忘れられない日。
※何れくる別れの日、その後
「鈴、話がある」
そう、帝様に言われたのは16歳の誕生日を迎える前日の事だった。誕生日の日に話すとそう告げた帝様は、いつも通りかっこよかった。
―――私は、来たか。と正直思った。
本来なら、二年前にあるはずの婚約解消の話だと思った。
だって漫画の世界では、帝様が高校二年生のときにヒロインであられる春風日向様と出会い、愛情を育み、私は婚約を解消されるのだから。いや、自分から身を引くのだ。
そんなの思い出した日からずっと覚悟していた事だった。
実際に帝様は春風日向様とそれはもう仲良くなっていた。名前でよぶ仲で、私にも紹介してくださって……。日向様は良い人だった。恋敵である私にそれはもう優しくしてくれた。
だから、婚約解消されると二年前思っていた。
だけれども、何故か漫画の世界とは違い私は婚約解消がされていなかった。
大学生になった帝様と、高校一年生の私。
まだ婚約者だった。何故漫画の世界と差異があるのかわからない。けれど、それ以外に差異はない。帝様は私の事は可愛がってはくれるけど、キスとかそういう事はしてくれない。だから私に恋愛感情はないのだろうと思う。私は…その、そういう事をしたいってぐらいには帝様が大好きだけど、私が胸に秘めている思いと帝様の思いは違うのだ。
「誕生日おめでとうございます。鈴様」
「鈴様、浮かれない顔ですがどうしましたか?」
誕生日の当日、学園で普通に過ごしていたつもりだったのだが、誕生日を祝う声と共に心配するような声をかけられた。
私はそんなに浮かない顔をしていただろうか。覚悟していたはずなのに。いつか婚約を解消されるとしっていたはずなのに。私は、どうしてこんなにどうしようもない悲しみを抱えているのだろうか。
そんな自分に嫌な気持ちになりながらも、適当に心配かけないように皆に笑いかけて、私は帰路に付く。
帝様の一人暮らしをしているマンションに向かう事になっていた。
向かう足が重かった。悲しくて、泣きたかった。帝様と一緒にいる理由が、『婚約者』という理由が失われてしまうのだろうとそのことが恐怖だった。
だけれども、帝様のマンションにたどり着いた私に待っていたのは。
「鈴、これ」
―――笑顔で信じられないものを手渡す帝様だった。平然とした態度のまま渡されたそれを、その紙を見て私は固まった。
「み、帝様。こ、これって」
先ほどまでの婚約を解消されるという考えとか、帝様と一緒にいられなくなるとか、そんな事全部ぶっ飛ぶものだった。
「婚姻届け。鈴も16歳だから出せるだろ」
「え、あ……っと、いや、そ、そうですけど」
そう、それは”婚姻届け”だった。何故、どうして帝様が私にそれを渡すのか、頭がついていかない。
そこには帝様の名前が既に書かれている。
何でそんな笑顔なんだろうか。どうして私にそれを渡して、まるで書いてとでもいう顔をしているのだろうか。
「ほら、鈴書いて」
「え、いや、でも帝様。大事な話って……」
「ああ、そうだ。結婚しよう、鈴。というわけで、書いて」
「え、えええ? ちょっと待ってください!」
何さらっと言っちゃってるんですか、と思わず叫んだ。さらっとそんなことをいって、何で普段よりそんなニコニコしているんだろうか。
帝様の笑顔を見れるのは嬉しいけれど、正直私は頭がついていかない。
「あ、あの、帝様」
「何?」
「わ、私帝様と結婚していいんですか?」
そういった言葉に、帝様は何をいっているんだという目で私を見た。
「俺の婚約者は鈴だろう?」
「そ、そうですけど。でも、日向様は」
「あ? 日向がどうしたんだ?」
「み、帝様は日向様が好きなのでは!」
「は?」
本心からの言葉を告げれば、帝様はそれはもう驚いた顔をして、そのあと不機嫌な顔になった。
帝様にそんな顔をさせているのが私だと思うと何だか嫌だった。だけれども、大事な事なのできちんと聞かなければいけない。
不機嫌な顔が「どういうことだ?」とでも聞いていて、私は必死に言葉を放つ。
「だ、だって帝様は日向様と仲良しで、日向様とお似合いで……、そ、それに私にその、キスとか、そ、そういう手出ししてこないから、み、帝様は日向様が好きで……、こ、婚約解消されるんじゃないかって思ってて…」
それを言えば、「あー……」といって、そして帝様は続けた。
「日向とは普通に友人だ。鈴の考えているような事なんて欠片もない。俺が好きなのは鈴だ」
「え」
「だから、俺が好きなのは鈴だっていってるだろ。だから婚約解消する気なんて欠片もないし、鈴と結婚するつもりだからこうして婚姻届け持ってきたんだろーが」
思わず帝様の言葉に顔を赤くした私の頭を帝様は優しくなでる。
その優しい手つきと、優しい顔と、その言葉に益々私の心臓は尋常ではないほどたかなっていた。
「で、でも……キ、キスとかは」
「……慶次さんと海斗さんに結婚するまでするなって言われたからだけだけど」
慶次とは私の父で、海斗とは私の兄である。
その言葉に固まったまま、思考する。
じゃあ帝様は日向様を好きとかそういうわけではなくて、私が好きで。
手出しをしなかったのは、お父様とお兄様に言われていたからで。
婚姻届けを帝様に差し出されているのは真実で。
頭が真っ白ななかで、帝様を見る。帝様は、先ほどの婚姻届けを私に差し出す。私は、そこに名前を書いた。
――そして二人でそれを出してきた。
そして、私は帝様の妻になった。
婚約解消されると思った誕生日の日は、忘れられい婚姻届け提出日になったのであった。
しかも結婚式の準備とかも全て終えていて、結婚式も数ヶ月後に行われることになった。
――忘れられない日。
(婚約解消されると思ったその日は忘れられない日になった。何で漫画と違うのかわからないけれども、私は帝様と結婚できて、幸せだ)
葛島鈴
帝が大好き。だけど漫画の世界でならば自分は婚約解消されるので、それを受け入れて覚悟していた。だけどその時期に婚約解消されず、16歳の誕生日の大事な話を婚約解消の話と勘違いしていた。
伊集院帝
ほぼ原作と一緒の人だけど、鈴を溺愛してたりする人。
というか、鈴以外はほとんと帝が鈴を溺愛しているのを理解していたりする。
だから鈴の父親と兄に結婚するまで手を出すなとか言われていた。それは言われなければ手を出す事が目に見えていたからである。