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アンサンブル ~side雅人~

視線を雅人にしてみました。


「ハァ…寒いなぁ。まずは練習するか」

俺は持参していたチューナーを使って、音のブレを確認する。

小学校の部活から初めてもう8年になるトランペットを一度

ケースにしまい、空を見上げる。

「これなら…今日は降りそうだな。コートでも着ておくか」

外で個人練習を最初からしようと決めていた。

真面目に練習しているメンバーの中に一部存在するたいして

練習もしないで、全体練習で文句を言う奴。

場を悪くしているのは自分たちであることを忘れないでほしいな。

今日は天皇誕生日で学校は休みだが、明日は生徒会企画の

クリスマスパーティーでコンサートをするから休日返上で

練習をしているはず…。



音楽室の空気が嫌で俺は早々に退散してきて屋上にいる。

こんな天気では誰も来ない事を見込んで。

ここでの練習を教えてくれた先輩は去年卒業していった。

今回のコンサートも定期演奏会のような規模のものよりも

簡素なものだから、場が楽しくなればいいだけなのにな。

部長の俺が言ったとしても、それを聞き入れてもらえるかは不明だ。

あまり大きな声では言えないけど、2年生全員でじゃんけんした結果とは

他のメンバーには口が裂けても言えない。

「俺がいなくても副部長さんが仕切ってくれるよ。副部長さんの

吹奏楽部だからな…実態は」

副部長は付属中入学時から在籍しているから、誰よりも部の運営は

分かっている。実際に小さなトラブルを大きくすることはない。

だから…つい甘えてしまうのだ。長いものには巻かれた方が楽だからな。



「そろそろ…時間だけども…行くのはちょっとなぁ」

練習を始めた時よりも冷え込んだ屋上。

空からはチラリチラリとあられが降っている。この調子だとみぞれにならないで

最初から雪になるだろう。今年最初の初雪は…俺はあいつと見たい。

部長として、それはどうかなぁと思いながら、副部長宛にメールを送る。

-悪い、部の雰囲気が良くないから、少しだけ喝を入れてくれ。

俺は屋上にいるけれども、美紀には居場所を教えず探せって言ってくれ-

-了解。美紀には支持したわ。あなたって人は…なんとかしておくわ-

素早い返信に俺は安堵する。これでまた俺はあいつを守ってやれる。



美紀は…部活の後輩であって、俺の彼女だ。年は4学年離れている。

美紀は部内で一人だけの付属中在籍者だ。そして副部長の従姉妹。

その事を知っているのは極めて親しい人のみ。美紀自身も隠しているから。

副部長に憧れて追いかけて入学したと聞いている。確かに頭が切れるので

一つを言えばすぐに状況を理解してくれる。

今回の小さなトラブルもいつものこと何だけども…ちょっと辛辣すぎた。

美紀の努力を認めずに、俺の女だから優遇されてると抜けた事をいう

部員にサンドバックにされていた。気がついてはいたが、俺が手を出す訳には

さすがにいかない。そういう対処は…彼女のこともあるので副部長に任せる。



部内の末っ子として不動の地位にいるが、部内で一番の技術があると思う。

本当は俺と同じトランペットを希望していたが、顧問が従姉妹と一緒がいいと

判断してアルトサックスになってしまった。いきなりの初心者で必死になって

練習していた。リードを何度も割ってしまって、唇が痛んだ事もあった。

朝も誰よりも早く来て練習して、練習後もギリギリまで練習する。

徒歩通学だというので、俺が見ていられなくて彼女を自宅まで送るようになった。

多分…それが俺達の恋のきっかけ。



その日も、俺達は休日にもかかわらず部活が1日あって、俺は学校の途中にある

美紀の家に立ち寄る。そこまでしなくてもいいのかもしれないが、仄かな恋心を

隠しながら彼女の側にいる。中学から始めたサックスは毎日の時間外練習の成果が

結果として実を結びつつある。年明けのソロコンテストに出場することが

決まっている。彼女の頑張りを横でずっと見ている俺は好意から恋に変化した事を

彼女には見せなかった。俺の事を兄の様に慕う彼女に想いを告げたら戸惑って

しまうに違いない。それより何よりも俺は今の関係に満足していた。

明日は俺にも彼女にも始めてのクリスマスコンサートだ。

楽しんで成功したい、そんな気持だった。



俺は柔らかい笑顔と共に美紀を見る。入学時の幼かった顔つきが少女に変わりつつある。

背も成長期に入ったようで制服のスカートがかなり短くなっているようだ。

「背が…伸びたな。そんなに大人にならないでくれよ」

つい…俺は本音が漏れる。2学期になってからどんどん可愛く、大人になりつつある

美紀をただ…隣で見ているのが少しだけ辛かった。

「雅人さん、私は早く大人になりたいの」

「そんな寂しいことを言うな。今を楽しめ」

「雅人さんの言う事も分かるよ。でも…早くなりたいの!」

