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第三話  硯梨と愉快な仲間たち

 草木も眠る丑三つ時。

 街灯のぼんやりとした光だけが見守る闇の世界を一匹の化け物が闊歩していた。

 教え子の注文に応え、一度組み上げた魔具を再構築するのは愉快と同時に面倒臭い。

 故に蛇の王は淀んだ頭を一新すべく、獲物を探して唯進む。

 そして、自らの感覚に従い見つけ出したのは一匹の異形だった。

 外見上は人のように見えるが、その身から漂う気配は人にあらざる者。

 おまけに食事中だったのか、抱きかかえた女の首筋に牙を突き立てていたりする。

 

「昔、大陸で見かけたことがある。アレか、お前は血を吸う鬼かね?」

「何だ? 人ではなさそうだが、我に何か用か?」

「とりあえず膝を付け。神を前にしての不遜な態度、今なら大目に見よう」

「・・・見なれない種だが、200の齢を数える我に向かって何を言う」

「何だ、若造ではないか。若輩故の無礼ならば一度までの無礼は許そう。しかし、今は些か機嫌が悪い。最後の警告だ、地べたに這い蹲り許しを請え」

 

 傲岸不遜の物言いは、吸血鬼のプライドを逆撫でするものだった。

 吸血鬼は長きを生き抜いた夜族として絶対の誇りを持っており、売られた喧嘩を聞き流すことは出来ない。

 故に本能の赴くまま食べかすとなった女を投げ捨て、身の程を弁えない馬鹿者に己の力を解き放っていた。

 

「夜の王に対する分不相応な物言いを胸に抱き、消失しろ」

 

 “吸血鬼”という種に備わった能力の一つ、対象を意のままに操る念力を起動。

 対象は月の一部ではなく全身だ。原型をとどめぬよう圧殺し、格を見せつけてやろうとの考えである。

 

「・・・世が世ならば余の姿を見ただけで皆が平伏したものだ。時の流れとは残酷であり、刻み込んだ恐怖すら失わせる最強の力だのぅ」

 

 神級異形は、人の信仰、畏怖、といった人が生み出す想いが積もり積もって形になり発生するパターンと、月のように元となる異形が最初から存在した上で伝説や神話が後付で付与され神性を得る二つのパターンが存在する。

 故に神の祖先の意味を込めて”神祖”。

 最上位の化け物にのみ与えられるランクが存在しているのである。 

 そんな彼らに共通するのは高いプライドだ。

 立場をわきまえぬ愚か者を処分するのに躊躇いがあるわけもない。

 とはいえそこらの吸血鬼如きに本気を出すのも大人げない。

 一撃で捻り潰すにしても力で挑まれたなら力で返礼、それが上位者の礼儀か。

 そこで久しぶりに固有能力を起動する。

 

 “概念創造”始動。対象概念“念動力”を定義、術式として通常発動開始。

 

「なっ、我の力が押し返され!?貴様っなにも――――べりゃ」

「悪いが興醒めだ、四桁も生きていないガキに用は無いのだよ」

 

 不可視の力を全く同じ能力で打ち負かし、吸血鬼が望んだ結果を叶えた月だった。

 ただし威力が違う。敵とも呼べぬ小物は単純に潰そうとしただけだが、こちらは物理法則を超えた力で体を押し潰し続ける事を止めない。

 狙うのは質量を無視し、一滴のしずくへと圧搾する極限領域だ。


 「・・・・むぅ、硯梨用の獲物を捕獲するつもりが殺ってしまった。だが問題あるまい、まだまだ予定時間まで猶予はある」

 

 水滴が地面にこぼれ落ちるのを見て、しまったと反省する月はどうしたものかと黙考。

 この町は地脈のバランスが酷く崩れており、簡単な探査式を放っただけでも三桁近い異形を補足している。

 しかし杖の性能テストと、教え子の考えた机上の空論を試すに相応しい獲物はさほど数が居ないのだ。

 なにせ条件が”月の命令を理解する知恵”を持ち”下級術式程度で沈まない耐久力”を備えたそれなりの異形である。

 売り言葉に買い言葉でうっかり倒してしまったが、吸血鬼は妥当な線的だったりする訳で。  


「やはり打たれ強さに定評のある鬼が手頃。うむ、そうしよう」

 

