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First Kissの5W1H

クラスの仲間で行った卒業旅行のワンシーンです。

パジャマパーティーってどうしても…脱線しますよね。

「ねぇ…キス位はしたんでしょう?」

気ごころの知れた友達との卒業旅行。既に合格者の多い私達のクラスは

2月の下旬の今、九州は長崎のペンションにいる。

男女混合20人の集団行動。ペンションは当然貸し切りだ。

今は下の食堂に集まってパジャマパーティーだ。本当はいけないんだろうけど。

2日間貸し切り状態な為、多少目をつぶって貰っているというのが現状だ。

アルコールは飲んでいないのに、皆のテンションは明るい。



「皆…いい子でいるのはやめようぜ」

土屋君が言いだしたんだと思う。最初に言い出したのは誰だったっけ?

「いいじゃん、相手が元カレ、元カノだってさ」

「それならいいじゃん、それすらしていない奴はどうすんだよ?」

「まずはアミダで順番決めようぜ。してない奴は理想のキスでいいじゃん」

皆はワイワイ言いながらくじを引いている。私…引きたくないなぁ。

「ほら、沙世。最後なんだけど」

「うん、いいよ」

皆がアミダくじを引き終わる。皆で決めたルールだから最初の子も

渋々といった感じで話していく。

元カレだったり、元カノだったり、親戚だったり…相手だけでも

いっぱいいる。

ただ…一つだけ確信できる事があった。それはその時の年齢。

それに気がついた私は更に言いたくなくなる。

あぁ、私は貝になりたい…。



「沙世、沙世の番だよ」

「あぁ、うん」

皆の目が一斉に向けられる。一気に顔が赤くなる。

「照れて恥ずかしいのは分かるけど…ね」

「うん…皆引かないかな?」

「まぁ、言ってみなよ」

仕方なく、私はその時の話を思い出して語りだした。

まだ幼かった私と彼の思い出。



当時の私は少年野球チームに入っていた。

なんで野球?と思うけれども、かけっこが学年で一番早かったから、

走塁要員としての意味合いは強かったと思う。

けれども、体育の授業で骨折してしまってしばらく戦線離脱。

練習を休んでいる間も、歩いたりして体力を落とさないように

していたんだけども…どうしても復帰してすぐには体力が落ちているから

練習に満足についていけない。

元々…走塁要員って見なされていたけど、皆と同じ練習をこなしていたから

負けず嫌いな私はとにかく悔しかった。

私よりも真面目に練習していない子も休む前私よりも上手じゃない子にも

何となく…バカにされたような気がした。

皆が皆…そうじゃないことは分かっていたけど、とにかく悔しかった。



そんなある日の練習試合の時。

復帰後すぐだから、ベンチにも入ることができない私は、応援するしかない。

それでも…チームは負けてしまった。どうして負けたのか私には

分からない。けれども、通常のレギュラー組から執拗な八つ当たりを受けた。

-女がいるから色気づいてると言われたぞ-

-俺らは真面目に野球をやりたいんだ-

-女なんて足手まといのお荷物だ-

-走るしか取り柄がないんだからもうやめたらどうだ?-

私は悔しくて、でも反論する気にはなれなかった。

反論したら…火に油を注ぐことになるのは十分に分かっていた。



「どうして一人でやってるんだ?」

私は一人でボールを磨いていた。これが終わったら今度はグランド整備か

とぼんやりと考えていた。

「あっ、健斗君」

私と同じ学年の健斗君が私の横にいた。

「私…当番だから。それに今はこれしかできなかったから」

健斗君が私に気遣ってくれるのが少し嬉しい。

その優しさで目に涙が浮かぶのが分かり、下を向いたまま作業を続ける。

「違うだろ?なんでやるべき人にやらせないんだよ」

健斗君は私よりも当番をサボって帰った仲間を怒っているようだ。

「いいの。私…本当にこれ位しかできないんだもん」

私はボールを磨いていた手を止めた。涙をこらえることができない。

地面には私が零す涙がポツリポツリと染みをつける。



「沙世…泣いているのか?」

健斗君は驚いた口調で聞いてくる。

「ごめん…今だけ泣かせて。明日からは泣かないから」

私の涙は止まることなく、どんどん溢れてくる。

どんなに辛い練習…100本ノックを受けても泣かなかった私だから

多分…健斗君はどうしていいのか分からないんだろう。

「そうか。さっきレギュラー組に言われたの聞いたんだ。

お前の事だから悔しかったろう?ごめんな、側にいてやれなくてな」

そう言うと、健斗君は私の頭をくしゃくしゃと撫でた。

その後、背中をトントンと小さい子を宥めるように撫でてくれる。

「今は…辛いけど…頑張れるか?」

「悔しいまま終わりたくない」

「そっか。沙世は強いな。女の子一人なのに皆と同じ練習をするからな」

「そんなことないよ。ついていくのがやっとだよ」

「同学年でピンチランナーといえでもレギュラーだったろ。怪我するまでは」

「そりゃ、そうだけども」

「その事に自信を持っていいんじゃないか?」

「健斗…くん?」



私は泣いてぐしゃぐしゃになった顔をあげた。

