では、また
二十人ほどが入る小屋にパタン、パタンと規則的な優しい音が響く。
幾人もの乙女達が横一列に並び、昔ながらの木製の機で布を織っていく。
静かに織るのかと思いきや大声にならない程度の声で隣と話す。話してはいるが織る手は休むことなく、正確に糸を織り進められる。並行作業はどこの女性でも得意のようだ。
踝ほどの高さまで積み重なると一旦織る手を止め、人を呼び布を丸めながら少しばかりの休みをとる。
丸められた布を束にすると織り手とはまた別の乙女達が隣の小屋へと運び込む。
独特な匂いが立ち込める小屋は染色小屋で、赤や藍・黄・紺などまさに色とりどりに染め上げられていく。
反物を紐でところどころ細かく縛り、静かに染料の中に落とすと色が馴染むように泡立たないよう丁寧に棒でかき混ぜる。
しばらくすると引き上げられ、ある程度染料の滴りが済むと、澄んだ水で満たされた水槽で広げられる。縛っていた紐を解くと淡い花柄が顔を出した。それを見た染め師は満足気に頷くと頭上にある二本の紐でぶら下げられた棒に反物を掛けていき水気を切る。
その隣では単純であるが故に難しい染色のみの反物が広げられている。色が均一に染まりムラが無く、熟練度の高さを見ることが出来る。
水気を切り柔らかな触感になったところで丸められ、さらに別の小屋へと運び込まれる。
最後に運ばれたのは裁縫小屋。
ここで反物は服となる。寸法と型の書かれた注文書を片手に、迷いのない裁ち捌きで型の通りに切られていく。切られた反物はお針子達の元にいき針が通り、後には寸分の狂いのない糸の轍が出来ていく。
日が沈みかけたところで大きな銅鑼の音が響き、仕事の終わりが告げられるとそれぞれ切りのいいところで手を止める。仲のいい友人と屋台で甘味を食べに行く者もいれば、働き疲れて家で倒れている旦那に料理を作りに帰る者もいる。
「お姉様も一緒に甘味屋行きません?」
「最近新しく出来たお店なんです!」
連れ立って一人の女性を誘っている二人は新しく入った織り手だが筋はよく、人柄も明るくなかなかの器量の良さで一月と経たぬ内にすっかり馴染んでいた。
誘われている女性は微笑みを絶やすことがないと評判の美人で沈魚落雁と言えばこの人とうたわれるほど。ただ、微笑みながらもどこか困り気である。
「そうですね、行きたいのは山々なのですが……」
「こいつは今夜用事でねぇ、あたしが代わりに行こうか」
柔らかく断りを入れようとすると後ろから抱きつき、面白げに顔を覗かせたのは同じ織り手だが少しばかり年嵩の仲間内で『姉御』の呼び名をもつ人だった。ちなみに年のことを言えば鍾馗様もかくやの形相をするので迂闊に言えない。
「てな訳で、あんたはお行きよ? 年に一度なんだからさ」
「ありがとうございます! 二人はまたいずれ」
茶目っ気たっぷりにウインクをして腕を緩めてやると、喜色満面といった様子で礼を言いながら小走りで駆けていった。
「まったく、変わらないねぇ」
呆れつつも優しげな表情を浮かべ見送るその様は、本人は否定するが情に厚いといわれる『姉御』らしい表情だった。
「ブーブー、せっかく誘っていたのにー」
「おや、こんなところに美味そうな豚が」
「ギャーッ食べられる~!!」
ふてくされて文句を言えば、首だけを動かし舌なめずりのふりをして此方を見る。
その動きと舌に怖がってバタバタと逃げ回ると、ケラケラと笑ってのんびりと後を追う。
「あの、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「何だい? あたしの歳を知りたいなら泰山府君様にお目通りする覚悟を持ちな」
「いえっ! 年に一度って何かと思いまして……」
「ん? あんた知らな……ああ、あれ以降の子だったねぇ」
日がすっかり沈み、辺りが暗くなった頃、一本の橋の上に人影が一つ。
薄紅を差し、うっすらと白粉を塗り頬を赤く染め、着飾っているが派手ではなく、むしろ地味に見えるがより本人の美しさを引き立てている。
手元の頼りない提灯の灯りを眺めていると、向こうから同じように提灯の灯りが見えた。
逸る気持ちを抑えつつ見る。高鳴る胸がやけに聞こえる。
ゆっくりと近づいてくる灯りが、持っている人の顔をうっすらと照らすと、待ち人の到来に破顔一笑した。
「一年振りだな」
「はい、一年振りです」
「息災のようで何より」
「貴方も息災のご様子で何よりです」
言葉は固いが二人とも表情は柔らかく、穏やかな空気が流れている。
「また言われた、もうそろそろいいのでは、と」
「あらあら、私達はこのままが良いのですよ?」
「うむ、このままが何よりだな」
「あいつは昔、想い人がいてな、今もいるんだが」
「その想い人と、まあ、イチャイチャしていた訳だ」
「へぇーっ! 想い人がいるんですか」
「知りませんでした!」(ハグハグ)
「別に話すようなことじゃないからねぇ」
「仕事ほっぽりだし始めたもんだから上がブチ切れてよお」
「え? 仕事に真面目なあの人が?」
「『お前ら、一年に一度しか会えないようにしてやるっ!』つってあの、馬鹿みたいにでっかい橋あんだろ?」
「あ、あの夫婦橋ですか?」
「お姉さん、白玉餡蜜お代わり~!」
「何だその名前?」
「橋の上で告白すると夫婦になって離縁しない、って聞いたので」
「まだかなまだかな~」(ワクワク)
「あの橋、昔は年に一度しか架からないようになっててよ、その橋の上でしか会えなかったんだよ」
「何かロマンチックですね!」
「あ、お姉さん! こっちこっち! あたしの白玉餡蜜ちゃ~ん」
「だろう? 今じゃもういいんじゃないかって話も出てんだけどよ、二人ともこのままでいいって聞かないんだよな」
「ところでお前、それ何個目だ?」
「え? まだ8個目ですよ?」
「ーーーあら、もうこんな時間ですか」
「では戻らねばな」
「はい、では、また」
「うむ、またな」
欄干に腰掛けながら話していると時を知らせる鐘が遠くから響いてきた。
一年振りだというのにあっさりと別れる。
「聞きましたよ、想い人さんのこと」
「何で一緒にならないんですか~?」
明くる日の仕事終わり、三人で小間物屋を覗いていると、ふと思い出して聞いた。
「昔は何時でも何処でも二人でいたけど、もしあの時引き離されなかったら、多分ケンカ別れしていたと思うの」
変わらない柔らかな笑みを浮かべながら、何処か悔いた、囁くような声で話しだす。
「毎日顔を合わせていると、愛が水を少しずつ足した絵の具のように薄まっていく気がするの」
「だから、年に一度顔を見て、話しをしてまた来年を楽しみに過ごす」
「それぐらいの距離が私達に合っているのよ」
二人は納得したような分からないような顔をし、その様子に微笑んだ。
あれ?と思い、餡蜜娘(『姉御』からあの後そう呼ばれるようになってしまった)が質問する。
「そういえば、想い人さんて何の仕事してるんですか?」
「牛飼いよ」
旧暦でやらないと梅雨の真っ只中で見えやしない!
ちなみに旧暦は『太陰太陽暦』です