よくある行事で…よくある恋愛で…(葵編②)
こちらは「よくある行事で…よくある恋愛で…(葵編①)」の続きになります。
分岐としては体育祭からの流れになっているので、興味をもたれたからはプロローグから体育祭、葵編という流れで読んで頂ければと思っております。
※これは分岐物になるので、連載とは違い、短編で書いています。流れの考え方はギャルゲーの分岐物と考えてもらえたらいいと思います。
「蒼くん、葵に告白されたらしいわね」
「はい、まだ付き合ってるわけではないですけど…」
「付き合ったら駄目よ。私は認めないから」
谷原蒼にはいきなりのことで何が何だかよく分からない状態だった。
告白された週の休日、つまりに日曜日のこと。
蒼のスマホに一通の電話が入る。
相手は中村葵の母親である春香からである。
葵の父親はすでに他界しているために男手が必要な時は、こうやってたまに電話があり、手伝いに行くことがある。だから慣れているのだけれど、今日は違った。
かなり深刻そうな声で呼び出され、葵の家に行くと客間に通された。そして本当に客人としておもてなすかのように、茶菓子とお茶を出された。
蒼としては違和感が拭えない。
そして、話し出したかと思えば、付き合うことは認めないと言われため、さらに意味が分からない状態だった。
「あの、それってどういうことですか?」
「そのままの意味よ」
「それは分かりますけど、その真意は?」
蒼は春香の心を見ようと試みた。
たぶんそれなりの意味があって、反対するのは分かる。だけど、いきなり駄目と言われて、我慢できるほど大人でもないのだ。
(この家を守るためには、どうしようもない)
その想いがあることが分かる。
「蒼くんはこの家のことを忘れてないわよね?」
「はい、確か元名家ってことは覚えてます」
「付き合ってはいけないという意味はそこです」
その言葉を聞いて、蒼は理解した。
元々、この家はどこかの茶道の分家だったのだ。葵の父親が家元として頑張っていたらしいのだが、癌で早々他界してしまったために跡継ぎが出来ずに没落してしまった。だが、葵が言うには父親もそこまでの興味はなかったらしく、流れで当主にっていた。そのため春香や葵には継がせるつもりはなく、葵の祖母とは反発していたらしい。その祖母も父親が亡くなったと同時に弱り始め、、半年後には亡くなった為に完全に絶たれている。
だからこそ春香は名前だけでもと継がせていきたいと思っているのかも知れないと、蒼は予想した。
しかし、いきなりそう言われても納得は出来ない。
「春香さんは葵の気持ちはどうするんですか?」
「昨日、ちゃんと言いました。諦めろ、と。でも諦めないと言ったので、私は蒼くんに言ってるのです。付き合うことは認めないと」
「だったら、僕も認めるわけにはいかないですよ」
穏やかに話していた春香の顔色が変わる。
蒼が食ってかかるとは思っていなかった様子だった。
「でもまだ、気持ちがはっきりしてないのでしょう?」
「それは認めます。でもその答えは僕が見つめることで、春香さんにとやかく言われることではないでしょう。葵も早く答えが欲しいかもしれないけど、中途半端に付き合って、中途半端で別れるなんて真似がしたくないから、僕は答えが出せないだけです」
蒼ははっきりと自分の答えをぶつける。
春香は何も言わない。
ただ蒼をジッと見つめるだけ。
「そうですか。でも私の気持ちは言いました。だから簡単に認めるなんて思わないでください」
二言はない。
そう言い切る形で、春香は立ち上がって、普段のように客間から出て行った。
なぜか、その振る舞いが蒼には怖く感じた。
理由は分からないけれど、どこかで今までとは違う何かの壁が出来た気がして、なんとなく今までと同じような接し方が出来ない。本音と建前の壁に自分が挟まれたような感覚。
入れ替わりに隣の部屋から葵が入ってきた。
「大丈夫? ごめんね、お母さんのせいで傷つけて!」
「いや、俺は大丈夫だけど…、葵こそ大丈夫なのか?」
心配そうに入ってきた葵だったが、その顔は不安の方が強く現れていた。
きっと春香の警告が入ったことで付き合うことが出来ない。もしかしたら自分が春香の言うことを聞いて、身を引くのかもしれないと思っていたのだろう。
自分が答えを出さない限り、葵がこの顔から解き放たれることがないと蒼は知りつつも、簡単に付き合うなんてことは告白された時よりも今より言えない。本気で好きになって、葵の将来をも守れるようにならないと春香に認められないと知ってしまったから。
