13話
あの襲撃から10日経った。
森は静か。
百目は常時外縁を監視している。
妙だな。
あのまま引き下がるとは思えねぇ。
防ぐにしても、妖域が拡大するには今やこの森に依存している。
妖怪ブックに描いて増やすには俺の負担がでかすぎる。
かといって攻めるにはまだ足りない。
土蜘蛛たちが地下を広げてもまだ難しいな。
となると今いる妖怪を1段階階位を上げる必要があるが。
一体どうすればいいのか。
ああ、ダメだ。
色々考えすぎだぞ俺。
これまで俺らしくもねぇ。
必死すぎなんだよ。
もっとさ、テキトーに過ごして
そばくって、クソして寝てぇよ。ほんと。
後、たまにガチャやりてぇな。
ゲームのな。
それもここじゃできねぇな。
ははは。やっぱ俺、らしくねぇや。
でもな、やっぱ仲間はなんとかしてやりてぇし。
底まで空っぽのまま、副統領まで上り詰めたけどな。
異世界は、ここで3つ目だ。
渡るたびに、何かが削れた。
前の世界では力があった。
今は、妖怪ブックと度胸だけだ。
二つの世界で出会った人間は、俺の前からみんな消えた。
だから異世界の人間は、俺にとって風景と大して変わらない。
妖怪だけが、残ってきた。
どういうわけか、以前の世界から俺の力はすべてなくなった。
ただの素人程度の力だ。
だから、妖怪ブックに妖怪を描くしかねぇ。
命を削ってっていうリスクつきでな。
まあ、ぶつちゃけ命はどのくらいあるやら。
俺もしらねぇ。
こんなこと誰にも言えねぇ。
雪には特に。
あいつは止めに来る。
凛も同じだ。
ユイは……黙って隣にいるだろうな。
それが、一番きつい。
はあ。
地下の拠点は生活する分には、だいぶ拡張している。
個々の個室もあるし、作戦室も保管庫もある。
緊急脱出用のルートもある。
あとは直接攻め入れられた時の守りだけだな。
もう少し踏ん張るか。
俺は誰もいない作戦室で一人背伸びをした。
その時だ。
「ん? なんだ?」
水盤が揺れた。
百目が拾ってきた。
前回と違う。
「おいおい、トレイは貸さないぜ?」
やたらと人数が増えてやがる。
特に司祭が多い。
こいつら、聖印で森を削る気か?
紋様が精緻化してるな。
隊列が無駄なく揃っているのも本気くせぇ。
絵は見れるんだがな、音が聞こえない。
百目の弱点でもある。
なあ、それでも無いよりははるかにマシだ。
こんなに多くとも、動きで分かる。
前回より静かだ。
こいつら、測ったな。
団長らしき男の動きが明確。
隊列が止まる。
地面に紋様を展開。
チッ、こいつら。
再侵攻が――開始された。
白い紋様が広がる。
今回は“押す”ではなさそうだな。
盾を構え面で固定する。
隊列で霧が“裂ける”。
薄い層が木の皮を剥がすみたいにめくりとれる。
地面が白く硬化。
ヤバイな。
ふらりと現れた妖怪がいた。
自然発生した奴かあれは?
妖怪一体が手で触れる。
途端に輪郭が揺れ、消えた。
戻らない。
妖怪ブックは何も言わない。
描いていない奴等だ。
見ていていい気はしねぇな。
なんか、胸の奥が冷える。
そこにいつの間にか雪が現れた。
カワも凛も集まってくる。
雪が冷静に分析。
「固定型です」
カワが焦る。
「ね、ねこれマズイじゃん」
「水流で飲み込む?」
凛が笑う。
「あたいの出番がくるね」
俺は水面を見続ける。
「外縁二百八十歩。まだ管理圏だ」
なんか練度が違う。
前回より精度が上がっているといえばいのか。
雪は早速、指揮を執り始める。
「凛、あの場所へ配下も連れて、焔は凛の指揮下で」
凛はニヤリと俺を見る。
「頭みてて、あたい決めてくるから」
こんな時、なんていうんだよ。
最前線に仲間を放り込むなんてな。
今の俺にはそんな度胸はまだ無い。
正直、雪の指揮に徹したその態度。
うらやましいぜ。
俺はせいぜい虚勢をはるだけだ。
張りぼてのな。
まあ、そんなことは表には見せねぇ。
「ああ、頼りにしている」
「あたい、頭の嫁候補だから死なない」
照れくさそうに言う凛に胸が痛む。
焔はうやうやしく俺に頭を下げる。
「姐さんの背後はお任せください」
これで前戦に鬼の凛たちが投入される。
俺は水盤越しに見る。
しばらくすると見えてきた。
騎士団たちも臨戦態勢だ。
凛の一撃で地面が割れる。
角が軋む。
腕っぷしだけで聖槍を叩き折る鬼たち。
騎士三名が吹っ飛ぶ。
だが隊列は崩れない。
こいつら、仲間であっても動揺はしねぇな。
つまり、戦い慣れてやがる。
凛、気を付けろ。
こいつらは何か、ヤバイ。
盾が重なる。
維持命令が出たな。
聖槍が凛を掠める。
血の雫が落ちる。
凛の赤い炎が揺れる。
だが問題ない
かすり傷だ。立っている。
互角成立と言えるか。
あれほど深かった霧が削られる。
水盤からはっきり見えるほどだ。
視界が開けた。
だが騎士も前進できない。
聖術師が後衛で支える。
なんだ?
