3話
霜に覆われた森の一角。
倒れた鬼の指先に、
氷がじわじわと食い込んでいく。
俺と雪女とぬりかべの三体。
それが今の百鬼夜行の結社だ。
霜の影響で水が凍り始めている。
倒れた鬼は動かない。
目も、まだ開かねぇ。
雪が静かに言った。
「水分が不足しています」
俺は周りを見渡す。
「領域の影響か……」
《妖怪領域:微弱(寒冷傾向)》
……冷えすぎだ。
「一属性に偏ると、環境が歪むな」
戦力だけじゃ足りねぇ。
氷像状態の河童。
体は水分不足でひび割れている。
「水が足りない、か」
妖怪ブックを開く。
《石化個体:河童》
《乾燥固定》
《再記述可能》
必要魔力:大(雪女より低い)
雪よりは軽いな。
「水が成立する形にする」
描くのは姿のみ。
河童はそうだな――
世界側が書き足そうとするのは――
鱗。牙。裂けた口。
押し返す。
だが今回は、手応えが違う。
世界が、前より強く押してきやがる。
指が、一瞬だけ止まった。
線が、揺れる。
カワの顔が、知らない形に歪む。
「……違う」
それは俺の知っているカワじゃない。
俺は線を引き直す。
消す。また引く。
消す。また引く。
ページの表示が、書き換わる。
《魔物》
その文字が、一瞬だけ浮かぶ。
――ふざけんな。
息が上がってきた。
絵を描いてなぜ息が上がるんだ。
「……戻れ」
俺の知っているカワに。
“魔物”に書き換えようとしてきやがる。
妖怪を殺せないなら、
“この世界の分類”に押し込む。
まるで免疫だ。
異物を、別の名前にして無害化する。
「……だから、いらねぇって言ってんだろ」
怪物なんざ、描くかよ。
指でこすると世界が付け足した物が消える。
俺は再び、線を引き直す。
これでどうだ。
ボシュッ!
地面から水が噴き出した。
森の空気が湿る。
視界に文字が現れる。
《存在再構築》
順調すぎる。
……なんだ。
ただな。
他に方法がねえなら、やるしかねえんだよ。
氷像が溶けるのではなく、水が一気に弾けた。
霧ではなく“水飛沫”。
その中から河童が現れる。
ハイレグ競泳水着。
ポニーテール。
足元には水たまり。
月光を受けた横顔が、相変わらず整っている。
河童は大きく息を吐いた。
「ぷはっ!」
水飛沫が散る。
水着がはだけ、手直しする前に、見た。
一瞬だ。
凝視ではない。
……凝視ではない。
「動けるか」
「うん! 零様、なんか笑ってない?」
「気のせいだ」
「って、零様!? 近っ!?」
なんだ。
一気に空気変えやがったな。
指先に感じる凍りが、まだ消えない。
……まぁ、動けるなら十分だ。
妖怪には役割がある。
雪は領域を作る。
カワは流れを回す。
凛は前に立つ。
俺は――それを成立させるだけだ。
歓迎する間もなく俺は言う。
「カワ、敵だ」
兵士の残党が再出現しやがった。
統制もねぇ。てんでバラバラだ。
カワが反応。
足元の水が螺旋状に浮く。
カワは言う。
「水分補給、完了っす」
カワが指を鳴らす。
足元の水が一気に持ち上がる。
水は“弾”じゃない。壁だ。
横薙ぎに走った水壁が兵士をまとめて吹き飛ばす。
「うおっ――!?」
さらに地面がぬかるむ。
足が沈む。
動けない。
「逃げ場、ないっすよ?」
水流が一斉に絡みつく。
兵士たちは水に押さえ込まれ、地面に縫い止められた。
水が一気に持ち上がる。
兵士たちの体が宙に浮く。
「ちょ、ちょっと待――」
水面が閉じる。
音が消えた。
数秒後、水が引く。
兵士たちは地面に転がり、動かない。
「……はい、終了っす」
カワが水から上がる。
その瞬間――
「……」
視線を外す。
いや、見てねぇ。
見てねぇからな。
「零様、見たでしょ?」
「見てねぇ」
「今度ちゃんと見せてあげるよ?」
「いらん」
……いや、いるか?
いやいらん。
俺は一応念押しした。
「……溺れさせるなよ」
カワは軽快だ。
「大丈夫っす。ちゃんと息止めてます」
「……それ、普通に溺死コースじゃねぇか?」
「ギリギリ生存ラインっす!」
……今はそれでいい。
妖怪ブックに文字が浮かぶ。
《固有能力:水流制御》
「……勝手に出たな」
カワが地面に手をつく。
眼を閉じ何かを感じているのか。
水脈を感じたようだ。
地面から水が湧き出した。
これで、森の一角に「水場」が生まれた。
俺の視界には新たな表示が出た。
《妖怪領域:拡張(湿潤傾向)》
「属性を増やすと、領域が安定するな」
偏れば歪む。循環すれば安定する。
……世界も同じか。
「零様! 水担当っす!」
「水泳部、発足っすね!」
ああ、こいつはこういうヤツだった。
「……雪もそうだが、お前ら部活すきだよな」
雪もため息交じりに言う。
「騒がしいです」
「騒ぐ前に水位調整しろ」
「了解っす!」
妖怪ブックの次のページにぼんやりと現れた。
《妖怪領域:小規模安定》
《次候補:鬼》
《領域拡張には複数属性が必要》
「……悪くない」
「さあ、次は鬼を描くか」
「えー! 鬼っすか!?」
カワが騒ぐ。
雪は静かに俺の隣に立つ。
ぬりかべは、動かない。
霜と水が混じり、森の空気がわずかに変わる。
ここは、もうただの森じゃない。
俺たちの領域だ。
「……百鬼夜行、再開だ」
――だが。
これで終わりじゃねぇ。
また来る。
さっきみたいなのが、何度でも。
そのたびに削られるのか?
……いや、それは違うな。
妖怪ブックが、次のページを勝手に開く。
《次候補:鬼》
地面の奥で、何かが軋む。
……歓迎か、警告か。
どっちでもいい。
「次は、前に出る奴を描く」
俺はページをめくった。
ふと思う。
毎回、きつくなっている。
全員書き直したら、俺はどうなる。
まあ、関係ねぇ。
仲間が立てるなら、安いもんだ。