「いきなりの壁だからね。不安は隠せないよ」
「そうだな、相手が違ったな」
「うん、みーちゃんや桃ちゃんじゃなかったね」
「でもあの二人は、壁と言う壁でもないような気がするけどさ」
「なんだかんだ言っても幸せを望むからね、そーちゃんの」
葵の言う通りなのかもしれない。
根本的に谷原美鳥と桃は蒼と葵の仲を認めようとしないわけではなく、認めつつも自分の中にある嫉妬との戦い、その経緯で距離を作り、壁として立ちはだかる。最初から全否定するわけではないので、突破も簡単なのだ。
しかし、最初からあそこまで言われるとは思ってなかったので、蒼の心には複雑なものが残る。
「じゃあ、俺はひとまず帰るわ。その二人にも説明しないといけないだろうし」
「うん。でも大丈夫?」
「何の心配だ?」
「二人に説明するの」
「さあ? 春香さんと結託するなら結託するでいいのかもな。まとめて来られたほうが楽だし」
「そんなの信じてもないくせに」
「そうだな。じゃあ、またな」
蒼は立ち上がり、玄関まで歩く。
その後ろを付いてくる葵。
不安なのは分かるけれど、下手な行動をすることが出来ない。
だから蒼はいつも通りに頭を撫でてやることが精一杯の行動だった。
その日に蒼は美鳥と桃に今日、春香に言われたことを話した。
葵が告白したことに驚いてはいたものの、誰かは好きになるのだから最初から気にしちゃいないという感じで三人の中ではまとまっていたようだった。でも壁がないのもつまらないから、誰と付き合った場合での多少の邪魔をするという全く嬉しくない補足が入ったのだが、それはあえて聞き流すことにした。
そんなこと言ってる場合ではないからである。
美鳥に聞いた話も蒼が知っているものとたいして変わらず、桃に至っては興味がなかったらしく、進展とも言える話はなかったので、美鳥の提案で両親に話を聞いてみることとなった。
ちなみに両親は二人で単身赴任している。
本当は母親がこの家に残るつもりだったらしいが、父親がだらしないので一緒に行くことことになった経緯がある。一日でゴミ屋敷にする自信がある父親だから仕方ないのかもしれないけれど…。
蒼はその日の夜に父親に電話をかけてみた。
留守電に繋がったために折り返し電話するように入れて、一時間が経過する頃に電話が入った。
「もしもし」
『父さんだ。珍しいな、蒼から電話なんて。美鳥や桃からはたまに電話があるんだが…。母さん携帯に・・・。』
「へ、へー、そうなんだ。みーちゃんや桃は電話してるのか」
あえて父親の愚痴は聞き流すことにする。
そもそも年頃の娘が父親に電話することなど、簡単には考えにくい。実際、蒼も母親に電話をしようかと思ったぐらいだったが、今回は母親よりも父親に用事があるため、代わってもらうこと自体が面倒だったので本人にかけただけだ。
「それで聞きたいことがあるんだけどさ。春香さんって、なんであの家に固執してるか、知ってる?」
『そんなこと聞いてどうするんだ? 蒼には関係ないことだろう?』
「いや、俺さ、葵に告白されたんだ。返事は保留だけどさ。でも春香さんにそれは駄目だって言われて…」
『そうか…』
父親のその言い方は呆れ返っているように蒼は感じた。
雰囲気的に、またか、って言いたそうな感じ。
『ちょっと待ってろ。母さんと相談してくる』
「分かった」
父親の言い方もさっきとはまるで違う。
美鳥や桃が電話をくれないという小さい悩みはほんの冗談だったというのが分かるぐらいに今は言葉の重さが全く違った。
きっと何か知ってる。
蒼はそう確信した。
でも、これから聞く内容は正直、蒼にとって良いものではなく、ただ悪い話だった。
戻ってきた父親が意を決したように話した言葉。
それは蒼の出生と春香についてのことだった。
そもそも父親と春香は幼馴染、そして二人は付き合っていた。
春香の実家も現在の葵と同じように名家であり、親が勝手に決めた許婚がいた。そのことについて春香も知らなかったらしく、初めて聞かされたときは激怒したという。そして蒼と葵のように両親には認められず、半ば強制的に別れさせられようとしたときにお腹に子供が出来ていた。
それが蒼のことである。
父親が言うには蒼は春香の心が残した忘れ形見みたいなものらしい。
そこまで聞くと葵と血が繋がっていることに気付く。つまり近親相姦になるのだ。いや、そもそも美鳥とも血が繋がっていない。
