5話
霜と水が混じる。
火の熱で蒸気が上がる。
木々が割れ、地面が軋む。
俺の視界に再び表示された。
《妖怪領域:三属性衝突》
《安定率:低》
これで属性は揃ったか。
だが、軸がねぇな。
凛は訓練で木をへし折る。
カワは水を巡らせる。
雪は冷気を調整。
ぬりかべは壁のように立つ。
だが――
妖怪領域に“芯”がない。
俺たちは、ただ動いているだけだ。
――これじゃ、いずれ崩れる。
俺は、森の中央へ歩く。
そこには、
凛の炎で焼け焦げた巨大な古木。
半壊。
だが立っている。
ここだ――
理由はある。
この木は三属性を受けても崩れていない。
火に焼かれ、
水に濡れ、
霜に侵されても、
立っている。
つまり――領域干渉に耐えられる。
核にするなら、これしかねぇ。
折れてねぇ。
半分死んでる。
だが、芯が残ってる。
「ぬりかべ、頼む」
「……」
こいつはしゃべらない。
ただ、眼が光り、点滅する。
まあ、いつものとおり肯定だな。
ぬりかべが巨木の周囲を倒らせないよう囲う。
雪が上部を霜で固める。
カワが根に水を流す。
凛が周囲の不要な木を焼き払う。
円形の空間が生まれる。
中央に俺が立つ。
背後には巨木だ。
妖怪ブックのページが震えた。
《領域固定条件:未達》
《中枢必要》
……そういうことか。
領域は広げるだけじゃ足りねぇ。
この世界に“打ち込む芯”が要る。
《百鬼核:仮形成》
《固定条件:四方支柱未接続》
核は出来ても、支える柱がなきゃ崩れる。
四方に杭を打つ。
その役目が、副官だ。
ここからが重要だ。
俺は“将”を増やさない。
各幹部に1体ずつ副官を与える。
全部抱えたら管理しきれねぇからな。
それぞれの下に一人置く。
「今からお前たちに副官を一人ずつつける。
あとの配下はお前たち自身で創れ」
領域を使え。
俺の核から流れている。
使い潰すなよ。
ぬりかべは眼の光が点滅した。
雪はうなずく。
カワはなぜかVサインだ。
凛は気合を入れて言う。
「あたいに任せな」
描くのは「姿のみ」。
まずはぬりかべの副官だ。
名前は玄でいいだろう。
指を走らせた瞬間、
胸の奥が焼ける。
《妖怪化進行:微増》
……やっぱり重いな。
核が脈打つ。
俺の鼓動と、重なる。
無口。
黒髪短髪。
防御特化。
地面操作の気配。
性格は実務型。
無駄口なし。
ぬりかべの影から生まれるようにも見えた。
次に雪の副官だ。
《妖怪化進行:微増》
……まだいける。
名前は、霧だ。
中性的。
銀髪。
静か。
索敵・情報収集特化。
雪よりやや柔らかい雰囲気で描いた。
こいつも雪の影から生まれた。
雪が静かに言う。
「……静かに動けます」
よしここまで成功だ。
次はカワだな。
カワが騒ぐ声が、少し遠い。
心臓が一拍、遅れた。
名前は、泡だ。
まあ、そのままかもな。
小柄で元気系少年だ。
水場整備担当。
まあ、ムードメーカーだろ。
泡は生まれた瞬間、
キョロキョロと周りを見渡した。
そしてカワを見つけた瞬間、
目が輝いた。
カワは張り切って言う。
「水泳部二軍っす!」
泡は即答した。
「入ります!」
「だから部活じゃねぇ」
言うと思ってたが。
最後に凛だな。
視界が一瞬だけ歪む。
影が、足元から遅れて動いた。
膝がわずかに沈む。
……ここまでだな。
名前は、焔でいいだろう。
無精髭の男だ。
片目に傷。
重戦士型だ。
まさに重鎮だろう。
凛の炎の断片をかき集めるようにして生まれた。
凛と違い落ち着いている。
凛は自信満々だ。
「あたいの後ろは任せる」
焔は恭しくお辞儀をして答えた。
「了解だ、姐さん」
