23話
俺は作戦室の水盤を眺めていた。
特に意味があるわけじゃない。
ここなら、場所を動かずに見れる。
数百以上配置した目からの情報だ。
今日も森と周囲と町の方角。
それと、地上を照らす月を眺めるつもりだった。
夜域外縁。
静かな森。
月光。
そこへ、空から白い影。
「なんだアレは」
見かけぬ人物が飛来してきた。
白い長衣。
金の印章(片目)。
足は地面に触れていない。
浮遊している。
これはどう見ても味方でもない。
拡大すると何やら口を動かしているが
読唇術などあるわけもなく。
ユイが突然現れ耳打ちする。
「ここが七の領かと言っています」
えっマジで? 俺的には、
ココナッツミルクうまいがな。
それにしかよめんかったぞ。
この来訪者は、やけに足元を気にしてやがる。
何見てやがるんだコイツは。
まあ、夜域の影は濃いけどな。
お前の登場の仕方の濃さと比べたら薄味だぜ?
何やら手をかざす。
ぶっ、マジか。
いきなりやる気満々かよ。
この間見た聖印術式を展開しやがった。
ん? 綺麗な円環にはみえねぇな。
こいつ、汚ねぇ円環だしやがる。
夜域だから歪んだか?
おいおい、なんだよ。
何うなずいてやがる。
マジ、ナルシストか?
きめぇんだよ。
聖都の奴等うざい。
俺とユイが意見交換しながら見ていると
凛と雪もやってきた。
凛は興味津々だ。
「なんだコイツ」
こいつ、バトル脳だからな。
雪は淡々と観察している。
「単騎です」
俺は主観で思ったままを言った。
「……偵察じゃねぇな」
凛が立ち上がる。
「行く」
えっ?
凛さんや、何言っちゃっているの?
待った方がいいって。
俺は静止する。
「待て」
だがもう走っている。
だぁー、脳筋すぎるだろう。
これどうしようもないぞ。
俺、冷静装う。
幾ばくかすると水盤に映った。
凛と侵入してきたヤツだ。
森の中。
侵入者がゆっくり歩く。
そこへ
凛の高速突撃。
大きく口を開けているのは雄たけびだろう。
凛の踏み込み。
地面爆裂。
横に 浮いて回避。
凛の拳。
地面粉砕。
何しゃべってんのかわからん。
この侵入者、独り言多くねぇか?
ここから連携。
雪、後方支援。
雪の氷の槍が侵入者へ弾幕を張る。
凛が動く。
直後、
聖槍が空を裂く。
ギリギリ回避。
ここでカワの出番だ。
川から水流引き上げたのか。
巨大水流。
濁流だなあれは。
侵入者を包む。
想定外だったのだろう。
完全に飲み込まれた。
焔も負けじと続く。
炎制御。
水蒸気爆発。
視界遮断。
侵入者は静かに口を動かすのが見える。
俺では、どう見ても場違いな言葉にしか読み取れん。
これは気にしちゃいけねぇ。
また、聖印展開しだす。
水流を割る。
炎を裂く。
しかし
完全には見えない。
動きが少し遅れる。
夜域の聖に対する反応は俺にもよくわかっていない。
この森の独自進化といえばいいのか。
でもこのままだとマズイな。
俺も出張るか。
幾分後。
俺は地上に出た。
ゆっくり歩く。
というより、早いのはダメなんだよ俺は。
侵入者の声が響く。
「主か」
「客人にしては騒がしいな」
聖印展開。
六重陣。
妖怪ブック。
ページ開はない。
代わりに
呪印展開
第5妖階 妖領同調で皆を底上げする。
黒い紋様が地面に広がる。
ぬりかべ硬度上昇。
鬼の攻撃に呪性付与。
雪の霧を高密度化。
カワの水源を膨大化。
地面の根を高速化。
これで俺は、全域把握と迷宮支配が完了した。
森が俺であり俺が森でもある。
聖印が
歪み挙動が不安定に見える。
侵入者は何か困惑している。
「……」
「聖印撹乱」
理解したのか?
凛の再突撃。
拳。
侵入者の腕とぶつかる。
衝撃波。
互角ではない。
だが――
一瞬押す。
カワは水流で再び再拘束を試みる。
焔は、炎壁を展開。
雪は伝播する。
「今です!」
呪印拡張。
地面が黒く染まる。
聖印術式。
完全には展開できない。
侵入者が一歩下がる。
戦闘停止。
侵入者が俺を見る。
「なるほど」
「七は……」
少し間。
「安定していない」
おいおい、確かにそうだけどよ。
お前、余裕だよな。
「今は試験だ」
「討伐ではない」
捨て台詞を吐いて浮上。
なあ、それ戦略的撤退だろうけど。
いきなりひと様の土地に踏み込んできてそりゃねぇよ。
凛は叫ぶ。
「逃がすか!」
俺は今度こそは止める。
「待て」
侵入者はまだいた。
最後の言葉を吐く。
「領域は強い」
「だが主は未完成」
「八には届かない」
なあ、なんかしゃべりすぎじゃねぇの?
白衣翻る。
空へ。
撤退。
俺の目が節穴なのか、それとも経験不足か。
どう見てもアイツ……
ただのカッコつけにしか見えねぇんだよな。
俺らは、負傷なし。
でも、完全勝利ではない。
一方ヤツは、撤退。
戦闘はたぶん継続可能。
つまり、
互角未満なのか?
この森だけじゃ足りねぇな。
ここを守るだけじゃ、
いずれ押し潰される。
だったら――
広げるしかねぇ。
凛は息を整えながら言う。
「強かったな」
焔はそれに答えた。
「ええ」
カワは無邪気なままだ。
「また来る?」
雪ははっきりと言い切った。
「来ます」
俺は空を見る。
「八か」
小さく笑う。
「世界って広いな」
そんで、アイツ誰だったんだ?
なあ、誰か教えてくれよ。
月が、少しだけ揺れて見えた。
気のせいかと思ったが、
違う。
夜域の霧が、
ゆっくりと流れを変える。
風じゃない。
内側から、
形を変えている。
侵入者が消えた方向へ、
わずかに“寄る”。
……追っているのか?
いや、
違う。
“覚えている”。
さっきの存在を、
刻んでいる。
地面の下。
根が動く。
遅れて、
黒い紋様が薄く残る。
消えきらない。
戦いの痕じゃない。
反応だ。
夜域そのものが、
あいつを“認識した”。
俺は無意識に指先を見る。
黒。
さっきより、
少し濃い。
「……面倒くせぇな」
小さく吐く。
敵が強いとか、
そういう話じゃない。
こっちも変わってる。
勝手に。
止めてねぇのに。
雪が静かに言う。
「零さま」
「ああ、分かってる」
答える。
これはもう――
“準備”だ。
向こうも、
こっちも。
次は、
さっきみたいにはいかねぇ。
俺は見上げる。
さっきまでいた場所。
もう何もない。
なのに、
“いる気がする”。
「……来るなよ」
呟く。
意味はない。
それでも口に出る。
その瞬間、
夜域が、わずかに脈打った。
ドクン。
まるで、
応えるみたいに。