蒼はこの家庭が最初からぐちゃぐちゃで、ただ戸籍上だけの存在になる。
「俺たちの家族ってぐちゃぐちゃだったのかよ。じゃあ葵も本当は兄妹になるじゃないかよ!」
『最後まで話をよく聞け!』
蒼が半分怒りに任せて質問すると、それ以上の重みで父親は続きを語る。
まずは葵のことからだった。
葵の父親は春香より年下であり、自分たちと同じように許婚がいることは教えられてなかったらしい。だが、そこで生じたのが葵の父親が一回のミスで子供を作ってしまったことだ。葵の実家が名家であるために本当の母親には渡されず、金で葵を引き取った。
それが葵の出生だ。
美鳥に関しては母親の血と繋がっているらしい。
春香と別れさせられた後に、親友であった母親が父親のことを慰めてくれた。いや、傷を舐め合った方が表現が正しいらしく、美鳥の本当の父親は事故で他界してしまったようだ。
そこで最終的に結婚という流れになった。
ここまでの話を聞いて、蒼は疲れきっていた。
『大丈夫か?』
「大丈夫じゃないさ、でもさ、理屈的に考えてもみーちゃんには簡単に話せる内容じゃない。それを俺は知ってしまったから、父さん、あんたを脅すよ。悪いけど」
『息子に脅されるってのも気分が悪いが、正直俺たちも悪いからな。何を望むんだ?』
「父さんたちのあの時の想いを俺が引き継ぐからさ、葵と付き合えるように協力してくれよ。でもさ、まだ俺の心が揺らいでるから、その決心が出来たら、改めて頼む」
『分かった。血の繋がった息子の力になることは親の役目だからな。じゃあ切るぞ、母さん泣いてるから慰めないといかんから』
「あ、ちょっと待ってくれ。なんで春香さんがあんなにあの家というか名前に固執してるか教えてもらってないぞ」
『きっとそれは、春香に残されたものが葵とあの家の名前しかないからじゃないか? もう父さんとは昔の関係には戻れない。だからこそ固執してるのかもしれないな、予想だが』
「そっか、分かった。母さんによろしく」
『元気でやれよ』
父親がそれだけ言い残して、電話が切れる。
こんな話をすれば、どの母親も自分に対して傷つき、泣いてしまうのは分かっている。だからこそ余計に美鳥に話せない。
「そっか、やっぱり夢じゃなかったんだな」
ベッドに横たわりながら、夢と思っていた記憶を思い出す。
それは初めてファミレスで紹介された美鳥との初めての出会い。
妙にリアルで、現在の美鳥とは全然違うオドオドとしていた。子供だったから、まだ人見知りの気が多かったのかもしれない。幼いこともあり、余計に記憶補正のせいで夢だと思い込んでいたのだろう。
蒼は目を閉じる。
隣である美鳥の部屋の気配を探ってみた。
そこには蒼の気持ちを知らない美鳥が楽しそうに歌っている声が聞こえて、やっぱり美鳥は美鳥、そして自分の姉だと再認識出来た。
きっと明日から何も変わらない一日が始まることを願って、蒼はそのまま精神的心労から来るに眠気に身を委ねた。
翌日、昼休み。
蒼は屋上に葵を呼んだ。
話すことはもちろん昨日、父親から聞いた話を伝えるためである。
葵が自分の話を聞いて、どんな反応をしてくるかなんてことは簡単に分かる。でも蒼にはそのことをちゃんと葵に伝えないといけない気がしていた。
いや、逆だ。
自分が話さないと気が済まないのかもしれなかったのかもしれない。たとえそれが葵を傷つけることになったとしても…。
そんな罪悪感に苛まれつつも昨日親に聞いたことを全部伝えると、葵は蒼の想像通りを超えた反応を示す。
「あー、やっぱり蒼ちゃんは知らなかったかー」
「お前は知ってたのか?」
「知ってたよ。いや、気付くじゃなくて、お祖母ちゃんにね、教えられてたんだよね」
「マジかよ」
葵はフェンスに持たれるように体を預けて、空を見つめている。
まるでその時の光景を思い出すかのように。
今にも泣き出しそうな感情とすでに潤んでしまっている目を誤魔化しているが、声が震えていた。
「酷い話だよね。正統な血筋の跡継ぎが私だけって教えられると同時に、母親が本当は違うって。そんなの聞いたら、産みの母親を探したくなるよ。でもさ、私の母親は春香さんだけなんだよ。物心付いたときから」
「そうだな、葵は春香さんのこと好きなのか?」
「好きだよ」
「そっか、じゃあ救われたな、春香さんも」
「でも今は嫌いかな」
原因はもちろん自分たちのことを指して言っているのは蒼でも分かる。
本当のお母さんではないことに対しての不満が出始めたのだろう。
なんでこんなことを言われないといけないのか?
