婚約破棄された伯爵令嬢に「どしたん話きこか?」をしてみた
辺境の街の酒場には似つかわしくない雰囲気の女性客が、飲んだくれていた。
よく見たら知っている女性かと思い、俺は思わず声をかけてしまった。
「よもやフェリシア嬢ではございませんか?」
「……うぇ?」
酒気で赤く染まった頬、座った目をこちらに向けてくる。
だいぶ酔っているようだ。
服装こそ一般的な女性の恰好をしているが、服に着古した感はなく、生地は上質、縫製もしっかりとしている。
高価な生地と糸で庶民の服を仕立てた、といった印象だ。
そして腰まで届きそうな長い金髪は、邪魔にならないよう後ろでひとつにまとめられている。
「なぜ、私だと?」
「ご自覚があるのかどうかは存じませんが、いくら庶民的な格好をしていても気品が溢れてしまっております」
やはりこの方はヴァレンシュタイン伯爵家の次女フェリシア嬢。
普段は王都にお住まいのはずだが、なぜこんな所に。
「どこかでお会いしたことがございましたでしょうか?」
「これは失礼いたしました。私はルシアン。王都での晩餐会のおりにフェリシア嬢をお見掛けしたことがございます」
「…………」
フェリシア嬢は微妙に焦点が定まらない目で俺のことをじろじろと見る。
記憶の彼方から俺との出会いを検索しているのだろうか。
俺の全身を一通り見た後、その視線は右手に持っているお皿に止まる。
「これはハーブ強めのソーセージでございます」
「……ああ、言われてみたら給仕人にあなたのようなお方がいた気がしますわ」
お皿を持って立ってる姿から連想したのだろうか。
「あなた、お一人でして?」
「一人が恋しくなるくらい、女性たちに付きまとわれて困っています――と、いう見栄を張りたいところではございます」
「お一人様なんですわね?」
「悲しい念押しをなさいますね」
「よろしければお付き合いくださいまし」
「えっ、出会って数分で交際を?」
「その前向きさは恋仲の方をお作りするのにはお役に立たなかったようですわね」
フェリシア嬢はテーブルの向かいの空いている席を手で示し、座るように促した。
もしかしなくても『お酒に付き合え』ってことだろう。
俺は店員にエールを注文し、席に座る。
フェリシア嬢のついてるテーブルにはいくつかの食べかけの料理と、空になったジョッキやグラスが並んでいた。
食べ物はあまり食べてはいないようだが、空き瓶やジョッキなどからまぁまぁ飲んでいることが推測できる。
「フェリシア嬢は護衛も無しになぜこのような場所に?」
「護衛ならおりますわ。お客のふりをしておりますけれど……そこと、あそこと、あとは店の外に」
フェリシア嬢の指し示す先を順番に見ていくと、確かにこちらを伺っているような様子の屈強な男達が何人か。
全然気付かなかった。
「目が合ったのですが、強烈な殺意を向けられておられるようですが……」
「気にしないでお酒とお食事を楽しむことですわよ」
「あいにく私には伝説のオリハルコンで出来ているような心臓は持ち合わせておりません」
「……ふふっ」
フェリシア嬢が肩を震わせて小さく笑う。
「あなた――」
「ルシアンです」
「ルシアン、普段の話し方をして頂けます? 無理をして丁寧な言葉にしなくてもよろしくてよ」
「ですが……」
大丈夫? 俺、護衛に刺されない?
