プロローグ
「そっちに逃げたぞ!」
「追え!捕まえろ!」
暗い住宅街の路地裏で深くフードを被った一人の女性が震えて隠れていた。見ると、その傍には6歳位の男の子が手を引かれて立っていた。オレンジのニット帽をかぶった黒いつぶらな瞳の可愛らしい少年だ。
「ママ…震えてるの?」
ギュッと母親の手を男の子は不安そうに握った。
「…大丈夫よ。さあ、行きましょう。」
母親は少年を抱きかかえ、男達の行った方と逆に走って行った。
息も絶え絶えに走り続け、偶然にも暖かい明かりの灯る小さな孤児院を見つけた。母親は疲れていつの間にか寝てしまった子と孤児院を見てはっとある事を思いついた。
すぐに孤児院の扉を何回もノックした。
「なんの御用でしょうか?」
すると母親と同じくらいの年齢の女性が眠たそうに玄関を開けた。
「お願いいたします。この子を預かっていただけませんでしょうか。」
「…ここは身寄りのない子達の場所であって託児所ではないのですが。」
「知っております!では言い方を変えます。この子を"匿って"欲しいのです。」
孤児院の女性は只ならぬ事情に眉をひそめた。
「何があったかは聞かない事にしましょう。」
「ありがとうございます。」
母親はぐっすり眠る少年を女性に渡した。そして少年を撫で、背に担いでいた布に包まれた刀とつけていた青い三日月型の石のついたネックレスをさらに女性に託した。
走って立ち去ろうとする母親に女性は最後に呼びかけた。
「待って!この子の名前だけでも教えて下さい!」
母親は立ち止まると振り返った。フードに隠れていてもその双眸が涙を流しているのがわかった。
「…レーヤ、です。」
そう言って二度と母親はレーヤの元には戻ってくる事は無かった。