6話
土蜘蛛に地下掘削を任せて数時間。
時折、念話のような片言の意思が届く。
進捗報告で
案外マメなヤツだ。
というわけで地下掘削は順調。
中央の核は安定。
だが問題は、物資不足だ。
百鬼袋に物資を詰め込む。
こいつは妖怪を持ち運べるヤツだ。
今は物資だけだ。
「戦場に落ちた物に、持ち主はいない」
雪に伝える。
「森の外を見てくる」
「零さま私も」
「いや、お前たちは待機してくれ」
「わかりました」
副官は止めない。
俺の単独行動だ。
《妖怪化進行:微増》
チッ、相変わらず微増していやがる。
森から出るまで体感で一時間。
獣道の先、平野の向こうに小さな辺境町が見えた。
さらに数時間歩く。
小さな町についた。
城壁でかこまれているあたり、外敵がいるのかもしれない。
特に検問などなく、中に入ると意外と人が多い。
ただ、兵が少ない。
その割には、空気がざわついている。
北の森の噂が広がっている。
市場で会話が聞こえる。
「夜みたいに暗いらしい」
「兵が戻らねぇ」
「魔獣じゃねぇって話だ」
市場の露店は早仕舞いが目立つ。
干し肉は減り、穀物袋は奥へ引っ込められている。
「北の道は閉じるかもしれねぇ」
「猟師も戻らん」
小麦の値札が、昨日より一枚多い。
買い占めが始まっているな。
森が暗いだけで、町は先に飢える。
北の森が閉鎖されたら、この町は最初に干上がる。
……なら、水路を押さえるか。
俺は無表情で聞く。
市場の視線が、北を向くたび、ざわめきが止まる。
……噂が回るのが早い。
まずいな。
まずは換金が必要だ。
どこか適当な店を探す。
町のヤツに聞くと買取屋があるようだ。
「この赤い屋根がそうか」
金が詰まった小袋を描いた看板が目安だ。
中に入ると
カウンターだけがある。
暇そうなおやじがいた。
俺は無言で兵士の装備を出す。
店主
「……軍の品だな」
俺は淡々という。
「戦場に落ちていた。いくらだ?」
店主の目が一瞬だけ俺を測る。
疑いじゃない。計算だ。
「北の森に行ったのか?」
「たまたまだ」
それ以上は聞いてこない。
金貨が置かれる。
枚数は分からない。
だが――
早い。
値を言うまでが、妙に早かった。
俺は袋を閉じる。
「使う」
北の森の品は、もう珍しくないらしい。
多いのか少ないのか分からない。
ただ小袋が膨れるほどの金貨は得た。
店主は袋を指で弾いた。
「……北の森だな」
俺は目を上げる。
店主は視線を外したまま言う。
「安心しろ。言わん」
一拍。
「だがな。広げるな」
沈黙。
「……あそこは昔も“夜”になった」
俺の指が止まる。
店主は椅子にもたれた。
「――残らなかった」
それだけ。
「用が済んだなら帰れ」
俺は袋を拾い、扉へ向かう。
店を出る直前。
店主が小さく言う。
「お前は……まだ“人の目”だな」
俺は振り返らない。
ただ一瞬だけ、足が止まった。
残らなかった。
その言葉だけが、
妙に頭に残る。
昔も夜になった。
それでも残らなかった。
なぜだ。
答えは出ない。
俺は外へ出た。
店を出ると、通りの空気がわずかに重かった。
視線が合うと、すぐ逸らされる。
軍の装備を持ち込む男。
噂の森の帰りか――
そう思われていてもおかしくない。
路地の奥で子どもがささやく。
「北の夜だ……」
母親が慌てて口を塞ぐ。
……広がっているな。
森の異変は、もう“遠い話”じゃない。
俺は歩きながら考える。
放置すれば、包囲される。
なら、こちらから動くしかない。
食品雑貨の店に入りそば粉を探す。
だが、無い。
店主は言った。
「北の穀物は小麦が主だ」
わずかに間。
「……小麦でいい」
うどんができるか。
麺つゆに近いものを見つける。
蕎麦は無いか。
ほんの少しの寂しさ。
必要な雑貨も買い
すべて百鬼袋にしまいこみ帰路につく。
拠点の森につくとさっそく分担が始まる。
凛は、俺が仕入れた斧で薪を割る。
カワは、寸胴に地下水を汲む。
雪は、火にかけた寸胴の温度調整。
ぬりかべは、地味に風除けだ。
うどんは俺が打つ。
無言で。
パチンッ! ピタッ! パチンッ!
繰り返される。
蕎麦より重い。
香りも違う。
だが粉を打つ感触は同じだ。
無心になれる。
余計なことを考えずに済む。
こういう時間がなきゃ、俺はとっくに壊れている。
打っている間だけ、震えが止まる。
今は、それでいい。
《妖怪化進行:微増》
打っている間にも、手が少し震える。
手の震えを、粉の白さが隠す。
それでも打つ。
カワは満面の笑みだ。
「零様、水最高っす!」
凛はすっかりつかれたのか座り込む。
「腹減った」
雪は穏やかな笑みをうかべる。
「温度は保てます」
俺は、真剣だ。
「……茹でる」
うどん完成。
湯気が立つ。
寸胴から引き上げた麺を手早く器に分け、卵を一つずつ割り落とす。
「いいか。今日は一人一個だ。奪い合うなよ」
そう言った端から、カワが身を乗り出した。
「ネギ山盛りいっていいっすか!?」
雪が即座にたしなめる。
「適量を守ってください。香味が主張しすぎます」
「主張してなんぼっすよ!」
凛が横から口を挟んだ。
「辛いのはねぇのか?」
「七味ならあります」
霧が静かに差し出すと、焔が凛の手元を見張る。
「姐さん、三振りまでにしておいてください」
「ケチだな」
「明日も戦うんです」
ぶつぶつ言いながらも、
凛はちゃんと三振りで止めた。
ぬりかべは風を遮り、泡は水を汲み足し、
霧は静かに温度を確認している。
誰もじっとしていない。
「喧嘩すんな。冷めるぞ」
俺が言うと、ようやく全員が器に向き直った。
ずるり、と一斉に麺をすする音が森に広がる。
湯気と騒ぎ声が夜に溶けていく。
……騒がしい。
だが、悪くない。
副官たちも黙々と味を噛み締めながら啜る。
これだけだが。
どこか心が温まる。
皆が啜る音だけが、森に残った。
ああ、うどんもいいな。
――だが、明日も削れる。
俺が止まれば、ここで終わる。
うどんの湯気の向こうで、
一瞬だけ、俺は森を忘れていた。
◇王国側では
部屋の巨漢がデスクの前で腕を組み座る。
騎士団長だ。
騎士団長の背後に、
黒い祭壇のようなものがある。
祭壇の中央には、
夜色の結晶が埋め込まれている。
北を向くたび、
結晶がわずかに濁る。
「……夜域か」
「結界型ではない。侵食型だな」
騎士団長は小さく呟いた。
「あれは災害ではない。
意思を持っている」
「北部に勢力発生したな」
「討伐準備だ」
町の外からは、北の森が暗く夜になっている。
いわゆる夜化現象だった。
配下の騎士は言う。
「はっ! ただちに準備を整えます」
急いで部屋を去る。
それを見送った騎士団長は立ち上がり、
窓の外を眺める。
「脅威とは久しいな」
「腕がなる」
笑っていないのに、口角だけが上がった。
結晶が、また濁った。