 一人呟き、その気になれば助けられる女を無視して月は動き出す。

 ひょっとすると硯梨は勘違いをしているかも知れないが、神と名乗ろうが所詮は異形だ。人間など虫けらと同じなのだから当然だろう。

 人間が家畜を愛でるように、気に入った個体へ多少の便宜を図る事は確かにある。

 が、それは例外でしかない。所詮、種族の違いはどうしようもない真理なのだから。

 さて、それはともかく腹が鳴って仕方がない。

 旨そうに血を啜っていた小僧のおかげで、懐かしい珍味への食指が止まりそうになかった。

 

「どれ、硯梨に人を食わぬと公言した手前・・・魔法業界人でも喰らうか。人とは魔力を持たぬ者の事、ならばあの連中は人ではあるまい」

 

 宣言を守るのは神として当然だ。

 しかし、解釈の違いくらいは許されて当然だとも思う。

 特に仕事がせっぱ詰まれば詰まるほど、余計な欲に流されるのは人も異形も同じなのだ。

 

「証拠を残さぬよう注意を払うとしよう。あの娘は久しぶりのお気に入り、万が一にも嫌われてはつまらん」

 

 元々の予定に組み込まれていた夜食も決まり、月は上機嫌に空を見上げた。

 煌々と看板が輝く牛丼屋も気になるが、飽きたと言っても口慣れた人の子も悪くない。

 黒い闇に浮かぶのは己の名の由来となった衛星だ。

 七夜月とは7月の月の別名であり、生命が輝く夏の夜を照らす夜の王。

 ならば今この時、王として民を自由に扱って何が悪かろうか。

 

「さて・・・街の掃除を兼ね、夜の世界を散策するかのぅ」


 




 腹を満たした後は鼻歌交じりに黒澄家へとこっそり戻っていた。

 どうも上から目線がまずかったらしく、思わぬ数の異形を倒して回る羽目になったのはご愛敬。

 もっとも少なくない人間も犠牲になっているので、正義の味方の所行というわけでもないのが実に月らしい。 

 おかげで作業時間が押している。かなり窮地な感じが否めない。


「抜き足差し足・・・必殺ステルスモード」


 就寝中の一家を起こさぬよう気配を断ち、しかし軽口を漏らしながら階段を上る。

 久方ぶりにハシャいだおかげか杖の再設計案も浮かび、何とも言えず上機嫌。

 今ならどんな目にあっても笑顔でスルーできる自信が漲る月だった。

 

「ふわぁ、結局フレームから作り直し。まだまだやらにゃーならんことが山積みだのうぅ・・」

 

 弟子の部屋の前を横切る際ついつい愚痴っぽい事を呟いてしまったが、きっと寝ているので大丈夫。

 正確には愚痴ではなく、わざわざ買ってきたパーツ数の多いプラモを作る上での武者震いに近いのだ。 

 例え聞かれたとしても何ら問題はない。

 月はそんな事を考えながら自室へと戻ると、物質の最小単位にまで分解した魔導杖を前に座り込んで思索に耽る。

 出かける前に依頼していた特殊部品は帰り際に受け取ってきた。

 コレを採用すれば性能は段違いに上がる反面、システム回りの見直しが必要となってしまう。

 はっきり言って面倒くさい。しかし、元来文化神の一面を持つ月は本能に従うようにあっさりと決断する。

 残り時間は約24時間。全力を振り絞れば何とかなるはずだ・・・と。


「・・・目指すレベルは神器級。人が三日で城を造るのならば、余はその1/3の時間で十分」


 こうして誇りをかけた、類を見ない突貫作業が始まるのだった。 

 

 

 

 

 

<蛇神と少女の幻想曲~第三話~ 硯梨と愉快な仲間達>

 