本当の母親でもないくせに…。
親が違うと知ってしまうだけで簡単に思ってしまうことだ。
葵が悪いわけじゃない。
そんなことが分かりきっていても、蒼には励ます言葉なんて見つからない。
「ねえ、駆け落ちでもしない?」
葵は最後の希望にもなりそうな言葉をぶつけてくる。
我慢出来なくなったのか、頬に一筋の涙を流しつつ、葵は言っていた。
ここまで自分が葵のことをここまで追い詰めてしまったことで、蒼は気付いた。
「家とかお義母さん《・・・・》のことは私にとってはどうでもいいんだよ。ただ好きな人と一緒にいて、幸せになりたいだけ。そんなことさえも望めない世界なら、私は生まれて来なければよかったよ」
「ごめん、そこまで言わせるつもりはなかったんだ」
「知ってる、そーちゃんも助けて欲しかっただけなんでしょ?」
「ああ」
「私もね、ここまで言うつもりじゃなかった。でも、ちょっと本音出ちゃった」
蒼はゆっくり近づいて、葵を抱きしめた。
いきなりのことだったために葵も驚いていたが、嫌がることはなく、ただ蒼の胸の中で泣いた。今までのことがいろいろ一気に溢れ出したんだと分かる。
こんなになるまで放っておいて、そしてそれに甘えてしまっていた自分自身が許せない。そんな気持ちが蒼の中に生まれた。
「悪い、もうちょっとだけ告白待ってくれ」
「うん、約束だもん。でもさ、それもう告白してるよ?」
「してるな。ちょっとだけケジメがつけたいだけさ」
「うん、分かった。ごめん、ちょっとトイレ行ってくるよ!」
葵は顔を見せないようにして、蒼から離れるとそのまま階段を下りて行った。
蒼はその後ろ姿を見つめつつ、ここまで追い詰められて、やっと自分の気持ちに素直になれるのが嫌だった。
本当は昔から好きだったのかもしれない。
あの三人の中で誰かを選ぶことが怖くて、逃げていた。
ただそれだけのことが、いきなりここまでの修羅場が来ると笑いの一つでも出てきそうだった。
そんなことを考えいてる蒼の前に屋上への扉を蹴り開け、怖い形相で入ってきた生徒がやってくる。
桃だ。
完全にぶち切れている様子。
「葵ちゃんを泣かせたな、バカ兄貴」
「ああ、泣かせたな」
「泣かせないでよ、あれだけバカ兄貴のこと好きなんだよ? だから私も身を引いたってのに…なんで、そのバカ兄貴が泣かせてるのさ!」
なんで内容を聞いたかはまでは知らないみたいだった。
ただ原因が分からなくても滅多に泣かない葵が泣いていたという理由だけで怒り、そして泣いている桃。
隙あらば飛び掛ってきそうな桃のことを考え、フェンスから離れて、真横に移動する。
「ここでケンカでもする気か、バカ桃」
「うん、するよ。兄貴だろうが、誰だろうが許せないから、さっ!」
桃は全力で殴りかかってきた。
蒼はそれを避けることもガードすることもせずに腹部・・・鳩尾に直撃させようと身体を動かさないように固定するが、桃はすんでのところで止める。
蒼の意図に気付いたのだろう。
「あのさ、そこまでする覚悟があるなら、ちゃんと助けてあげなよ…。お兄ちゃん…」
「よく分かったな」
「兄妹じゃん、分かるよ。そんな痛みでどうにかなるなんて思わないでよ。これから頑張るなら許す」
「頑張るさ。頑張らないといけないだろうがよ、お前ら二人泣かせたんだぜ?」
「うん」
桃を抱きしめることが出来ない蒼のことを思ってから、桃は肩を震わせて泣くのを我慢していた。兄妹だけど甘えようとすることも堪えている。
だから蒼はそんな桃を置いて、屋上を出た。
途端に桃の鳴き声が聞こえる。
こっちもこっちでいろいろ辛い想いをさせてしまったのだから、蒼は覚悟を決めた。
これが運命と言うならば抗うことを・・・。
蒼は学校の帰りに葵の家に寄った。
ただ普段と違って、入りにくかった。
