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初恋 ~受け身少女からのキス~

今度はどんな光景でしょう?

卒業前の放課後の教室。残り少ない日々を皆がそれぞれの想いを抱いて過ごしている。

そんな私は、自分の椅子を運んでベランダに出る。のんびりとグランドを眺めていた。

ただ…眺めているのがもったいないから、ロッカーに入ったままのスケッチブックと

鉛筆を取りだした。なんとなく、最後にスケッチをしたくなったのだ。

「今年最初かな。まぁ…いいや」

私はゆっくりとスケッチブックに鉛筆を滑らす。



3月のグランドは運動部各部が狭い校庭を上手く利用して活動している。

私はその中で、ある部活に目がとまる。

グランドの端っこを淡々と走っている陸上部の姿。

3年で最後の出品する作品のモチーフに部活動をする風景画に決めていた。

9月に出すものだったけど、各部の練習の邪魔にならないように見学して、

撮影してデッサン画にして。

最終的に出品したのは、放課後のベランダから見た夕焼けの油絵。

沈みつつある太陽を背に野球部・サッカー部・陸上部・テニス部・ソフトボール部が

同居しているという玩具箱をひっくり返したような絵。

結果は県知事賞を頂いて、今日ようやく自分の手元に戻ってきた。



油絵を描き始めたのは6月末で、夏の大会前の熱気みたいなものが感じられたのに

3月の今は感じられない。さなぎが羽化する前みたいな力を溜めてるような気が

そんな感じ。

「やっぱり…もう少し早く書き始めた方が良かったな」

私はふっとそんな独り言が出てしまう。鉛筆は動くけれどもイメージ通りのものが

なんか…描けない。受験の合間も静物のスケッチはしていたけど。

久しぶりに描く、動きのある絵がどうしても描けない。なぜだろう?