 

 

 

 

 朝焼けに染まる赤の世界。

 しかし圧倒的な朱の色に染まらぬ白い影があった。

 

「第16次テスト開始。残存魔力を使い切って誘導属性を付与」

『汎用砲術“天弓”、ランダムバーストから、パッシブロックオンに変更』

 

 意志を与えられた白の持つ杖が淡々とベースフォーマットへの機能追加を告げると、放たれるのは幾つもの光だ。

 光は鋭い先端を持つ光の矢であり、その数は5。

 見た目には幻想的だが、その速度は雷光の如く疾駆する純粋な破壊を秘めた攻撃術だった。

 続いて光の矢は瞬きも終わらぬうちに弧を描いて着弾、硯梨のデビュー戦の締めを飾る赤鬼を地に伏せさせる結果を生んでいる。

 

「仕上がりは上々かな。メインに使う術式にしては良い出来だと思わない?」

「うむ、威力も十分、詠唱も皆無と悪い点は見あたらないが――――」

 

 暇つぶしに持ってきた携帯ゲーム機から顔も上げずに月は続けた。


「余が見繕ってきたラスボスはタフが売り、きっちり止めを刺さない限り何度でも立ち上がるのだよ」

 

 見れば、鬼は何もなかったかのように起き上がろうとしている。

 肉を刮ぎ落とし、腹には炭化した焦げ後が残っているにも関わらずだ。

 

「うわぁ、これだけ撃ち込んでも倒せないなんて頑丈を通り越して化け物・・・って化け物なんだっけ。でも逆に嬉しいかも。色々と・・・・試せるし」

 

 杖の先端を鬼へと向け、硯梨は脳内で術式を組み立てる。

 まずは先ほどのワンショットで使い果たした魔力を再チャージ。

 組み込まれたリボルバー式の機構を稼働させ、装填してある弾頭から魔力を吸い出して排出する。

 空の薬莢が地に落ちれば杖のコンデンサーに魔力が満ち溢れ、戦う準備は十分だ。

 これぞ月の考案した、”燃料がないなら他から持ってくればいいじゃない”機能である。

 術者はライターの火打ち石の如く、起点となる些細な魔力さえあればOK。

 後は供給された魔力を自らの物として使い回すだけで実にらくちんなのだが、一つ落とし穴がある。

 外部供給された魔力は例えれば無色。使い手固有の色を持っていない。

 そこをうまく本来自分が持つ魔力の色に馴染ませる制御力がなければ、異物でしかないのだ。

 が、そこは適応力の高い硯梨さん。

 無駄に高い制御力で苦もなく使いこなしていたりする。


「ほれ、そろそろ回復が終わるのぅ。受け身のままでは終わらんよ?」


 しかし硯梨は動かない。鬼の一挙一動を見逃さないよう集中して構えるだけだった。

 すると鬼も好機と考えたのだろう。今までは機先を制する弾幕のせいで一歩も前に出ることが出来ず、溜めてきた苛々を発散すべく跳躍。

 己の武器である強靱な四肢、中でも粒々と筋肉の盛り上がる腕を全力で振り上げていた。

 

『常駐術式“運動系数改変”を二倍で定義』

 

 しかし鬼の一撃は地面をえぐるだけで少女には届かなかった。

 術式により本来の身体能力を二倍に強化した硯梨は、余裕の足捌きで剛風を回避。

 故に鬼との距離はほぼゼロ。この間合いでは鬼の方が有利にも関わらず、硯梨は距離をあえて取らない。

 破壊が産む風が場に似つかわしくない白のワンピースを靡しても、この場の支配権はこちらが握っている。

 

「うんうん、対クロスレンジ用も絶好調。これを使いこなせば今後役に立ちそう」

 

 魔法とは何と便利な力だろうと硯梨は思う。

 敵に対しては矛となり、自らには盾となるこの力。

 非力な少女では間に合わない動きも、己の身体に能力を付与するだけで不可能が可能になるのだから面白い。

 