今までは葵の親として会っていたけれど、今回は自分の親に挨拶するという名目が強かったためである。
自分でもこんなに緊張するのか、と思ってしまうぐらいに蒼は緊張していた。
でも勇気を出して家に入る。
家のチャイムを鳴らすと、春香が声を出してやってくる。
「あ、俺です。今日は春香さんにお話があって来たんです」
「どうぞ、入って」
春香はいつも通りの反応で蒼を中に入れる。
この様子から、父親から何もまだ聞いてないことが分かる。
もしかしたら春香からしたら、このことはトラウマの一つになっているのかもしれない。だから父親も迂闊に言い出せないのだろう。
以前と同じように客間に通された蒼。
ただ今回は前回と違い、他人行儀ではない様子なのが分かる。
「ごめんね、ちょっと夕食の準備してたからキリが良いところまで終わらせるから待っててくれる?」
「いきなり押しかけた俺が悪いから、気にしないでいいよ、お母さん《・・・・》」
蒼が何気ない感じでそう言うと、春香の様子が変わる。
肩が軽く震えていた。
「私は葵の――」
「父さんから聞いたよ。あの日、葵と付き合うことを認めないって言われた日にね」
「そう、口が軽いからね、雄太は」
雄太とは蒼の父親の名前である。
今までその名前で呼ぶ姿を蒼は見たことがない。あくまで他人行儀な感じで呼んでいた。ほんのちょっとだけ本音を出してきたのだと蒼は感じた。
「それで産みの親である私に文句を言いに来たの? なんで蒼たちを捨てたかって?」
「その話は聞いた。そのことについて、謝れられたとろこであの頃に戻れるはずがないし、今の俺の母さんは春香さんの親友の夏美さんだよ」
「それが良いわね」
春香は蒼に近寄ると、抱きしめた。
素直にその好意に甘える。
これから先は絶対にこうやって接することはないと思うからこそ、蒼も春香の背中に腕を回す。
本当の母親の温かさというのはこういうのなんだって感じた。
「あのさ、やっぱり父さんと別れるのキツかった?」
「当たり前じゃない。大好きだったんだから」
「そっか、それだけ聞けて十分さ。ここからは葵の母さんとして生きなきゃいけないな。俺と葵の交際は認めないんでしょ?」
「ええ、認めないわよ」
春香はそう言って、蒼から離れる。
蒼はちょっと名残惜しかったが、そう言うことも出来ないために素直に諦めた。
「春香さん、認めてくれなんて言わないから」
「どういうこと?」
「認めさせるさ、あの時の父さんが出来なかったことを俺がする。それだけのことだよ」
「あら、まだ付き合ってなかったんじゃないの?」
確認しつつも、少し挑発するように聞いてくる春香。
今の蒼はもう怖くはなかった。
心の奥底では、自分と葵の幸せを望んでいることが分かったからだ。
「告白自体はまだだけど、ちゃんとするよ」
「そう、あくまで付き合うことは黙認するとしても結婚はさせない。この家を守るためにも」
「自分の人生をこの家の名前に捧げたから、捨てられないのは知ってる。でも葵自身はこだわってないんだから、俺は知らない。自分の道を好きなように進むよ」
「つまりは宣戦布告ってわけね」
蒼は自分がやっとスタートラインに立てた気がしていた。
告白するにも何も自分の気持ちを春香に伝えないと先に進めない気がしたからである。
我ながら不器用なのを自覚する。
本当は伝えなくていいはずなのに、こんなにも周りを傷つけてしまっているのだから。
「じゃあ、これが最期にするよ、お母さん《・・・・》。次に呼べるとしたら、認められる時だと思うし・・・」
「言っとくけど、蒼の産みの親だから強情だからね。葵と同じように」
「そりゃ、育ての親を見て育ったんだから、当たり前だろ。じゃあ、帰るよ」
蒼はカバンを持ち、玄関へと歩いていく。