「お願いいたしますわ。今の私にはその方がありがたいんですの……」
そう言うとフェリシア嬢は伏し目がちにため息をつく。
店員が先ほど注文したエールを持ってきたので、俺は一気に半分ほど飲み干した。
……ふぅ、美味い。
「わかった。普通に話させてもらおう」
「感謝いたしますわ」
「フェリシア嬢も言葉を崩さないのか?」
「私は普段と変わりませんわ。お気遣いなく」
フェリシア嬢は元々たいして大きくはないチーズのかけらをナイフで切り、フォークで口に入れる。
俺なら指でつまんでそのままかじってしまうだろう。
続いてグラスに入っていた赤ワインを飲み干してしまった。
「王都のヴァレンシュタイン伯の別宅にお住まいだったのでは?」
それが王都から遠く離れたこの辺境の街にいるとは。
この街は辺境にしてはかなり大きな都市だが、周辺環境から冒険者や商人が多い。
貴族もいるが軍の士官見習いなどが主なので、煌びやかな令嬢には似つかわしくない。
「色々ありまして数日前からこの街におりますの……ふぅ」
二回目の溜息。
これはもう何かあったんだな。
そして、明らかに何をして欲しいのか明白だ。
「フェリシア嬢……いや、フェリシア」
「は、はい!?」
声色を変えた俺の呼びかけにフェリシアは姿勢を正した。
「どしたん、話きこか?」
***
「ほう、婚約破棄……」
「ええ」
フェリシアはエーデルクイス侯爵家の者と婚約していたが、よくわからない難癖としか思えない理由で婚約破棄となってしまったようだ。
フェリシアは貴族の娘として他家に嫁ぐ覚悟を持って準備していたが、 不意に婚約が白紙になったことが原因で精神に強い負荷がかかり、心身に不調をきたしてしまったとのこと。
「だから静養でこの地に来たということか」
「ええ、南にいけば大きな湖も有りますし」
こういう状況だから、居住していた王都や、父親がいるヴァレンシュタイン伯領に戻るのでは気が休まらなかったのだろう。
この辺境の地では貴族は辺境伯を始めとしてもちろんいるが、他の街に比べて確かに貴族貴族とした空気はない。
「エーデルクイス侯爵の嫡男は何で破棄したんだろうな」
「嫡男ではありませんわ」
「あ、そうなの?」
「一番末である四十八男でございます」
「そ ん な に」
「兄弟全員でEDK48と呼ばれているようです」
「そんな大衆歌姫グループみたいな」
エーデルクイス侯爵ってそんなに子沢山だったのか。
絶倫過ぎる。
「まぁいいや。その四十八男はなんて言って婚約破棄を?」
「話は長くなりますが――」
「三行くらいに圧縮してくれると嬉しい」
「ちゃんと聞いてくださいまし」
「あっはい」
「一番大きな理由ですけれど、名前は伏せますが他家の令嬢と新たに婚約するからと――」
「あー、それは彼氏クンが悪いね」
「彼氏ではございません」
「それは四十八男クンが悪いね……じゃあ入れるね(注文を)」
追加の酒を店員に注文する。
こんなの酒無しに聞いてられるか。
だいぶ飲んでいそうだったが、彼女の分も頼んでおいた。
話を聞いていた印象だが、フェリシアは随分と有能なようだ。
婚約する前から自領の数々の改革の提言を父に伝え、実際に結果を出してきていた。
この話は大変面白く、自分にも参考になった。
フェリシアと話しているのは案外楽しく、時間も過ぎるのも忘れてしまい、テーブルの上には酒の空き瓶や空になったジョッキが増えていく。
「――と、言うわけですの。ちょっと、聞いておりますの?」
「聞いてるけど、そろそろ俺もう限界……」
「情けないですわね」
「そっちが底なし過ぎるんだよ」
「自領ではワインも生産しておりまして、これくらい飲めないと試飲もままなりませんことよ」
「アンタの領だと一人の試飲で樽を空にする量を飲むのか?」
さすがに酔い過ぎてしんどいのでお水を店員にお願いする。
持ってきた時に言われたが、どうやらもう閉店の時間のようだ。
「もうこんなお時間なのですわね」
「ああ、思ったより楽しかった。特にあなたのやった領地改革の話とか」
「えっ!?」
「他にもまぁ、いろいろ頑張ってきたというのは、よくわかったよ。大変だったな」
「……!」
フェリシアは俺の言葉に驚いたように目を見開いた。
そして何かを言おうとしたのか口を開くが、待っていても続きの言葉は出てこない。
「何だよ?」
「わ、私はしばらく夜はこのお店で飲みたいと思いますわ」
「ああ」
「だ、だから、その……」
うーむ、どうするか。
毎晩、この酒の量を飲むはしんどいが、話は楽しかったしな。
まぁいいか。
「わかった。また明日な」
「……はい!」
あらあら。
花が一気に咲いたような嬉しそうな表情だ。
こうして俺は婚約破棄された伯爵令嬢との飲み友達となった。