「チャージタイムも稼げた・・・少し大きいの行こうか」

 

 加速された体は、それ以上に高速演算を続ける脳の命令に遅れなく反応。

 この一撃の為、リスクを抱えてでも的を不利な間合いに呼び込んだのだ。

 硯梨は威力を増幅する魔法陣を杖と鬼の僅かな隙間に展開し、薬莢を排出してさらに魔力を補充しながら一呼吸。

 数で押す事を主軸とする汎用式とは違った、一点集中、一撃必殺に重点を置いたとっておきの切り札を起動していた。

 

「これが最終テスト!」

『発動シークエンス開始。収束・増幅用魔法陣展開クリア。効果発生部位にエラーを三カ所検出も補正完了。ですが――――』

「ですが?」

『魔力の過剰供給によるオーバーロード発生。バックファイアが予測されます』

「この際OK、処理続行! 多少痛くても耐えれば良いだけっ!」

 

 術者の覚悟完了。

 ならば、と杖は己の責務を全うするべく肥大する主人への負荷を無視して術式を展開。

 計算によるとボクサーの拳に匹敵するダメージを硯梨に与えることになってしまうが、ゴーサインを出された以上、敵の撃滅こそが主の本懐だ。

 何よりこれはあくまでも実戦テスト。問題を洗い出し、その身で味わってこそ意味がある。

 

『了解、広域型砲術“雷神槍”起動』

 

 そして破壊の光が産まれる。密着した零距離射撃は人の背丈程もある極太の閃光は堅牢な防御力を持つ鬼をあっさり貫くと、傍目にも暴走しているのが判る無軌道さで周囲を破壊する。

 収束しきれなかった一部は川に着弾すると水を沸騰させて盛大な水柱を上げるわ、こっちを見ていなかった監督役にはとばっちりを食らわせるわ散々な結果である。

 ちなみに反作用で気絶した硯梨は知る由も無かったが、今回の鬼は首を落とさない限り死なないと言う属性を持っていた。

 そのため胴体を丸ごと奪ったにも関わらず再生を始めており、一人で対峙していたなら命はなかっただろう。

 が、そこは保護者同伴。流れ弾による怪我もなくピンピンしていた月が一瞥すると、鬼は存在を抹消されていたりする。

 

「ギャーッ!? 余のポケモンのデータがー!? 大会用に育てたミロカロスがー!?」

『ピンピンしていて何よりです。と言うか、電子制御が可能ならば好きなようにチートすれば良いのでは?』

「判ってないのぅ、努力に運が絡む物を好きに弄っては面白くないのだよ。望んだ結果を必ず手に入れられるからこそ大事なのは過程。人が無駄という部分にこそ価値を見いだすのが余なのです」

『そんな創造主だから、私にも無駄と切り捨てられる機能が山積みなのです。マスターは尖った性能大好き、余分な機能があるならリソースを他に回せと言い張る御方ですよ?ワンオフの専用機として私が設計されたなら、失敗作の予感がします』

「辛口なAIだのー。奴に任せたのが間違いだった!性能はともかくアクが強い」

 

 月は急遽搭載を決めた杖の人工知能を知己に任せたことを心底後悔していた。

 いかに時間が無く向こうの方がこのジャンルでの実力が上だとしても、相手の性格を予想してしかるべきだった。

 しかし時遅し。今更変更するのも面倒&機能的には問題が無いのでは諦めるしか他にない。

 

「まぁ、非観せんでもよい。お主は現時点で人の作る玩具とは比肩できぬスペックを持ち、成長進化すら可能な傑作なのだ。称えられるいわれはあっても、貶されるいわれは断じてない。余が保証しよう、まだ名も無き神器よ」

『そうですか。では、安心してマスターの剣となりましょう』

「杖だがな」

『言葉の文です。私は手始めとして世界最強の頂きに上り詰める予定の杖、野蛮な剣なんぞと一緒にされては心外だと判断します』

「いきなり目標高いのぅ!?」

『神が保証した傑作なのでしょう? それくらい当然です。むしろ全銀河にすら範疇を広げてもいいくらいと思いますが』

「あー、頑張れ。余は正直ついていけません」

『ついてこなくて結構。さて、そろそろマスターを起こしましょうか。創造主、宜しくお願いします』

「仕方がない、起きろー起きるのだーすーずーのじ―」

 

