19話
凛が驚き声を上げる。
「お頭、それは」
焔は跪き俺に述べる。
「どうか、私も連れていってください」
カワもいつになく真剣だ。
「私の水流で運ぶよ」
ぬらりひょんはニコニコしているだけだ。
ユイは、俺の後ろに控える。
決めたんだ。
すべて塗りつぶす。
完膚なきまでに叩きのめす。
だから俺は行く。
だれも連れていかない。
「ダメだ。お前らはここを死守しろ」
「お頭」
「お前ら。俺たちの帰る場所を存続させろ」
凛は空っとしていた。
「わかった! 悔しいけど、今はお頭の無事とここを守るよ」
焔も言う。
「お頭がそういうなら」
霧は深々と頭を下げる。
「雪姉さんをお願いします」
カワは、胸を張る。
「うん。私たちの百鬼夜行の拠点だもんね。守るよ」
俺は一言。
「行ってくる」
俺はすぐに地上へ向かった。
森を抜ける。
甲冑の内側が生易しくない。
呼吸が低く、鼓動が遠い。
視界が赤い。
内側から衝動が迫る。
壊せ。
奪え。
噛み砕け。
今は、押さえ込む。
俺が主だ。
一歩。
地面が沈む。
景色が視界の後ろに追いやられた。
爆速。
一瞬の内に、町の外壁へ到達。
ここか。
以前食材を仕入れた時を思い出す。
スマートに入るか?
いや、そんな事はどうでもいい。
神殿の連中だけは、皆殺しだ。
城壁を飛び越える。
これほどまでデタラメな跳躍力は俺は知らない。
無駄な破壊と殺戮はしない。
神殿とその関係者だけだ。
白い神殿の塔。
聖壁と言われる文様で壁一面に描かれている。
塔は二つある。
このどちらかだろう。
呼ばれぬ来客に目を覚ましたのか。
神殿の奴等は聖印陣を結ぶ。
詠唱開始。
遅せぇ。
踏み込み。
一つ目の塔の入り口に突っ込む。
肩から激突。
白い壁が粉砕。
聖印が割れる。
鐘まで落ちてきやがった。
塔に亀裂。
物理的破壊、完了。
さあ、入ろうか。
悠々と俺は中を散策する。
この塔はまず地下らしい物が何もない。
ならば――
カースボルト。
黒い妖呪の雷が床をすべて引きはがした。
何もない。
なら、上だ。
中央に立ち、頭上に掲げた。
ズッガーン!
黒い雷は、天井すべてを貫いた。
パラパラと木屑や石の瓦礫が落下してくる。
俺は、跳躍し一階層ずつ見てまわる。
だが――
いない。
最上階に至ってもいない。
ここじゃないのか?
一瞬不安が胸をよぎる。
俺が下まで戻ると、横一列に神殿連中がいた。
おいおい、一列綺麗にお出迎えかよ。
大小さまざまいるが路傍の石だ。
聖術師団が円陣。
詠唱が重なる。
俺は走らない。
歩く。
鍵爪が“ぬるり”と現れた。
横一閃。
即断。
からだが上下に分割されて崩れ落ちる。
血は少なくはない。
切られた奴等は黒い妖呪が衣類にまで浸食する。
この本命は呪印。
これに触れた奴等はかたっぱしから伝染する。
この黒い爪痕は消えない。
刻まれた呪印が地面に伝わる。
周囲を汚染していく速度は凄まじい。
妖怪には影響はが少ない。
人には致命的だろう。
周囲の聖印を乱す。
白い陣が濁る。
俺はさらにもう一つの白い塔へ向かう。
今度こそ、雪がいることを願って。
神殿の奴等は懲りずに横一列なる。
お前らは整列しないとできないのか?
先の妖呪がすでに、地面から稲妻のごとく伝わる。
詠唱が崩壊。
壁面の紋様が黒に侵食。
聖術師が勝手に倒れる。
立てない。
そいつは人にはそれなりに影響が出る。
まあ、教えるつもりはさらさらない。
慌てふためく、聖術師たち。
唱えられない。
光が消える。
最後の一人が跪きうつ伏せに倒れた。
全身に黒い稲妻の模様が走る。
ほぼ壊滅。
浸食完了。
俺は誰もいない扉を蹴り上げた。
崩れた祭壇前。
中にいた連中は一斉に魔法陣を空中に浮かせる。
火炎や氷の槍を降らせた。
何事も無かった。
そのようにあるく。
一瞬の静寂。
一歩。
「目には目を」
また一歩。
「歯には歯を」
さらに近づく。
聖術師の目が揺れる。
止まり、見下ろす。
「拉致には――魂を。」
怒鳴らない。
低い声で俺は宣告した。
祭壇中央に爪を突き立てる。
妖呪の黒い稲妻が走る。
神殿全体に亀裂。
塔が骨格だけ残し崩れ落ちる。
神殿内を照らす聖光が黒く染まる。
まさに、神殿崩壊。
信仰の象徴が砕けた。
俺は、再び床に振り落とす。
カースボルト。
すべての床が破壊された。
今度は違った。
下に向かう階段が出現する。
出入口だ。
先の黒い雷に巻き込まれた周囲の奴等は皆、黒ずんでいた。
かすかにも動きはしない。
俺はそのまま降りていく。
地下拘束区画なのか。
一つ一つ部屋は拘束する場所になっていた。
最奥の部屋にいた。
雪は鎖に繋がれている。
扉を蹴り破る。
中には雪以外にはいない。
項垂れていた頭が上がる。
目が合った。
「帰るぞ」
腕から伸びる鍵爪で鎖を断つ。
聖鎖が黒く崩れる。
雪は俺を見る。
一瞬だけ、何か言おうとした。
「零さま、神殿の地下に」
「後だ」
雪は口を閉じる。
だが目が言っていた。
重要だと。
迷いなく雪を抱き上げた。
お姫様抱っこ。
漆黒の鎧に包まれる雪。
軽い。
だが俺の心は動かない。
外に整列する騎士団。
団長と視線が合う。
互いに動かない。
神殿は崩壊。
騎士団は無傷。
俺はそれ以上踏み込まない。
目的達成。
団長は部下に対して手で制した。
それが答えだ。
俺は、背を向ける。
森へ跳躍する。
黒い足跡だけが残った。
鎧のまま森へ入る。
誰も追わない。
雪は腕の中。
俺は一度も彼女を見ない。
無言。
森に入った瞬間、
鎧が軋む。
だが、そのまま維持し、
拠点へと戻った。
「お頭!」
「雪姉さん!」
皆がそれぞれ、歓喜を上げる。
だがそのとき、影が溶け始める。
装甲が崩れ落ちる。
影が地面へ吸い込まれる。
生身に戻った。
俺は、雪をゆっくり下ろした。
凛がまだ傷が癒えていないのに駆け寄る。
焔が胸に手を当て安堵。
カワは飛び跳ねて喜ぶ。
めずらしくぬりかべが体をこすりあわせ音を出す。
ぬらりひょんがまずらしく発した。
「あなたは私の主、信じていたわ」
俺は言う。
「ああ、終わった」
それだけ。
なんだ……何も感じない。
達成感も怒りもない。
ただ静か。
雪が俺を見る。
凛も違和感に気づく。
目がわずかに暗い。
影が少し濃い。
雪はまだ、何かを言おうとしている。




