27話
あの白いヤツが来た翌日。
俺たちは、現実を受け止めた。
というか、誰か強者がくるのは既定路線だ。
怯えても仕方ない。
今俺たちは戦える。俺もな。
誰ひとり欠けることなく俺たちは生き抜く。
だから、あっさりしすぎるほどの日常に戻った。
戻った、はずなんだが。
どこか少しだけ違う。
音は同じだ。
会話も、動きも、何も変わらない。
だが――
空気の重さが違う。
誰も口には出さない。
完全には戻っていない。
地下拠点。
日常。
凛は、素振り。
なあ、それどこで拾った丸太だよ。
それ軽々しく振らないぜ?
綺麗な顔してそれだからな。マジびびるよ。
それに比べて、配下の焔は堅実というか。
壁の補修をぬりかべとしてる。
なかなか気が合うようで、なによりだぜ。
でもな、それ。
補修というより造形だぜ?
そんでカワ。
「零さま、魚獲ったどー!」
あわただしくやってきた。
騒がしいヤツだ。
雪の作った氷冷保管庫にまっしぐらか?
巨大な人ほどにある魚を両手で軽々しく掲げる。
「どうやって獲ったんだ?」
「うんと、手をまっすぐしてエラをズバッと」
マジか。
手刀で魚を獲るなんて初めて聞いたぞ。
「さすが水泳部のエースだな。期待してる」
「へへへ、零さまに褒められた」
いや、褒めるというより驚愕したんだが。
まあ、本人がそう受け取るならいいだろう。
このままワーと叫びながら、
保管庫に駆けて行った。
なんだ?
えらい屈強な奴らばかりじゃん。
俺、道具頼みなんだが。
まあ、いいか。
ああ、そうだ。
今度、夜市で無かった焼きそばと、
ベビーカステラを作りたいぞ。
朝食。
俺は食べるが
なんか違う気がした。
「……」
味が
少し遅れてくる。
舌に乗る感覚が、鈍い。
遅れて届く。
一瞬だけ、空白がある。
……なんだこれ。
味が分からないわけじゃない。
だが、
“そのまま”じゃない。
少しだけ、ズレている。
俺はゆっくり噛む。
確かめるように。
それでも、
どこか遠い。
俺は思わず口にだす。
「うまい」
だが
自分でも少し違和感。
雪が見ている。
おいおい、そんな前かがみでじっと見られたら
みえちゃうじゃねぇか。
見ねぇけどな。
一応……。
やべ、自信なくなってきた。
飯の後、いつものように作戦室に入りびたる。
土蜘蛛が来る。
「主」
「芽」
水盤に映る。
夜域中心。
黒い芽。
前より大きい。
なんだ?
タケノコより成長早くないか?
俺はちょっと気になり、
雪を連れて土蜘蛛と見に来た。
俺と雪と土蜘蛛。
今、夜域の中心にいる。
目の前には、黒い芽。
拳くらい。
地面から生えている。
なんだ?
脈打つって。
俺は思わず口に出す。
「植物じゃねぇな」
触て見る。
この地域なら、俺たちに攻撃する物はいない。
冷たいな。
だが
鼓動する。
なんだこれ?
芽が
割れる。
「!」
中から、黒い霧。
雪
「零さま」
霧が形を作る。
小さな影。
牙。
角。
それは、小妖怪。
俺はマジマジとみちまう。
「……」
「俺」
「描いてないぞ」
描いていないのに、
形になる。
定着する。
成立する。
それはつまり、
俺を通さずに、
この森が“判断している”ってことだ。
……勝手に、増えている。
制御はできているのか?
いや――
まだ分からない。
……これ、やばいな。
俺が描かなくても増える。
つまり――
国になる。
雪も驚き言う。
「七の影響です」
「七?」
雪
「妖階が森に影響しているかと思われます」
「夜域が」
「妖怪を生み始めています」
「つまりあれか。
俺が描いた妖怪たちの配下は、彼らが召喚。
当然、彼らの属性だ」
「はい、そうです。私の配下にいる霧の妖怪も雪の妖怪たちも同じです」
「これが。夜域の仕業となると別だ。
いわゆる自然発生か」
「はい。今後は夜域が自然に生み出すと思われます」
「だとすると、統制がどうなるかだな」
「零さまの影響下で生まれているので、夜域の上位存在が零さまになります」
「つまり、俺には従うと?」
「だと思います。その証拠に彼らを御覧ください」
生れ出た妖怪は、俺を見るなり膝まづいた。
「恐れるな。お前は一つの個だ。森を守ってくれ」
はっとした顔をすると嬉しそうにうなずく。
「ただし、人間に危害を加えるな。むこうから攻撃してきたら別だ」
それもうなずく。
こいつほんとに理解しているのか?
まあ、いい。
妖怪国家の生態に俺は立ち会ったわけか。
思わず苦笑しちまう。
……やべえな。
俺が描かなくても増える。
これ――森じゃねぇ。
国だ。
その時
俺の視界の端で、黒く歪む。
一瞬
犬の影。
声がした。
「主か」
低い。
だが、はっきりとした声。
頭の中じゃない。
どこか外側から響く。
……近い。
さっきまで感じなかった距離だ。
これも――
影響か。
「器か」
俺は、目を閉じる。
消える。
雪
「零さま?」
「……なんでもない」
黒い芽。
次々と小さな芽。
月光が足元を照らす。
夜域の森。
静かに。
妖怪が増え始める。
増えている。
音もなく。
騒ぎもなく。
ただ、当たり前みたいに。
芽が割れ、
形になり、
跪く。
繰り返す。
まるで、
最初からそういう仕組みだったみたいに。
俺は周囲を見渡す。
森。
霧。
地面。
全部が、
同じ方向を向いている。
中心。
――俺だ。
背筋に、わずかな寒気。
支配している感覚じゃない。
“流れている”。
俺を通して、
外へ広がっている。
止めようと思えば、
止められるのか?
……分からない。
いや、
考えるまでもないか。
止める理由がねぇ。
守るために広げた。
なら、
広がるのは当然だ。
だが――
速度が、おかしい。
一拍ごとに、
密度が増している。
夜域が、
“厚く”なっている。
俺は小さく呟く。
「……やりすぎたか?」
返事はない。
ただ、
足元でまた一つ、
芽が脈打つ。
ドクン。
その音が、
自分の鼓動と重なる。
ズレがない。
完全に一致している。
……繋がってる。
もう、
切り離せない。
俺はゆっくり息を吐く。
「……いい」
ここまで来たなら、
止まらない。
止めない。
国になるなら、
なるだけだ。
夜域の霧が、
静かに流れる。
その奥で、
また一つ、
新しい影が生まれた。