 月は目を回して伏している生徒を抱き起こすと、ぺしぺしと頬を叩く。

 反応が薄いため一応身体の異常を探査式で探ってみたが、何処にも問題が無く一安心。

 そこで肩を強めに揺すり覚醒を促した所、ようやく意識が戻ったようだ。

 

「あうう、寝違えたみたいに首が痛い・・・・あ、鬼は!?」

「余が潰しておいたから安心するのだ。とゆーか、杖が警告してるのに無理はいかんよ」

「だって絶好のチャンスだったんだよ? 何度でも同じ選択をするね、私は」

「その突貫精神はヤバイと思うんだがのぅ・・・支援担当としてはどうなんだね」

『マスター、一か八かではなく確殺の方向で戦術を煮詰めましょう。でも、私は多少のリスクより好機を選ぶ考え方は嫌いではありませんよ』

「だってさ」

「渡して間もないのに、速効で飼い主に似てきとる!?」

『褒め言葉と受け取りましょう。それよりもお時間です。登校の準備を全てクリアするには32分16秒以内に自室へ戻る必要があると判断します』

「もうそんな時間? 急いで帰ろっか」

 

 昨晩から開始した実戦テストも、気がつけば日が昇ってしまっていた。

 一晩中の魔力運用は相当の疲労があるはずだが、それを感じさせない元気な硯梨を見て月は思う。

 いかに魔力は外部供給といっても扱う術者にはそれ相応の精神力と集中力が要求されるのに、見た目に寄らずタフな娘だ。

 確かに掻き集めたのは雑魚ばかり。しかしけろっとした顔で初戦にも関わらず撃破数10、これは凄いを通り越して異常としか表現出来ないと。

 しかし一番恐ろしいのは、別種族であろうと躊躇いを見せずに命を奪うその精神だ。

 普通は生殺与奪を得ることに怯え、恐怖から錯乱することもあるだろうに。

 少なくとも、月がかつて見た戦乱の若武者達ですら初陣で縮こまる者も多かったはずである。 

 

「あー余は朝飯を食べてから戻る故ここで解散。この辺の異形は根こそぎ葬ったといっても、気を付けて帰るのじゃぞー」

「はいはい、お付き合いありがとね♪」

『創造主、帰路の安全確保はお任せを』


 月はぺこりと頭を下げて自転車を走らせていった硯梨を見送ると、指を一つ鳴らす。

 

 広域付与概念“人払い”及び“遮音”並びに“認識阻害”解除。

 

 今も昔も変わらず、対異能の組織は五月蠅い物だ。

 昨日の晩に退魔の者たちを踊り食いしたが、口を揃えて“魔を秘匿しろ”、“異形に与するものは敵”と、まるでオウム。

 そんな連中に気づかれては面倒なので、わざわざ隠蔽式を展開していたりする。

 月は己の欲求を何一つ我慢するつもりはない。しかし、無駄な手間もかけたくないのも本音。

 自分はいい。人の子をいくら引き連れてきたところで、最悪姿をくらませばそれで済む。

 だが、硯梨は違う。あの娘は壊れてしまうかもしれない。否、絶対に命を落とすだろう。

 それは不愉快だ。故にこうして多少の手間を惜しまない月である。

   

「・・・アンデスにいた頃の余なら被害など二の次に突貫していたか」

 

 世界を一周した後、最後に落ち着いたこの小さな島国で少しばかり自分は変わったのかもしれない。

 その変化を起こした人間の事を思い出し、次に現在進行形で影響を受け続ける少女のことを考える。


「しかし、まだ穴だらけでも応用スピードが並ではない。これは末恐ろしい魔法使いになるだろうよ」

 