***
あれから一月ほど過ぎた頃だろうか、傷心だったフェリシアは――
「店員さん、エールおかわりですわ!」
「おっ、フェリシアの嬢ちゃんは今日もいい飲みっぷりだねぇ!」
「嬢ちゃんが店の中にいるだけで雰囲気が明るくなるなぁ!」
――酒場の常連としてすっかり馴染んでいた。
「ルシアン、聞いてくださいまし?」
「今日はどうした?」
「あのですね!」
「うんうん」
「それででして――」
「うん、そうだね」
「そうしたらですわ――」
「あー、それはそいつが悪いね」
こうして毎日フェリシアの愚痴を聞くのも心地良く感じてきた。
愚痴ではあるのだが、基本的にフェリシアにも落ち度があるというような内容は少ないし、相手を必要以上に悪く言うということもないので、不快にはならない。
いい酒のつまみとなる。
それに庶民の変装をしながら酒を飲んで愚痴を言うお嬢様という存在は、それだけで面白い。
無料でご一緒させてもらっていいのかと思うくらいだ。
「今度はですわね――」
「あー、それは……フェリシアが悪いね」
「な、なぜですの!?」
「だってさぁ、その構図だとーー」
「な、納得いきませんわ」
「ははは……」
こうして気軽に突っ込めるくらいの関係は心地よい。
だが、フェリシアがこの街にいるのはあくまで静養のため。
心身が元気になってきたということは、静養が終わりに近づくということでもあるのだ。
***
「お父様から手紙が届きまして、戻るように書かれておりました」
「そうか」
それしかすぐに言葉が出ず、俺はエールを飲んだ。
いつもは爽快な喉越しだが、今はそれをあまり感じなかった。
「ルシアン、あなたとこうしてお酒を飲むのも、あとしばらくとなってしまいますわね」
「……もう少し、体調が優れないということで滞在を延ばせないのか?」
「私の――ヴァレンシュタイン領なのですが、あまり裕福というわけではありませんし、問題も数多くございます。父や私の兄弟も身を粉にして領地の為に動いておりますが、私が一番明るい分野もございまして」
フェリシアがいないとままならないところもあるってことか。
「それに……もしかしたらですが」
フェリシアが言葉を切る。
「……新しい縁談に向けて父も動きたいのだと思います」
フェリシアが伺うように俺の顔を見ているのが視界の端に入った。
俺は玉ねぎのピクルスをフォークで突き刺して口に入れる。
ゆっくりと咀嚼して飲み込んだが、フェリシアが俺の言葉を待っていた。
「……エーデルクイス侯爵家と破談になってからまだ一月だ。早くないか?」
「お恥ずかしい話なのですが、他家との縁談による資金援助も期待しているのかと」
「……なるほど」
別に珍しい話ではない。
領地を治めるには莫大な資金がかかる。
これは領主が富を集めるのではなく、領民の為を思って何か事業を行えば行う程かかるのだ。
ここの辺境領のように資源がある土地ならば別だが、そういった特別なものがない領地を持っている貴族はいつも頭を悩ませている問題である。
「家の為、領民のために豊かな他家と縁談を結ぶのも、貴族の家に生まれた娘としての役目。いたしかたございませんわ」
「…………」
「帰るまでの間、変わらずお酒の席にお付き合いくださると嬉しいですわ」
「……ああ」
俺はそう返事することで精一杯だった。
***
フェリシアがこの街を立つ日が決まり、あっという間に一緒に飲める最後の日が訪れた。
「ルシアン。この街であなたと出会えたのは幸運でした。私の暗く重く沈んだ心が浮上できたのは、こうしてあなたが何回もお酒の席に付き合っていただいたからですわ」
「キミの心が猫のようにしなやかだからこそだ。俺は手助けしたに過ぎない」
「それでも、本当に助けになりましたの。初めて出会った日に『頑張ってきた』と声をかけて頂いた時は、本当は泣きそうでしたのよ?」
そんなこと俺は言ってたのか。
酒を飲み過ぎて覚えてない。
「四十八男くんとの別れはそんなにショックだったか」
「正直に申し上げますと、政略結婚というものでしたので、それ自体はさほど」
「そうなのか」
「ただ、お家の為、そしてエーデルクイス家に嫁ぐために頑張ってきたものが、水の泡になったというのが一番堪えました」
努力したものが実らないのはキツイものだ。
特にフェリシアの場合は自分自身のためでないものに頑張っていたのに、それを含めて実らなかった。
評価されることもなかった。
それがどれだけ苦しいことか。
――俺もよくわかる。
「失礼! こちらにフェリシア嬢はおられるか!」
賑わう酒場の中に大きな声が鳴り響いた。
他の客と同じく入口の方に視線を向けると、身なりの良い男が立っていた。
「オズヴァルト様!」
フェリシアが立ち上がる。
知り合いか?