健斗君は優しい笑顔を私に向けて、タオルを渡してくれた。

「ほらっ、涙吹いて。目が真っ赤だな。うさぎみたいだ」

「ありがとう…借りるね」

私はタオルで涙を拭う。泣いたことによってスッキリした気がする。

「もう大丈夫。本当にありがとう」

私はぎこちない笑顔を彼に向ける。

「無理に笑うな。俺…沙世が好きだ。楽しんで野球してる沙世も女の子の沙世も。

でも…無理して欲しくない。沙世…俺のこと嫌いか?」

「嫌いじゃない。健斗君は自分には厳しいけど、皆には優しいから。

私も健斗君みたくなりたい」

私が答えると、私は健斗君の腕の中に引き寄せられた。

いきなりのことで…心臓のドキドキが止まらない。



「…同じだな。俺もドキドキしている」

健斗君は私の手を健斗君の胸に当てる。私と同じように壊れそうな心臓の動きが

伝わってくる。私は健斗君に微笑んだ。

「嫌いじゃないは…嘘。健斗君が好き。でも…私といたら健斗君に迷惑かける」

健斗君は少しだけ力を込めて私を抱きしめた。

「けっ、健斗君」

「迷惑なんかじゃねぇよ。一緒にいような?」

「うん、約束ね」

優しく微笑む健斗君に私は微笑み返した。

「じゃあ、約束な」

そう言って健斗君の顔が近付いて…唇に柔らかいものが触れた。

健斗君の顔の後ろには2月の雲一つもない空が広がっていた。

それから、二人でグランド整備を始めた。



「…ってことでいい?」

私は一気に告白した。恥ずかしくて、もう前なんて見えない。

「それはいつの頃の話な訳?」

必死になって学年を隠したのに、どうも納得して貰えないようだ。

「…3年生の時…」

私は呟くのがやっとだった。あぁ、消えてしまいたい!!!

「…で、その後彼とはどうなったんだ?」

そうか、今どうなっているのか言ってなかったね。

私は隠している左手についているソレを見せた。

「二十歳になったら…結婚します」

「彼は…同じ学校?」

「ううん、彼は同じ学校じゃないけど…ちょっとだけ有名人になっちゃった」

「有名人?芸能人?」

「違うよ。アスリートだもの。最近、ちょこちょこテレビに出てる」

そう、彼はそのまま野球を続けて、プロ野球選手になった。

キャンプシーズンの今は長崎より南の沖縄にいる。

彼は卒業直後に結婚したかったみたいだけども…私からお願いして

二十歳まで待って貰った。この事はもちろん球団の方も知っている。

彼が球団の人に私の報告すると言った時に私も同席したからだ。



ちょうどテレビでスポーツニュースをしている。彼のチームの取材があったようだ。

女の子に囲まれている彼は私に向けない笑顔を見せていた。

ルーキーは大変だなぁと感心して画面を見つめる。

「もっ、もしかして…彼なの」

「うん…」

「これからは大変だなぁ。マスコミ対策もしないとなぁ」

「そうかもね。でもいいの。彼の左手を見て」

彼の左手には…きらりと光る私とおそろいの指輪。

「それって平気なの?」

「球団にも認めて貰ってるから大丈夫。」

「大学受かったらどうするの?」

今は、国立大学の発表はまだだ。外国語大を受験した。そこそこの自信はある。

「学校には遠いかもしれないけど、彼の寮のそばにするかもしれない」

この話をした今は、ひとつ作業をしないといけない。彼を守る為に。



「ごめんなさい。この事は誰にも言わないで下さい。私達が入籍するまでは」

「そうだな。相手が相手だものな」

「分かってるよ。言わねぇよ」

皆は概ね賛成してくれているようだ。スポーツコーナーが終わる。

そろそろ…彼から電話が来る時間が。

案の定、彼しか設定していない着信音が奏でる。

「ごめんね、彼からだ。ちょっとごめんね。」

私は食堂から出て彼と少しだけの時間を過ごす。



「卒業旅行はどうだ?」

「…楽しいけど、冬休みに健斗と行った旅行の方が楽しかった」

「そうか。シーズンオフになったら又…行こうな」

「うん、健斗も怪我しないで頑張ってね」

「もちろん、2年後に世間から祝福されないとな」

電話越しで健斗はクスクスと笑っている。

「何?いいことでもあったの?」

「うーん、さっき先輩達に指輪のこと突っ込まれた。指が違うぞって」

「高卒が婚約して入団は早いってこと?」

「うん、もみくちゃにされた。写メ見せたら…殴るんだぜ」

「今度やられたら、俺の彼女は怖いのでやめてくださいっていったら?」

私なりに考えた結論。これで落ち着いてくれるだろうか?

「分かった言ってみるよ。俺、そろそろ寝るな。愛してるよ」

「健斗…愛してるよ」

そして互いに電話越しにリップ音と立ててから着信を切った。

距離は離れても、リップ音から伝わる愛は感じられるから。

これだけでも…私達は乗り切れそうな気がする。

そして私は皆の所に戻った。



「いやぁ、最後の最後で沙世が話題をさらっていくんだものな」

「もう…こういう話はおしまい。絶対にもう言わない」

私の方も皆にもみくちゃにされてパジャマパーティーが終わるのだった。



別にいいじゃない、幼い恋だって。



幼い恋のファーストキスでした。

もう少し…お年頃だとどうなるんでしょう。

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