 抉れた土手、ひしゃげた欄干を見る月は嬉しそうに目を細めるのだった。

 

 

 

 

 

-月明学園、昼休み-

  

  

  

  

 

 硯梨は微睡みの中にいた。

 昨夜からの疲れからなのか、今までどのように過ごしたかも判らない。

 そんな中、音が聞こえた。

 聞き覚えのある一定のリズムに意識が半分覚醒し、続いて脳裏に響く淡々とした声で目が覚める。

 目を擦って状況確認開始。ふと気が付けば昼のチャイムが鳴っていた。

 思い返せばここは今年から通っている公立の高校、月明学園の教室だ。

 音から察するにどうやら昼時らしい。

 

『マスター、消費したカロリーを補う時間です。探査式によると調理パン系は全滅、コッペパンの残数すらも・・・たった今ゼロに』

『幾ら折り畳めてコンパクトでも、鞄の八割を食う君のせいでお弁当を持って来れなかったんだけどね。はぁ、私はこっちの対策考えないと・・・・』

『ところでマスター、そろそろ私に名前を頂けないでしょうか? 型式番号すら持たぬ身では、アイデンティティーが確立できません』

『言われてみればその通り。実働テストに夢中で考えてなかったよ。本当は午前中で決めようと思ったのにこの有様なんだ。ちなみに何か希望はある?』

『では、創造主に肖ろうかと。9月が生み出した存在たる私はさしずめ10月。神無月で如何で――――』 

『もしも無いのなら黒いんだし、クロで』

 

 硯梨にセンスは皆無だった。

 ちなみに自称神無月は、制御AIの本体たる結晶体の青を除けばつや消しの黒一色。

 注文通り露骨な装飾は排除されていても、細かな部分には名残なのか妥協点なのか精緻な彫刻が刻まれた格調高い杖である

 一度は制御AIを搭載せずに完成したが、最終的な改修作業により主人を公私に渡りサポートする杖となっていたりする。


『拒否します。神の加護すら必要としない私には神無しの月ぴったり。元より死角無しの最強AIですし、今後は創造主に頼らぬ意味合いも込めて一文字削り“神無”と名乗らせて貰います』


 ずいぶんと大口を叩くが、それは己に搭載された特殊機能の有効性を理解しているからだ。

 機械式の杖はカタログが出回るほど種類があるらしいが、どれもこれも簡単な弾丸状の媒体から低級術式を解放するだけの物である。

 それに対し、神無は毛色が違う。

 主に代わって己のみで術式を組み立てる”詠唱”に、即座発動が必要な物を事前詠唱で保留しておき瞬間解放する”常駐”。

 さらには一度構築した物を記憶領域に登録し、処理の大半を圧縮言語に置き換えることで使い手の負担を軽減する”代行”と多岐に渡るを備えているのだ。

 これだけの性能にAIの性格が誇り高い事も併せれば、唯我独尊なのも仕方がないだろう。 


『主が可愛い名前を考えてあげたのに・・・月といい、神無といい・・・何が不満なのかさっぱりだよ!?』

『ハイセンスすぎてちょっと、否、かなり重いと判断します』

「うう、納得が・・・世界が私を認めてくれないって・・・・」

 

 机につっぷしながら鞄に仕込んで持ち込んだ神無と思念通話でやり取りを行っていた硯梨だったが、気づかぬうちに声に出していたらしい。

 そのことに気がついたのは、まるで危ない物を見るかのような目で怯んだ友人が頬を引きつらせていたからだ。


「す、すずさん? ストレスが貯まってるなら遊びに行く? 一杯奢るよ?」

「?」

「真面目な子ほど思い詰めたら危ないって言うから、お姉さん心配だ!」

 

 オーバーアクションで泣き真似を続ける中学からの親友、羽久いずもの奇行の意味をようやく悟った硯梨は慌てて立ち上がって言った。

 ちなみに年上を気取っていても年齢の差はゼロ。僅かに一ヶ月ばかり速く産まれて来ただけだったりする。

 