文化祭当日。

クラスの役割は前日まできっちりとこなして、美術室にいる。

美術部としてはデッサン画のイラストを描くことにしていた。

展示してある絵画や、陶芸とかシルバークレイを見に来るのは、やはり美術が

好きな人。3年である私は大抵が顔見知りになってしまう。

「よう、当番か?」

私が片思いをしている彼が入ってきた。

「うん、部長だからね。不在はダメでしょう?」

「進路は決めたのか?」

「うん、総合高校に行こうと思う」

11月の初旬である今は、3年生は進路を完全に決めたいといけない。

「遠くないか?」

近隣の高校志望の人ならばそうかもしれない。

「美術の時間を増やしたいけど、I高の美術科には行きたくないというか」

「そっか、絵の方向で進みたいのか。俺、お前の絵は好きだぜ」

「そういう君は?」

「俺は…推薦でA高に進もうと思ってる。もう少し陸上をやりたいんだ」

その言葉を聞いて、私はチクリと心が痛んだ。



皆が同じ道を歩まない事は分かっている。けれども、好きな人ともう少しだけ

一緒にいたかった。そんなの子供じみた我がままだ。

「何、泣きそうな顔してんだよ?離れても…友達だろ?」

彼は屈託のない笑顔で私を覗き込む。

「そうだね、たまには会えるかもね」

「そうさ、折角だからイラスト描いて貰おうかな」

彼は少し勘違いをしている。イラストではなくてデッサン画だ。

好きな人をデッサンするというのは、私の気持ちが絵に反映されてしまう。

次の当番はすぐに来る気配はないから、腹を括って彼の依頼を受けることにした。

知られても構わない。好きになることは間違いじゃないから。



「お前、ちゃんと描けよ」

「信用ないかな?今日はデッサン画なんだよ?」

「そっか、お前のデッサン画は引きこまれるからな…俺は好きだぜ」

「えっ?あっ、ありがと」

彼の真意が分かりかねて私は焦って答えてしまう。

でも…私の絵のことだろうな。深い意味はないだろうと思うことにした。

鉛筆と机に置いて画用紙を彼に手渡す。

「ありがとな。俺って…こんな顔なのか?」

「今日の私は…そう見えたんだけども…描き直そうか?」

一瞬だけ、私に見えた柔らかく微笑む表情の彼の顔。

普段は真面目な彼で、眉間に皺を寄せるか、苦虫をつぶした顔をしている

事がどうしても多いから、ちょっと意外なのかもしれない。



「嫌…そんなことはない。サンキュ。今回もお前の展示の絵って貰えるのか?」

文化祭で出した絵は希望者がいれば、あげることはできる。

「うん…どの絵?今回はデッサン画ばかりだけど…いいの?」

「あぁ…今回のテーマは統一されてんだな。陸上部の絵貰っていいか?」

「いいよ。後片付け後に美術室に来てくれたらいいよ。待ってるから」

私はぎこちなく笑った。

「じゃあ、もう一度見てから帰るか、じゃあな」

彼は手をヒラヒラと振って、再び展示物を見てから美術室を出て行った。



文化祭終了後の美術室。欲しい展示物の引き渡しだ。

希望者の方はリストに描いて貰ってあるから、すぐに渡せるようにしないと

いけない。私はリストの一覧を見た。

「何で…こんなにたくさん…どうして?」

彼は私のデッサン画をかなり選んでくれている。けれどもこのリストの内容って…

どこかしらに彼をモチーフにしているものが多い。

1年生の入学式で隣になったのが縁で、静物画を描く時にお願いすることが多い。

本人にいてもらうことはないけど、デジカメには描きたい素材を撮影させてもらった。

「おい…悪いけど…俺最後でもいいか?先生に呼ばれたから」

「いいよ。今日の最終は5時だから。デッサンしながら待ってるよ」

さっきのお返しで私は彼に向って手をヒラヒラさせた。

「すまないな。じゃあ後でな」

彼は職員室に向かって走って行った。



「待たせたな」

再び彼が美術室に戻ってきた。

「平気だよ。受験でデッサン画が科目にあるから、デッサン画はたくさん

描かないといけないんだ」

「何を描いたんだ?」

「見る?」

私はデッサン画だけのスケッチブックを彼に手渡す。

「いろんなものを描いてんのな」

「デッサン画は自分の内面もさらしているようなものだから恥ずかしいんだから」

「なぁ、お前が描く俺の絵って…俺の知ってる顔じゃないんだけど」

「なんで、眉間に皺の絵がないんだよ?」

なんか、私は誘導尋問を受けている気がしてきた。何か…気付かれてる気がする。

「だって、そんなの描いたら誰かすぐに分かっちゃうもの」

「他の人だって、普段あまりしない表情を描いたつもりなんだけども」

彼の他にも数人の絵を描かせて貰ってるけど、本人が気付いてない表情を

描いたと思っている。



「お前は上手く隠しているつもりなんだろうがな」

そういうと、彼はクスリと笑って私の座っている椅子に手をかけた。

抱きしめられてるわけではないけど、彼の温もりを感じてしまって

どうしても顔が火照ってしまう。

「俺は、卑怯者かもしれないけど、このまま許して欲しい。

俺…お前が好きだ」

「私の事?」

彼からはお前の絵が好きだとはかなりの回数を言われていた。

又…私の絵の事かなぁとも思っていたのだ。

「そう…お前の事さ。返事は?」

「私の絵を見たら…分かるんでしょう?」

「お前は確信的な言葉は言わないよなぁ。でも、俺の解釈通りでいいな」

「多分…おそらくきっと」

私がそう答えたのと同時に、彼が覗き込むように顔が近付いて頬に

彼の唇が合わさる。

私達が、仲のいい同級生から恋人になった瞬間だった。



「終わったのか?」

教室から私を呼ぶ声がする。

「もう少しかな。練習終わったの?」

「あぁ、お前も中に入ったらどうだ?寒いだろ?」

彼に腕を取られ、誘導される形で教室の中に入る。

いつもの教室でいつもの空間。違うのは私達しないないこと。

「ほら…。こんなに冷えて。卒業式前に体調崩す気か?」

「ごめんなさい。描き始めた時は暖かくって…つい」

彼は私を包み込むように抱きしめる。さっきまで陸上部の子達と一緒に

練習をしていた彼の体からはほんの少しだけ汗の匂いがした。

「あったかい」

「お前を温める為に暖かいんだろ」

聞いていたら恥ずかしくなるようなセリフをさらりと紡いでいく。

でも、このやり取りもあと3日したらなくなってしまう。

私達は自分達の夢の為、お互いの道を歩む。

別れる訳ではないけれども、その事実が私達を厭でも煽らせていく。



「不安か?」

「不安がないと言ったら嘘じゃない」

彼の胸に顔を埋めたまま私は呟く。だって、あなたは素敵なの。

私には十分過ぎるほどに素敵なの。自分は気が付いていないみたいだけど。

いつも自分から行動することはほとんどない。どちらかというと受け身で

待っていることの方が多い。でもそれでは気持ちが完全に伝わるとは

限らない。

今日だけは…ほんの少しだけ…勇気が欲しい。



「ねぇ…お願いがあるの?」

「なんだ?珍しいな」

彼が不思議そうな声で聞いてくる。今がチャンスだ。

「お願い、目を閉じて?」

「あぁ、こうか?」

彼は私の言われるままに目を閉じる。

私は深呼吸を一つしてから、彼の背に両手をかけて少し背伸びをして

自分の唇を彼の唇に合わせた。

彼とは何度かキスはしているけれども、いつも彼の方からのキス。

彼は気が付いているだろうか?私から彼に初めてキスをしたことを。

私はゆっくりと彼の唇から放れた。

「ファーストキスだな。お前から俺にする」

彼がワザと耳元で囁く。気が付いていたんだ。見透かされていたことに対して

急に恥ずかしさが増してしまう。

-Once more please?-

もう一度…ですか?それは私からキスをしろってことなのかな?

私が真意を計りかねていると彼は再び囁いた。

-Do you kiss me?-

ここまで言われれば分からない訳がない。

私は彼の顔を見てから微笑んでこう切り返した。

「誰よりも深く、誰よりも激しく…愛してるわ」

「それ位…お前の絵を見ていたら知ってるぜ」

彼は再び目を閉じた。私はさっきを同じように彼と唇を合わせるのだった。



幾度となく、続いたキスの後に彼が頬を赤らめて言った。

「離れていても…お前とならやっていけそうだぜ」

「私も…そう思うわ」

幼い私達の恋の第二幕が…今始まる。


いつものキスは彼からという女の子が勇気を出して自分からキスをするお話でした。

自分から初めて想い人にキスをするのもfirst kissと解釈させて貰いました。

折しも、卒業式シーズン。どこかでこのような光景があるような気がします。

村下孝蔵さんの初恋のモチーフです(内容は一致してませんが)

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