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妖怪のいない異世界で百鬼夜行をどうすんだ? ――描くたび俺が削れる妖怪ブック  作者: 雪ノ瞬キ


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21話

 朝なのに地下は暖かい。

 塗り壁たちが創り出した壁が効いてる。

 地下1層目は広い。

 鍛練場まである。

 

 地下にも差す淡い光。

 一体どうなってんだかな。

 俺には理屈はさっぱりわかんねぇ。


 シュッ! シュッ! キレがいい。

 鍛錬の音が響く。


 凛が素振りだ。


 焔が地味に壁を補修している。

 カワが水桶を抱えて走る。


「零さま、今日も元気ね?」


 俺は返す。


「ああ。寝不足だがな」


 本当は眠れなかっただけだ。

 マジつれぇ。

 これ飯食ったら爆睡するかもしれねぇ。


 凛はスッキリした顔つきで言った。

「そろそろ全快だ。次は前に立つ」


 いやいや、腹貫かれて重症じゃんお前。

 まあ、いいだろう今は。


「前は俺だろ」


 俺は返すが、凛が食いつく。

「お頭は、後ろでふんぞり返っていればいい」


「なんだ? まるでヒモみたいじゃねぇか」


「うん。いいんだよお頭ならね」


 軽く笑い合う。

 なんだか、こんな空気も悪くねぇな。


 そのまま離れ作戦室に入る。

 するとすぐに現れた人物がいた。


 ユイが膝をつく。

 布がほんの少しだけずれる。

 零は気づく。

 視線を外す。

 

 ユイ、微笑。

「零さまは……見ないのですね?」


 俺は反射で返す。

「……じっくり見てぇな」

「あっ!」


 俺は慌てて自分の両手で口を塞ぐ。

 言ってしまったマジヤベー。


 ユイの目が細まる。

 不意に耳元でささやかれる。

「では、後ほど。お二人きりのときに」


 俺はぼそっと漏らす。

「……甘いもの、好きなんだよな」


 ユイがわずかに首を傾げる。

「例えば?」


「……すくって食うやつとか」


 一瞬の間。


 ユイは口元を隠して微笑む。

「ええ、もちろん。お望みでしたら」


 少しだけ間を置いて、


「……たっぷりと、味わえますわ」


「ああ、たのしみだ」



 距離が近い。

 だが触れない。


 ノック。


 空気が戻る。


 カワは元気いっぱいだ。

「朝飯できたよ!」


「ああ、ありがとな今いく」


 だがカワよ、なんで今も競泳水着なんだ?

 一張羅なのか?


 皆で長机に集まる。

 慣れた光景だ。


 お茶漬け風のおじやだ。

 朝の一口にはちょうどいい。


 おかしいな。

 “味はする”。

 だが一瞬遅れてくる。


 ほんの一瞬。

 前からこんなだったか?

 まあ、いいか。


 雪の視線を感じる。

 肯定でも否定でもないただじっと俺を見ている。


 雪はぽつりと言う。

「おいしく……ありませんか?」


「いや、うまい」


 ……はずなんだが。


 なんでだ。

 何も、残らねぇ。


 守るだけじゃ足りねぇ。


 回さないと、潰れる。


 一拍。


 ちょっと薄くなったか?

 いや、急に変わるわけねぇよな。

 だとすると……俺が、おかしいのか。


 第七妖階を使ったからか。

 まだわからない。


 土蜘蛛がいつも通りの足取りだ。

 ヤツには疲労がたまってねぇな。


「主、地脈。濃い」

「主の力。染みこむ」


「俺は染み出すタイプか?」


 だが土蜘蛛は真顔。


「大丈夫。拠点に影響ない」


 それだけ伝えるとさっさと戻っていく。

 あいつには横に広げるように伝えてあるからな。


 朝飯の後、作戦室に戻ると幾人か作業中だ。

 水盤には見慣れない異形がいた。


 自然発生妖怪か? 俺描いてないし。

 でもなこれ、発生コストどうなってんだ。

 俺自身この夜域の原理がわかんねぇ。


 そもそも妖力はどうなってんだ?

 月光が原点なのか?

 だめだな。わからないことがまだ多い。


 自然に生まれた連中は、以前より大きい。

 角を持つ。

 牙が伸びている。


 鬼に近いな。

「強くなってんじゃねぇか」


 つぶやきを拾った雪は言う。

「七の顕現が夜域に影響を及ぼしています」


 妖階の階位が影響するのか?

 なら、俺のせいか?


 いやさ、それ。

 強くなるなら悪くねぇよ。

 このまま第10妖階になったら、

 どれだけなんだよな。


 だがぶっちゃけ、不安が残る。


 雪は真剣なまなざしでいう。

「零さま一つ問題が」


「なんだ? 力の争いか?」


「さすがお見通しなんですね。

変異妖怪同士が縄張り争いが起きています。

統制が少し乱れていると言えましょう」


 ヤベ、適当に言ったら当たった。

 うははは。


 雪は続ける。

「制御が必要です」


「主としての仕事が増えたな」

そうは言ったが、俺わからんし。

どうすんだこれ?


 一拍。


 考えたがいかん。

 まるでわからん。

 だれか、ヒントちょうだい。

 はぁ……。


 水盤に何が映る。

 百目が何か拾ったな?