これで、土台は出来た。
中央は俺。
四天として、雪・カワ・凛・ぬりかべ。
副官は各1名だ。
泡が元気よく手を挙げる。
「二軍っす!」
霧が淡々と告げる。
「騒音値が上昇しています」
焔が凛の後ろに立つ。
「姐さんは俺が抑えます」
凛は笑う。
「抑えなくていい」
俺はため息を一つ。
「まず木を支えろ。遊ぶのは終わってからだ」
一斉に動き出す。
……騒がしくなってきやがった。
《百鬼核:四方支柱接続》
《領域固定:成功》
《安定率:上昇》
固定完了だ。
これで森の空気が落ち着くか。
霜は制御され。
水は巡り。
炎は暴れず。
壁は固定する。
円形空間には凛とした空気が満ちる。
凛は言う。
「頭。次は何を折る?」
雪も意見を出した。
「拠点はまだ未完成です」
カワも意気揚々と言う。
「水は足ります!」
ぬりかべは無言だ。
……土台は出来た。
だが、これは構造だ。
魂がない。
百鬼は群れだ。
群れには、拠り所が要る。
俺は、背後の巨木を見上げた。
最後にこの木が新たな俺たちの象徴にすべきだな。
俺は妖怪ブックに「木霊」を描く。
新しく創るんじゃない。
既に立っているこの木を、
“核化”する。
思いを込めて描く。
《百鬼核:依代設定》
《既存物強化》
幹の奥から、低い鼓動が返ってきた。
森全体が、一度だけ息を揃える。
焦げた樹皮が、黒いまま艶を帯びる。
死にかけていた木が、“古木”に格上がる。
だが姿は変わらない。
これは“創造”ではなく、
“格上げ”だ。
「よし、これで出来たな」
カワは興奮する。
「零さま凄すぎ!」
雪はしずかにうなずく。
「零さま。お見事です。これで我らの心のよりどころがまた一つ増えました」
凛も同じく感心していた。
「お頭、感動したぜ」
ぬりかべもいつもより速く眼の光を点滅させていた。
俺たちは見上げていた。
ここからなんだと。
俺は皆に答える。
「まずは守る」
森の地面が、わずかに脈打った。
妖怪ブックの端が震える。
《地脈反応:有》
《地下構造:未整備》
……上だけ固めても意味がねぇな。
城を建てるなら、
地上と地下。
支える土台がいる。
俺はページを一枚めくる。
描くのは、王じゃない。
将でもない。
職人だ。
土蜘蛛。
八脚。
巨大。
だが目は静かだ。
戦闘用じゃねぇ。
構築用だ。
描いた瞬間、
地面がひび割れる。
黒い糸が這い出し、
土を絡め、
石を固め、
地中へと潜る。
《地脈接続:開始》
《地下掘削:自動進行》
凛が眉を上げる。
「敵か?」
「違う。工事班だ」
雪が静かに分析する。
「……地下構造を任せるのですね」
「ああ。俺たちは外を見る」
土蜘蛛は言葉を発しない。
だが、地面の奥から、
規則正しい振動が返ってくる。
任せられる。
俺は森の外を見る。
「次は、広げる」
「王国が来る前に、森を完成させる」
……。
◇森の外――王国側
伝令が駆け込む。
「辺境伯領北部に異常発生!
森が“夜化”しています!」
騎士団長が地図を睨む。
「夜化……?」
「魔獣とは違います。
冷気と湿気と……炎。
三属性が同時発生」
「……結界型か?」
別の兵が震え声で言う。
「報告では、壁が出現し、
氷の女が兵を凍らせ、
炎の女が魔獣を叩き潰したと――」
騎士団長の目が細くなる。
「魔獣が、連携?」
沈黙。
「王都へ急報。
これは災害ではない。
――勢力だ」
その夜、王都の塔の上で、
二つの月が揺れた。
《夜域観測:異常拡大》
◇
夜が一段と濃くなってきた気がした。
《妖怪領域:核安定》
《中規模移行準備》
まだ城はねぇ。
だが、骨はできた。