前と違い、春香も玄関まで付いて来る。
母親に見送られるようで、なぜか心が温かくなった蒼。
「あ、葵は部活に顔出してるから帰り遅くなるかも」
「ん、分かったわ。じゃあ行ってらっしゃい《・・・・・・・・》」
「行ってきます《・・・・・・》」
そう行って、蒼は玄関から出た。
なんとなくだが、心が軽くなった気がした。
同時に蒼は今の『行ってらっしゃい』という言葉を心に刻み込んだ。
産みの親としての最初で最期の言葉として。
蒼はその日の夜に美鳥の部屋へと訪れた。
話すことはもちろん自分とは血が繋がってないことを伝えるためだ。本来は両親が言うはずのことかもしれないけれど、なぜか自分の心が落ち着かない気がしたので話すことに決めた。葵のこともあるのでついでにと話そうと思ったのだ。
蒼が久しぶりに美鳥の部屋に入ると、きれいに片付けられていた。
基本的に蒼は美鳥と桃の部屋には入らないようにしている。その理由は一度だけ不用意に入って、美鳥の着替えシーンを見てしまったからである。姉弟でもさすがにあの時は気まずかったので、用事がある場合は蒼の部屋に集まることが当たり前となっていた。
今回は桃には聞かれたくないから、訪れたのだ。
ベッドに隣り合って座る美鳥と蒼。
「さすがに綺麗にしてあるな」
「あはは…そーちゃんが来るとなったらね」
少しだけ荒い息と汗ばんでいることは見逃すことにする蒼。
「それで何? 相談したいことって?」
「あー、ちょっと話的に長くなるかも」
「うん、それはいいんだけど…」
蒼は電話の件と葵の件の両方を素直に話した。
もちろん宣戦布告のこともだ。
美鳥は口一つ挟まず、真剣に話を最後まで聞いてくれた。
開口一番で言ったのはこれだった。
「やっぱり、血が繋がってなかったんだ」
「やっぱりって、なんだよ?」
「だって子供って両親とどこか似てるようなところがあるでしょ? なのに、どこか偏ってるところあるし、何よりも私たち双子なのに全然違うからさ。そうじゃないかなって思ってたんだよ」
美鳥はごく自然にそう言った。
人の上に立つだけのことはある。こうやって周りをしっかり見てるから、生徒会長なんぞに選ばれるんだと蒼は思う。
驚くかと思えば、そうでもないのでちょっとがっかりしてしまったのは秘密だが…。
「そうは言っても血が繋がってないから、もう弟じゃないってわけじゃないから安心して。今更他人って言われても、もうそーちゃんは私の弟認定だし」
「…それはなしの方向でお願いできますか?」
「無理」
「うん、分かってる」
蒼は素直にうなだれる。
が、本当はその言葉が嬉しかった。
血が繋がってないと言われて、いきなり壁を作られるほど怖いものはない。むしろどう接すればいいのか、悩まれて、変な風になる方が嫌だったからだ。
美鳥の顔を伺う限り、そんなことはなさそうなので蒼は安心した。
「でも、産みの母親である春香さんによく宣戦布告出来るね。そっちの方が驚きかも」
「それには何の違和感もなかったかな。本当の親って知ったのは日曜だったし、何よりも俺を産んでくれた人だからこそ、正々堂々ぶつかろうって思ったのかも」
「ふーん、そんなもんかなー」
美鳥にはその感覚が分からないらしく、ちょっと悩んでいた。
そう悩まれるとちょっとだけさっきの自分の発言に自信をなくす。
あの時は自分の親に会った感動よりも泣かしてしまった葵をなんとかしたい、という想いの方が強かったため、最初からケンカ腰で行ったのは間違いないからだ。
「ま、今は葵のことが一番だからさ」
「ふーん、好きなんだね。ちゃんと告白するんでしょ?」
「するさ、そこは。約束だしなー」
「そうしないと桃ちゃんに怒られるもんね」
昼休みのことは桃に聞いたのか、嫌味のように美鳥が笑う。