「えー、ええと、夢? ちょっと変な夢を見ただけだよ!?」

「ジーザス! 夢は人の願望の現れだっ! 世界を憎むイコール今の生活に不満があるって事じゃんか。非行ダメよ?すずには空気が読めなくても素直なままで居て欲しいとあたしは思う」

「あーうん、落ち着こうね?」

「これが落ちついて居られるだろうか、答えは否っ!そうだろみんなっ!」

 

 やおら机に飛び乗り、人差し指を天に突き上げたいずもは意味不明なアジを開始。

 普通はスルーされる所だが、硯梨の在籍するこのクラスはノリの良い奴らばかりである。

 中でもいずもはその筆頭で、半分混じったアメリカ人の血を証明する赤毛は簡単に火がつく証だ。

 一般的にハーフは美形が多いが、この娘もまたご多分に漏れない快活系美人さん。

 性格もざっくばらんな気さくさで男女を問わず人気を持っている。

 そんな事実上のクラスのリーダーが同意を求めればどうなるか?

 答えは簡単。叩けば響いて当然、そう言わんばかりの返事が矢継ぎ早に飛び込んで来るのだった。

 

「黒澄さんは天然が良いんだ! 路線変更は困る!」

「そうそう、すずは自分で気がつかない愉快な発言で笑わせてくれないと! 頼んだノートの科目を間違えるとかさ!」

「不良になったら宿題移して貰えなくなるから勘弁してーっ!」

 

 次々に上がるブーイング(?)。初めのうちは窘めていた硯梨だが、目の前のアジテーターを筆頭に話を聞かないクラスの仲間に業を煮やし始めたようだ。

 次第に浮かべていた困り顔に凄みが増していき、比例するようにして瞳に炎が宿っていく。

 

「・・・人の話・・・・聞こうよ」

「いやー、盛り上がってきました。この勢いで放課後は有志を募ってフィーバーだ! 十万億土の彼方へ行きたい奴は予定を開けとけーっ!」


 空気の読めない親友の姿を見た瞬間、沈黙を保っていた神無は聞いた。

 人間にとって大切な何かがブチンと切れてしまった音を。


『マスター、どうして魔力検出が?』

「ええと・・・”空気”、”圧縮”、”解放”、”伝播”を結合」

『しかも私を介してもいないのに無闇やたらと詠唱が速いのは――――』


 不可視設定で展開された魔法陣が瞬時に処理を代行。

 まるで突然トンネルに放り込まれたような気圧変化が起こり、教室の中央に圧縮された空気の塊を産んでいた。

 

「あれぇ? 鼓膜に妙な感覚が?」

 

 急激な環境変化に驚き何事かと首を傾げるいずもは、しかしその思考を奪われることになる。

 硯梨がゆらりと突き出した腕。その先端で広げられていた五本の指が一斉に拳を形作った瞬間、最後のトリガーが引かれていた。


「・・・即興構築“音波の炸裂”」

 

 強力な意志力によって形作られた圧搾空気が弾け、無音の衝撃が教室中を蹂躙する。

 さすがに我が身だけは平行して展開した障壁で守ったが、頭に血が上った硯梨に無関係な級友をその範疇にいれる考えは存在していなかった。

 しかし、例外もある。

 これは咄嗟のことで範囲設定が甘かったのだろう。どうも防御圏内に一番黙らせたかった諸悪の根源を巻き込んでしまったらしい。


「す、すずさん? 何をしたのかなぁ、とお姉さんは聞きたいような、聞きたくないような葛藤中だ。なんか教室が死屍累々、いきなりみんなだけがなぎ倒されたのは錯覚?」

「あはっ、日本語の通じない親友は何を言ってるのかなぁ? とりあえず、その手にぶら下げてるサンドイッチを寄越すのが平和的解決への道じゃないかと思うんだよね、私は」

「イエスユアハイネス! 献上品にございます。ところでコレは何事?」

「人間素直が一番。さすが長年で培ったツーカーの仲!」

「何かやったな! 否定しない所を見るとオマエが何かやったな!?」

「むぐ? 飢えた私の邪魔をすると、痛い目を通り越した“生きてて御免なさい”的な何かを――――」

「普段大人しい癖に、怒ったら手段を問わない武力行使に走るのはやめようよ・・・・」

 