オズヴァルトと呼ばれた男はフェリシアを視認すると、こちらに寄ってきた。
「おおフェリシア嬢、そのような町娘の格好をしているので認識に手間取ってしまったわ」
「これは市井の酒場におりますので、そこに相応しい格好をと。オズヴァルト様こそなぜこちらに?」
「なに、先日の婚約の破棄の話だが撤回することになってだな。私が直接伝えにきたまでのことよ」
「えっ!」
驚きに固まるフェリシア。
こいつが婚約破棄をした四十八男くんこと、オズヴァルト・エーデルクイスか。
そういえばこいつも王都での晩餐会の時に見覚えだけはある。
「婚約破棄の撤回でございますか? あの他家のお方との婚約はどうなったのでしょう」
「色々事情が変わり、我が領の事業で有能な女性が必要となったのだ。あやつは期待していたほどの能力がなくてだな、フェリシア嬢の聡明さに白羽の矢が立ったのだ」
随分とまぁ勝手なことをベラベラと恥ずかし気もなく並べることができるな。
「父からの戻れという手紙は、この事もあったのですね……」
「さぁ、わざわざ私がこんな辺境まで足を運んでやったのだ。さっさと我が領に戻って式を挙げようではないか」
フェリシアがこちらを見る。
戸惑いの目だ。
俺はそれを見て思わず立ち上がってしまった。
「お貴族様、このような場所での求婚など無粋が過ぎると思われます。日と場所を改めるのはいかがでしょうか」
「なんだこの町民は?」
オズヴァルトは俺を無視してフェリシアに問いかける。
「この街で知り合った友人でございます」
「仮にも伯爵令嬢だろう? 友人は選ぶべきだぞ?」
「友人ではございません」
答えたのはフェリシアではない。
俺だ。
「なに?」
睨んではいるが、やっとこちらに目線を合わせてきた。
「そのフェリシア嬢に恋焦がれている男でございます」
「……!!」
俺の告白に酒場の客たちが沸いた。
ここ一月、連日のように俺達が同じテーブルで飲んでるのを見守ってきた客たちだ。
さぞかし『やっと言いやがった』という気持ちであろう。
「お前のような下賤なものとフェリシア嬢が釣り合うわけがなかろう。フェリシア嬢と戯れで親密になれたので勘違いをしたのかもしれぬが、夢から醒める時間は来るものだ」
「ルシアン……」
「さぁフェリシア嬢、いつまでもこんな場所にいるものではない。今夜は私の手配した宿に来るがよい」
オズヴァルトが手を伸ばし、乱暴にフェリシアの腕を掴んだ。
そのまま店の外に連れ出そうと引っ張っていく。
「ルシアンッ!」
フェリシアの助けを求める声に反射的に身体が動いた。
オズヴァルトの手をはたき落とし、フェリシアを解放し、その勢いのまま抱き寄せた。
柔らかい感触と女性特有のいい匂いが鼻腔をくすぐる。
ちょっと酒臭いのはご愛敬。
「フェリシア、身分違いの恋ではあるが、俺を受け入れてくれるだろうか」
「……はい!」
再び酒場が沸いた。
ジョッキをぶつけて乾杯したり、一気飲みする客が続出した。
よくわからないつまみを投げていたり、大盛り上がりだ。
「フェリシア嬢の手前、手荒なことをしたくなかったが……覚悟はできているのだな、町民よ」
俺はフェリシアと思いが通じて幸福感でいっぱいだったが、オズヴァルトは怒り心頭であった。
無理もないだろう。
剣を抜くのも無理はない。
「オズヴァルト様……大変ご無礼は承知ですが、どうかお怒りを鎮めて頂けませんでしょうか」
フェリシアが懇願する。
「ならん! ここまでの侮辱と無礼を受けて黙っていることはできぬ。フェリシア嬢、そなたもその男と一緒に切られても文句は言えぬぞ」
「無礼というのは侯爵四十八男が公爵嫡男に剣を向けていることを指すのか?」
「なにぃ?」
「俺の顔を覚えていないのか? 王都の晩餐会で見た事があるのではないか?」
「…………!?」
「ベルンシュタイン公爵家嫡男、ルシアン・ベルンシュタインだ! お忘れなきよう!!」
オズヴァルトがその顔を驚愕に歪ませた。
その人間性に負けじ劣らずの歪み度だ。
「ルシアン……あなた、晩餐会の給仕係だったのでは?」
「それはあなたがここで皿を持って立っている俺を見て、勝手に紐づけて勘違いしただけだ」
「服装だって」
「町娘の格好をしているキミがそれを言うのかい」
俺達は思わず同時に吹き出してしまった。
「フェリシア、キミの積み上げてきた努力の話と、折れても再び立ち上がる芯の強さにも感服した。俺も家の中で評価されずに逃げ出してきたところがあるんだが、逃げずに向き合ってみようと思う」
「ルシアン……様……」
「ははは……今まで通り呼び捨てで頼むよ。酒を飲んでる時みたいにね」
こうして侯爵四十八男に婚約破棄された伯爵令嬢は、新たに公爵嫡男と婚約することになったのだった。
ちなみにエーデルクイスの新たな事業は失敗したらしい。
オズヴァルトよ、どしたん話きこか?
最後までお読みいただきありがとうございました。
下の☆を1〜5で採点していただけますと、私がオズヴァルトに「どしたん話きこか?」してきます。
■短編集
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