 遠い位置の丘。

 聖印の旗。


 白衣の小隊。

 侵攻しない。

 いるだけ。


 観察しているのはわかるけどよ。

 なんでわざわざ旗なんか出してんだ。

 アホなのかこいつらは。


 まあ、でも来ない方が怖ぇ。


 いつの間にか凛が水盤を覗きこむ。

「お頭、それ潰すか?」


「まだだ」


 おいおい、好戦的すぎんだろ。

 ちょっとはゆとりを持とうぜ。

 ゆとりをさ。


 ひとまず“まだだ”が大事。

 俺、焦らない王。


 俺は不意に水盤に触れた手を見た。

 指先が少し黒く見える。

 少しだけ振る。

 消える。


 錯覚まで見えるようになったのか。

 なんかおかしい。


 夜。


 夜域の中心。

 俺は雪と巡回中だ。


 とは言っても月夜のデートみたいな物だな。

 ああ、俺みたいなヤツじゃ釣り合わねぇな。


 地面が大げさなほど盛り上がる箇所ある。

 なんだ?

 死体でも埋めたのか?


 いや違った。

 黒い芽のようなもの。


 小さい。


 雪も気づいた。

「これは……」


 俺は、触れてみた。


 冷たい? だと?

 なのに、鼓動のように脈打つ。


 奇妙な物が生まれちまった。

 まったく知らない系統だ。

「俺のせいか?」


 雪は首を振った。

「……わかりません」


 芽が一瞬“角”のような形になる。

 変化が始まる。

 

 七は、森を強化するってやつか。

 そんで何かを“生む”。

 芽が、もう一度脈打つ。


 ドクン。

 

 今度ははっきりと聞こえた。


 音だ。


 土の中からじゃない。


 俺の中と、

 同じタイミングで鳴っている。

 

 ……繋がってる。


 思わず手を離す。

 けども遅い。


 一瞬だけ、視界が揺れた。


 黒。


 ほんの一瞬。


 森が、全部“黒く見えた”。


 霧も、

 木も、

 地面も、


 全部が同じ色で塗りつぶされる。


 区別がない。

 境界がない。


 ただ一つの“塊”として見える。


 ――これが、夜域。


 今までは、

 外から見ていた。


 今は違う。


 内側から見ている。


 いや、

 内側に“いる”。


 俺の喉が乾く。

「……今の、見えたか」


 雪は静かに首を振る。

「いいえ」


 即答。


 つまり、俺だけだ。


 ……やっぱりか。


 指先を見る。

 さっきと同じ。

 わずかに黒い。

 今度は消えない。

 

 振っても、

 擦っても、


 落ちない。

 染み込んでいる。

 皮膚の上じゃない。


 もっと内側。

 骨の奥。


 ……深ぇな。


 思わず笑う。

「ずいぶんと、入り込んできたな」


 雪がわずかに表情を曇らせる。

「零さま」


「問題ありません」


 その言葉は、

 少しだけ遅れて出た。


 自分でも分かる。


 “問題がない”わけじゃない。

 だが、止める理由もない。


 芽が、ゆっくりと伸びる。


 土を割る。

 音もなく。

 黒い。

 色が違う。

 

 霧の黒じゃない。

 もっと濃い。


 “光を吸う黒”だ。

 嫌な感じはしない。


 むしろ――


 落ち着く。

 安心する。


 ……おかしいな。


 普通なら、

 警戒するところだろ。


 未知だ。


 正体不明だ。


 それなのに、

 拒否感がない。


 それどころか、

 “知っている気がする”。


 雪が一歩だけ後ろに下がる。


 距離を取った。


 その動きで、分かる。


 これは――


 俺側のものだ。


 夜域の中でも、

 さらに“内側”。

 

 俺に近いもの。

 芽は、ゆっくりと形を変える。


 角のようだったものが、


 今度は――


 “手”のように見えた。


 指が、ある。


 細い。


 まだ未完成だ。


 それでも、

 確かに“掴む形”をしている。


 何を掴む?


 誰を?


 嫌な想像がよぎる。


 ……いや。


 違う。


 これは、

 “外へ出るための形”だ。


 内側から、

 外へ。


 夜域が、

 外へ手を伸ばし始めている。


 俺は静かに息を吐く。

「……なるほどな」


 雪が視線を向ける。

「何が、ですか?」


 俺は答える。

「広がるだけじゃねぇ」


「出ていく気だ」


 夜域はもう、

 森の中に収まっていない。


 侵食でもない。


 拡張でもない。


 “侵出”だ。


 内から外へ。


 形を持って。


 意思を持って。


 ……俺の意思で。


 芽が、もう一度脈打つ。


 ドクン。


 今度ははっきりと、

 心臓の音と重なる。


 ズレがない。


 完全に一致している。


 俺は、目を細める。

「……面白ぇ」


 怖くないと言えば嘘だ。


 それでも、

 止める気もない。


 むしろ、

 見てみたい。


 どこまで行くのか。


 どこまで壊れるのか。


 どこまで――


 俺のままでいられるのか。


 夜域の霧が、ゆっくりと流れる。


 風はない。


 それでも動く。


 意思を持って。


 応えるように。


 芽が、さらに伸びる。


 その影が、

 地面に長く落ちる。


 人の影みたいに。


 ……増えるな。


 これは。


 確実に。


 俺は小さく呟く。


「次は、戦い方が変わるな」


 雪は何も言わない。


 ただ、静かに隣に立つ。


 距離は変わらない。


 けれど

 ほんの少しだけ、

 緊張が混じる。

 

 当然だ。


 俺自身が、

 変わり始めている。


 それでも。

 

 止まらない。


 止めない。


 俺は、夜域の主だ。


 なら――


 この変化ごと、

 使うだけだ。

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