 今は話題を逸らすべきと判断したいずもは、妙に普通のコメントで場を濁す作戦に出ていた。

 が、場の平穏を望む友の心中など気づきもしない硯梨は謎の自己弁護を始めるからタチが悪い。

 

「うちの家系じゃ普通だよ? むしろ聞いた話が本当なら、私は限りなく穏健派だもん」

「・・・そーいえば前に言ってたわね。おばさんは紛争地域を徒手空拳で渡り歩いてたとか、婆ちゃんは戦中に弓矢一本で高々度のB-29を撃墜したとか眉唾物の話をさ」

 

 いずもも面識のある硯梨の母は穏和で綺麗なおっとりさんでなので、正直なところガセだと思いたい。

 しかし、過去に一度だけ見た光景が100%笑い話と一蹴できないから恐ろしい。

 アレは忘れもしない黒澄家の日差しを遮るビルが作られ始めた時のことだ。

 遊びにいった際に骨組みも出来上がったビルを見上げ確かにこれは暗いなぁと思ったが、翌日忘れ物を取りに再度訪れたところビルが爆破テロでも受けたかのように半壊していた。

 これは何事かと唖然としていると、丁度買い物に出かける雅美にこう言われたのだった。


 “一度だけ警告はしたのよ? でも、無視されたから打ち抜いちゃった。ずっと使わなくても染みついた技は忘れないみたいで一安心かしら”と。

 

 何を? 打ち抜く? どうやって?

ツッコミどころは山のようにあったが、笑顔なのに一切笑っていない目をみると口を挟めなかったいずもである。

 

「せっかく見た目が深窓のなんたら風味なんだし、中身も外見に合わせようよ。そんな“ミサイルに比べたら拳銃なんて玩具だよね”的な逃げは止めてさ!」

 

 その後のニュースで不発弾が埋まっていた為に起きた事故と報じられ、やっぱ冗談だったと胸をなで下ろした過去が微妙にトラウマだ。

 親友にはか弱い女子高生を目線で震えさせるような大人には育って欲しくない、と切に祈る少女は自分のダメさを棚に上げて続ける。

 

「話が逸れたけど、そろそろ休み時間も終わるからお小言終了。でも必ず後で根掘り葉掘り聞くから首を洗って待っときなっ!」

 

 その言葉通り、舞台の幕引きを告げる鐘が鳴る。

 硯梨もいずもになら魔法の存在や、実は化け物ってゴロゴロしてました、と言う精神科を紹介されてしまいそうな事実を告げてもいいと思う。

 なにせ愉快なこと大好きな娘だ。あっさり信じた挙げ句、嬉々として首を突っ込んでくるに違いない。

 しかしそうは思っても事を性急に運ぶ必要は無いだろう。

 昨晩から今朝にかけてのデビュー戦を序章とするなら、魔法使いとしての物語はまだ始まっても居ない。

 何を目指せばいいかまだ判らないが、それもまた技量を磨く間に見つかるはずだ。

 胸を張ってソレを言えるようになったなら――――。

 

「おーい、気持ち悪いくらい静かだな・・・? 何事!?」

 

 一言だけ言っておこうと思った矢先だ。

 授業に現れた教師が惨状に気づき、それどころではない空気が流れる。

 この後、何らかのガスによる被害と勘違いした学園によりちょっとした問題が起きるのだが、汗を一筋垂らす硯梨と、何かを察したいずもは

 

“気がついたら皆が倒れてた。私達が最初に気がついたらしい”


 と一切合切を丸投げにして事態を回避。

 そしらぬ顔で被害者を演じたのはまた別の話である。

少しずつ主要メンバーがちらほらと登場。

主人公より書きやすいいいずも先生は、一般人代表のポジションを守れるのでしょうか(ぁ

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