珍しく駄々をこねる。他の人には見せない表情で俺としては嬉しくて顔が綻ぶ。

「ほら…また私を子供扱いする。だから大人になりたいの」

理不尽なおねだりをする彼女に俺はどうすることもできなくて溜め息をついた。

「美紀の側で見ててやるから、ゆっくりと大人になりなさい」

俺なりに、恋心を添えて伝えてみる。言葉に魂が宿る言霊なら伝わるはずだ。

「雅人さんは好きな人がいるの?」

「そりゃ…いるさ。いないと思ったのか?」

「そんなこと…ないよ。雅人さんは優しいから」

美紀は俯いてしまって、動かない。家までは後10メートルなのに。



「美紀?どうした?」

「…焼きもちです。雅人さんが想っている人が羨ましくって。雅人さんは

優しいから、私を妹として構ってくれてるのは分かってる」

美紀がまっすぐな目で俺を見つめる。その目は俺の知らない美紀でドキリと

して、心臓が震えるような錯覚を起こす。

何よりそんな風に想われてるのが嬉しかった。

「最初はな、可愛い妹だと思ったよ。何をするにも後ろからちょこちょこと

必死に着いてきてな」

「私…迷惑…うぐっ」

美紀が否定的な言葉を言おうとしたので、その口を手で塞ぐ。

「話は最後まで聞いてから…な?お前、夏休みでいろんなところで成長したろ。

その姿が俺には眩しくってな。気が付いたら、お前の事を妹と思えなくなった。

側においておきたい。一緒にいたい。それはおれの我がままだ。兄として慕って

くれてるお前には迷惑だろうがな」

「そんなことないよ。私…雅人さんが好きなの。大好きなの」

「俺も…かなり年上の彼氏になるけどいいのか?」

「雅人さんがいいの。雅人さんじゃないと嫌なの」

美紀は俺の制服にしがみついて、目から綺麗な宝石のように涙を零した。

「ごめんな。俺が泣かしたみたいだな。泣きやまないと帰れないなぁ」

「だって嬉しいんだもの」

「そっか。じゃあ、美紀が泣きやむ為のおまじないしてやるよ」

そう言って、涙を零すその目元に俺はそっと唇を添えた。

流れる涙を俺の唇で受け止める。



「あっ、あの…雅人さん」

「なんだ?泣きやんだか?それは良かったな。お前は本当に可愛いな」

そう呟いて、俺は美紀に鼻の頭にちゅっとリップ音と立ててキスをする。

この位はしたっていいだろう?可愛い愛情表現だ。

これ以上は美紀が困らない程度にゆっくりと進めばいい。

「さあ、お母さんが待ってるんだろう?帰ろう」

俺は美紀の手を取って優しく包む。美紀の温もりが心地よい。

俺達の関係が部活の先輩と後輩から恋人に変わった瞬間だった。



「もう、なんでこんなに日にここにいるんですか?寒いでしょう?」

部の空気が悪くて屋上に逃げ出した俺を見つけて俺の事を頑張って

叱る俺のかわいいお姫様。そんなことを言うとすぐに否定するけど。

「まぁ、とにかく。こっちに来いよ。俺…倒れそう」

「だったら…保健室に行きましょう?明日は休めないんですよ?」

真面目な彼女は俺の体を気にしてくれる。けれども病気じゃない。

「困ったなぁ。お前の定位置じゃないだろう?そこは?」

俺は美紀を促して俺の前に立たせる。俺は後ろから包むように抱きしめた。

「俺が美紀不足で倒れそうなの。充電させなさい。暖かいなあ」

俺は耳元でわざと囁く。雪が降りそうな位寒い日は二人きりの時は

こんな風に寄りそいたい。



「寒くなったな。帰ろうか」

俺は美紀を促したが、今度は美紀が嫌とごねる。

結局俺達は似たもの同士なんだ。この一年で痛感した。

空からはチラチラと粉雪が舞い始めた。

去年、彼女がかわいいおねだりをしたのを自分で覚えているんだろうか?

-私…初雪の中で二人でくっついていたいの-

どうやらそのお願いは叶えられそうだ。再び彼女に囁く、

「美紀が頑張れるおまじないとするから、こっちを向いたら…目を閉じろよ」

そういって回していた腕を緩めた。

美紀は言われたままに目を閉じて立っている。

「俺にとっての可愛いお姫様…大好きだよ」

そう言ってから、俺は美紀の唇に俺の唇を合わせた。

キスの後に美紀は俺の胸に顔を埋めてこう呟いた

「いつかは迎えに来て下さいね…私の王子様」

そうだな。そのうち…迎えに行こうな。覚えておくよ。

「美紀…上を見てみろよ」

「あっ、雪…覚えていたの?」

「あぁ、当然だろ。その位は」

「でもそろそろ…副部長の雷が落ちますよ。帰りますよ。雅人さん」

彼女が手を差し出す。俺はその手を繋いで俺のコートにしまう。

「そうだな、練習に戻るか。頑張ろうな」

「はい、おまじないがありますから」

彼女はとろけそうな笑顔を顔に浮かべる。あぁ、もう一度キスしたい。

それを彼女に言うのは酷だよな。俺は苦笑を浮かべる。

「どうしたんですか?」

「やっぱり…ゆっくり大人になってくれよ?美紀。俺が持たないや」

「分かりませんが、努力はします」

俺達はゆっくりと屋上を後にした。




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