どうせ美鳥のことなので、桃はなんとかして宥めてくれたのだと思って、そこは蒼は安心していた。
「あ、あのさ、今まで気付かなくて悪かった。本心に」
「鈍感だって身をもって味わってたし、いいよ」
「葵にも同じ事を言われたよ」
「だって本当に鈍感だし、仕方ないね」
蒼の謝罪に対しても美鳥は対して気にしてないようだった。
葵に告白されたと知ってから素直に諦めたのだろう。一番上の姉としての貫禄がそうさせているのかも知れない。
本当に助けられてばかりなので、蒼は申し訳なくなる。
「そういうわけで話は終わり。部屋に戻るわ」
「はいはーい」
そう言って、蒼はベッドから立ち上がるとドアまで歩く。
ただ最後に伝えたい言葉があったが、恥ずかしくなるので、言い逃げすることにした。
「あのさ、今日はありがとう。またなんかあったら、言えよな。俺もみーちゃんのこと助けるからさ」
急いでドアを開けて、素早く外に出てしまった蒼は美鳥が一瞬きょとんとした顔で見つめている姿が見えると同時に中から、笑い声が聞こえたので、急いで自分の部屋に逃げたのだった。
翌日。
蒼は葵の部屋に来ていた。
春香は家に居たが、蒼が葵の部屋に行っても止めることはなかった。
たぶんだが昨日のことで自分がどれだけ本気なのかは伝わっていたのだ、と思い込むことにした。それでも結婚の流れまでのどこかでは障害として立ちふさがってくるだろうけれど。
「んー、なんだか緊張するね」
「まー、反対されてるからな」
昨日のことを知らない葵が春香に何も言われなくて、ホッとした表情を浮かべる。
葵もなんだかんだで現在は一人しか居ない家族なので、雰囲気が悪くなるのが嫌なことが伝わってくる。
「んで、話って何?」
「あー、それだけど実はもう分かってるんだろ」
葵はすっとぼけた振りをしているが、心の中では嬉しそうに待っているのが分かる。
昨日、今日の流れで分からないほうがどうかしてるのだ。
葵自身はそんな感情の中、蒼は緊張していた。
答えは分かっているけれど、ただストレートに伝えていいのかが分からなかったからだ。男の見栄として一生に一度の思い出として残るほどの告白をしたい。そのために昨日からずっと考えているのだが、どんな風に告白したらいいのか分からなかったからである。
「普通でいいか?」
「それは別にいいけど…」
「そか」
念のために蒼は尋ねてみるが、葵はごく普通に返答した。
ただ目はキラキラと輝いてる。
こんな目を向けられてはどうしてもプレッシャーがかかる。
昨日よりも間違いなく緊張しているのが自分でも分かった。
手汗が半端ないからだ。
「分かったよ。もう俺にはこれしか出来ないわ」
「何?」
「俺さ、昨日春香さんに宣戦布告したんだよ。無理にでもお前と俺の中を認めさせてやるって。だから安心して、俺に付いて来てくれ。俺は葵のことが好きだ」
蒼はそう言って、葵にキスした。
それを目を閉じて、葵は受け止める。
頭の中でどれくらい続けてたらいいのか、分からなくなり、蒼が固まっていると、葵の方から離れてくれたかと思いきや、また重ねられる。
それを二、三回繰り返して、満足したように笑っていた。
「合格点にはまだまだ遠いけど、満足だよ、そーちゃん!」
「いったい葵の考える合格点ってどれくらいのもんなんだ?」
うーん、と唸りながら考え始める。
きっとロクでもなくロマンチックな方向なのが様子を見ているだけで分かる蒼。
不意に葵が蒼の腕を掴んで、ベッドにもたれさせられる形で座らされ、葵がその間に入ってきた。
「頭撫でて」
「子供かよ」
「へへ、これ憧れてたんだよねー。桃ちゃんにはこういうのしてたみたいだけど、私はなかなか頼めなかったし…。こんなことされながらの告白もいいよね」
