているので、夜の洗髪後の頭皮マッサージはかかせない。
何故かここ数日、フレリスが頭皮ケアをしてくれている。
櫛とオイルを持って寝室で待っているのだから仕方がないよな。
フレリスも私の髪が好きらしい。王女と同じだと教えたら不機嫌になるだろうな。
パシュゼが苦笑いすると櫛を持つフレリスの手が止まった。
「今、誰かを思い出していませんでしたか?」
感が良い質問にパシュゼは正直に答える。
「ん。昔の王女。可愛いこと言ってくれたのになぁ、って」
途端にフレリスの顔が嫌悪感に満ちる。
「はぁ~?あの王女が可愛いこと、ですか?あの人のこと、可愛いと思ったことが一度もないので私には理解できな~いです」
「……ねぇ?以前から知りたかったけれど、ちょと怖くて知るのを避けていたことがあるんだ。……どうしてフレリスは、そこまで王女を嫌いなの?子供の頃からだよね」
「あの王女は、昔から無邪気な顔で人を翻弄するんですよ。彼女はいつも同性には目をくれず、異性の輪にいました。それでも親の命令で王女の近くにいるしかない女の子達は、彼女に使用人扱いされていましたがね。そんな王女を見ていれば、私が嫌うのも当然でしょう。男の子には優しかったので黙認していましたが、王女の貴方への態度を見て私も我慢出来なくなりました」
フレリスの答えにちょっと戸惑ってしまうパシュゼである。
「言われてみれば、王女と周りの女の子達との笑い声って聞いた事ないかも」
「私は目の前で、貴族として誇り高かった女の子が、自信喪失精神ズタボロにされていくのを見てましたからね。私と3歳からの友人だったのですよ」
「その子、今は?」
「……可哀そうに。学校を中退し、別荘に一人籠ってしまいました。それから身だしなみに気をつかわなくなった彼女は入浴も五~七日に一回。その臭さ、頭皮の匂いとかに惚れたという、行商人に浚われてしまいました。行商人の実家は、商売で資産を稼ぎ、低位だけれど一応爵位がある家。お荷物的娘に金持ち夫が出来て、両親は大万歳。現在、彼女は行商人から嫌われようと身だしなみに気をつかってますよ。行商人は綺麗になっていく彼女にま~すま~す惚れて、彼女達の子供もま~すま~す。会いに行く度に家族が増えている気がします。とにかく。彼女にとって、どちらでも逃げられない悪循環。可哀そうでしょう?」
「……」
何と答えればわからないパシュゼであった。
その時、強めに部屋の扉を叩く音が響く。
「何です。あの叩きっぷりは」
櫛を持ったままフレリスが扉を開くと、そこに青ざめて立つのは使用人スーク。
三年前、領地の都で不良をしていた四人組に、フレリスが勝手に名前を付けて使用人にした一人。
スークは四人組で一番大人しく、荒々しく戸を叩く事は今までなかった。
「どうしたのですか?」
走ってきたのだろう、息が切れるのを止めるため一度ゴクリを喉を鳴らしたスークは。
「王城からの使者が!パシュゼ様にお会いしたいと!」
鏡台の前に座るパシュゼにも聞こえるよう、大声で伝えた。
膝まで髪を伸ばす事二回の私。実体験含めてみました。