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姉弟の日常

弟の告白

作者: よだか

姉の大学が決まった。


志望校には学校推薦を難なく勝ち取り、早々と合格を決めた。



姉は来年の春、この家を出ていく。




姉は気づいたのだろうか。

自分が家族と血のつながりがないことに。




今年の夏休み前頃に俺の友人が家に来た。そいつは姉のことを知っていて、

頭が良いんだよな、とか、雰囲気が変わっている、だとか、結構かわいい、いやきれいかも、等々の言葉を残して帰って行った。



確かに姉は頭が良い。

無気力そうで、姉が何かに真剣に取り組んでいる姿勢というものを見たことがないが、姉はこの県で1、2を争う頭の良い高校に、家から1番近いからという理由だけで選び、簡単に入学を決めた。


だからといって自分の賢さをひけらかしたりはせず、かえって目立たぬよう細心の注意を払っているようにも見える。


その点が姉の変な雰囲気に関係あるのではないかと思う。

姉は表に出たがらない。

まるで空気のように振る舞い、その場にいないかのように静かに黙っている時が多々ある。家でも。

血のつながりがないことをどこかで感じ取っていたのかもしれない。姉がそれを知っているのかは知らないが。




姉のそんな独特の雰囲気に気づく輩は年々増え、少々、いやかなりうざい。





姉はすでに少しずつだが荷造りを進めている。

先週の学校のテストが終わってから、姉は着々と作業を終え、少しでも早くこの家から出て行こうとしている。


姉は今回のテストでも、必死こいて同じ高校に入った俺とは比べ物にならないくらい優秀な成績であった。



正直姉の成績からみれば、今回決まった大学はレベルがあっていない。姉はもっと上の大学に行けるのに、なぜかその大学に決めたのだ。しかもわざわざ県外の学校にだ。





姉は本当に知らないのだろうか。


しかしこの質問を本人にしてしまったら、そこで姉弟の関係は終わる。そうなれば姉はこの家に二度と足を踏み入れず、もう帰ってくることもないだろう。





そこまで考えていたら、部屋の扉の開く音がした。その音は自分の部屋のではなく姉の部屋ので、続けて階段を降りる規則正しい音が聞こえ、小さくなっていった。


ふと、何を思ったかそのまま姉の後を追いかけ自分も階下へと降りた。



外は風が強いようで、リビングの窓が揺れてるのを見て気づいた。





「晶」


「んー?

匠もココア飲む?」


「いや、いらない。

ねぇ、」


なんで家を出るの? という問いが口からでかかったが、なんとか踏みとどまった。

この問いを発したら最後だ。

姉が姉でなくなってしまう。



「なに?」


姉は台所でココアを作っている。

カップに牛乳を入れ、電子レンジで温めて、粉を溶かしている最中である。

姉は覇気の見えない人間だが、ときどき妙なこだわりを見せるのだ。



「…準備進んでる?」


あえてこの話題に触れ話を振った。

俺は冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出し、コップに注ぎながら、姉の答えを待った。

姉の返事は遅く、俺はコップのお茶を飲み干した。



「まぁまぁ。

テストもあったし」


ココアを飲みながら答えた姉は俺の方を見ない。俺も姉の顔が見れず、姉の持つココアのカップばかり見ている。



「いつ、行くつもり?」


「この冬休みの間に家を決めるつもりだから、詳しい日にちとかは部屋が決まってから。

でも卒業したらすぐ、かな」


「そう」


会話が途切れる。

何を話したらよいのかわからない。姉を引き止めるにはどうしたらよいのだろうか。

そもそも、どうして姉に出て行って欲しくないのかが自分でもわかっていない。



「あんたもあたしがいないと寂しいんじゃない?」


声に反応して顔を上げると姉と目が合った。本当に久しぶりのことで、すぐに目をそらしてしまった。



「ん。

お父さんとお母さん、すでに寂しがってるよ」


目をそらしたまま、うつむいて姉に答えながら気づいた。

ああ、そうか。俺はさみしいのか、と。



「そっか」


姉の返事を聞き、自分が肯定したことに気づいた。顔があつい。ますます顔があげられなくなってしまった。姉の顔が見られない。



「そうかぁ」



どこかしみじみとした言い方だった。姉は何を考えているのだろう。

顔はまだあつい。だが、姉の表情が気になる。少しは赤みが引いただろうと思う。姉を見るため、何食わぬ顔で自分の顔を上げる。





姉は笑っている。

鼻と目の淵が赤らんで見える。

両手で持ったココアの入ったカップを見るように、少しうつむくようにして、姉は笑っていた。




目が離せない。

幸い姉はそのことに気づいていない。

何か言わなくては。



だから、頻繁に帰ってこないとお母さんなんか泣いちゃうって。そう言おうと思った。茶化して、冗談のように。



なのに、




「好きだよ」





なんでこんな言葉が出てきたのだろう。


うつむいてつぶやくように発した言葉は姉に聞こえただろうか。



さっきよりも顔があつい。

姉の表情を見るのが怖い。

ますます顔があげられない。




窓がガタガタと音を立てている。外の風はさっきよりも強くなっているようだ。


沈黙に耐えきれず窓を見れば、外は雪がちらついていた。



年明け早々にやらかしてしまったが、冬はこれからが本番のようだ。


春は、まだ遠い。





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