「はいはい、好きだぞー」
「じゃあ大人らしく、恋人のキスされたあとでもよかったんだけど?」
子供扱いした罰を言うように、頬を膨らましつつ言う葵。
反対に蒼はそれを想像してしまい、顔が真っ赤になった。ウブというわけではなく、想像しただけで自分のキャラではないからだ。
ただそんな蒼を見つつ、追撃を続けた。
「それともそーちゃんが部屋に隠してるゲームみたいなのとか? 高校生が買ってはいけないゲームのことね。あの、自分が告白できないからって無理矢理す――」
「もういい、そこまで言うな。興味本位でやった俺がバカだったよ!」
蒼の絶叫はきっと一階にいる春香にまで聞こえたのは間違いないだろう。
ただそこまでの辱めを受けつつも、葵がやっと心の底から笑っていることが分かり、蒼も久しぶりに笑っていたのは気付いていなかった。
蒼はある一室に向かって歩いていた。
ほぼ真っ白という感じで統一された廊下と部屋。
蒼自身も白い服スーツを着ている。
そう、場所は結婚式場だ。
あれから二年という月日が経ち、蒼と葵は結婚することとなったのだ。
ウエディングドレスを着て、待っているであろう葵の部屋に入ると、そこは普段とは別人の葵がいた。
「うん、なんか本当に変わるな。それを着ると」
「来たんだ」
「おう」
身体を動かしたくないのか、葵は首だけをこちらに向けている。
蒼はその姿が綺麗過ぎて、見慣れず、視線を泳がしていた。普段の葵とはイメージがかなり変わるので恥ずかしくなってしまったからである。
「似合ってる?」
「似合ってるよ」
「そーちゃんも似合ってるよ」
「どうも」
葵も恥ずかしくなってようで、顔を赤くしながらはにかんでいた。
蒼はそんな葵を見ながら、この二年の月日の内に二度ほど起こった事件のことを思い出していた。
事件といっても春香に認められることと結婚式のことについてのことである。
春香に認められることについては意外と簡単に決着がついた。そもそもに蒼の両親が介入した時点で負けは確定していたのだ。なぜなら蒼の父親こと雄太の一言で春香は口を閉ざした。ただ一言、『自分と同じ思いを娘に味合わせるのか? あの時のこと思い出せよ。くらだらない』。そう言っただけで決着はついてしまった。過去に固執するのがバカらしく思えたのかも知れない。
もう一つの結婚式についてだが、家の伝統からと言う理由で和風を押す春香に対して、葵が洋風に憧れているという事件だ。こればかりは蒼も介入は出来なかった。ぶっちゃけどっちでも良かったので、介入しないことにしていたのだ。最後は春香の根負けで洋風になった。
本当にくだらないぐらいの事件だったが、本当は二人とも仲が良いため、それほど問題でもなかったようだった。
「ねぇ、いろいろあったけど…ここまで来れて嬉しいよ」
「まだスタート地点だけどな」
「そうだね。あ、アイちゃんにも見せてあげたかったなー」
「写真で見せてやれ」
アイちゃんというのはあの猫のことである。
あの猫は今、蒼と葵の飼い猫として元気に生きており、最近子供を産んだために美鳥や桃たちにも分けて、仲良く暮らしている。
「っと、そろそろ戻るわ」
「うん」
「あ、ちゃんと幸せにしてよね」
「だからそのためのスタートラインだろ、これ」
「ううん、私たちのスタートラインはあそこの木だよ」
「はいはい。ちゃんと幸せになろうぜ」
「うん」
葵の元気のいい返事を聞いて、蒼はこれからも頑張ろうと、心の中で決意したのだった。
-END-
最後までお読み頂きありがとうございます。後半悩みすぎて、だらけた感が否めません。読みにくくなりつつあるのかもしれませんが、最後まで見守ってもられると嬉しいです。
次回は桃編です。
よかったら次回も読んでもらえると嬉しい限りです。