雪に聞くに限る。
「雪、妨げる何かがあるのか?」
雪は拡大をしていない。
引いた位置から戦場を見渡す。
「零さま。恐れくはアレです」
雪の指す先は甚大だ。
物陰に隠れていやがる。
自然発生の妖怪たちだ。
「あいつ等は、本能で排除の動きか」
「ええ、我らと通ずるなら間違いなく」
俺よりよほど戦えるじゃねぇか。
懸命に指示を出しているヤツがいる。
団長と思わしき者だ。
団長の口が動く。
ここからじゃ口が動いているしかわからねぇ。
隊列が再調整される。
なるほど三角形の陣で突っ込む気か。
俯瞰してみるのと地上で見るのでは大違いだな。
夜域の構造を読んでいるのか。
やっぱ練度の高い軍隊は違うな。
雪が俺を見る。
なんだよ。
わからねぇよ。
まあ、いい。
俺は合わせて頷く。
いいのか、これで。
雪は素早い。
「第一層、薄く」
「第二層、上げて」
「外縁圧縮」
霧が意図的に引く。
おいおい、そういうことか。
霧が現場で操作してるってヤツか。
でもどうやって意思疎通してんだこいつ等。
水盤に変化が出た。
騎士が前進だ。
地面が沈む。
ぬかるみなのか、それとも足がとられるほどなのか。
少なくとも誘いだしたな。
何ッ!
盾持ちの騎士が突然崩れた。
それが次々とだ。
何が起きた。
あっ、あれか。
釣瓶落としだ。
いつの間に配置していたんだ。
頭上から次々と落下。
盾を構える間もなく軋む。
あの重そうな盾なら無理だな。
そうそう持ち上げないだろう。
先頭の陣営を崩せば、陣が台形になるな。
あれは、砂かけ婆――
こんなのも自然かよ。
しかもかなり早い動きだ。
縫うように入りこんで目つぶしかよ。
砂なのか?
祝詞も間に合わねぇなあれじゃ。
ここからでも詠唱が乱れるがわかるぜ。
おいおいさがりまでいるのか?
足を咥える。
そのまま頭から食らいつく。
惨いな。
食いつかれたら最後全身食われちまうな。
雪が驚く。
「これは!」
さがりが喰らったあと、頭しかないさがりに人の手足が生える。
そのままさらに喰らい始めた。
これこそ地獄絵図。阿鼻叫喚だ。
隊列が崩れかけるどころじゃねぇ。
あんなのいたら、逃げ惑うだろ。普通は。
団長が動いたな。
即座に再編するとはさすがだな。
これは普通の森ではない。
自然妖怪の軍だ。
さあ、連中らどう出る気だ。
口の動きで読む。
カッコつけて思ったが。
無理。
口の動きなんかわからん。
飯食っているのと大差なく見える。
ああ、俺センスねぇ。
だってよお、今の動き、どう見てももぐもぐにしか見えん。
あいつら、粘るな。
神殿連中は壊滅しない。
盾を重ねる。
これじゃぬりかべ状態だな。
整然と隊列組んで後退。
団長が何か指示を出している。
隊列が揃う。
これは、次があるな。
皆で水盤に映る後退を眺める。
すでに凛は戻ってきた。
自然発生の妖怪たちの逆襲が強い。
なら、戻ってくるのが温存でいいだろう。
だからか、凛は不満そうだ。
カワは安堵。
雪は静か。
俺は水面を見る。
「均しに来るか」
でもな、次は削られる。
その予感が俺を背後から煽る気がする。




