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妖怪のいない異世界で百鬼夜行をどうすんだ? ――描くたび俺が削れる妖怪ブック  作者: 雪ノ瞬キ


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1話

 月が――二つ。


 知らない森。

 知らない空気。

 仲間が、倒れている。


 また異世界転移、か。


 何度目だろうな。

 俺はもう数えるのをやめた。


 だが、仲間は違う。

 ここで俺が立たなきゃ、百鬼夜行ごと折れる。


 俺は、妖怪結社、百鬼夜行の副統領。

 夜刀ノやとのかみ れいだ。


 なぜか、皆から慕われている。

 俺にはよくわからん。

 強いわけじゃない。

 賢いわけでもない。


 ただ、底まで空っぽなだけだ。


 なんてことの無い平凡な日のはずだった。

 ごく普通の昼間に起きた。


 足元に、見慣れぬ魔法陣。

 百鬼夜行の術式じゃない。


 俺は既視感を覚えながらも言った。

「なんだ。何が起きた」


 嫌な予感がした――

 次の瞬間、

 光が視界を塗り潰した。


 目を開ける。森。

 土の匂い。


 今回も召喚主に合わない。


 呑気な気持ちだ。

 だがそれどころじゃねぇ。


 喉が鳴った。

 怖い? 

 いや、今それ言ってる場合か。


 だが、俺は声を落とさない。

 俺が折れたら、結社ごと折れる。


「全員、いるな」


 名を呼ぶ。いつもの確認だ。

 いや、確認ってことにしておく。


「雪。カワ。凛……」



 仲間が倒れていた。

 雪女、河童、鬼。結社の連中が、無数に。


 ここで俺が立たなきゃ、終わる。

 ……なのに。

 

 膝が、ほんの少しだけ笑った。

「……笑うな」

 

 自分にだけ聞こえる声で吐き捨てる。

 俺は副頭領だ。

 震えるな。

 ここで震えたら、みんな消える。


「夜刀ノ神 零さま!」


 雪女が駆け寄ってきた。

 河童も飛びつく。

 鬼も血相を変える。


 だが――三歩も動けず、

 雪女の足が止まった。


「……寒い」


 声が細い。

 妖怪が“弱る”寒さじゃない。

 存在そのものが削れている。


「雪女、気を持て」


 手が震えている。

 いつもの彼女じゃない。

 氷が、皮膚の内側から広がっていく。


「零さま……力が……」


 河童が膝をつく。

 干からびたみたいに肩を落とす。

 鬼たちも同じだ。

 呻き声が、次々に途切れる。


 この世界、妖怪を受け付けてねぇ。


 理解した瞬間、雪女の体が軋んだ。

 氷像みたいに固まり、目が動かなくなる。


「雪女――!」


 間に合わなかった。

 完全に、氷像。


 音が消えた。


 風も、森も、全部止まったみたいに静かだ。


 呼吸だけが、やけにうるさい。


 歯を食いしばる。

 副頭領がここで止まるな。


「勝手に死ぬな。俺の命令だ」


 優しく言えば声が震える。

 だから命令にする。


 ……言い切った瞬間。

 俺の喉が、変な音を立てた。

 

 震えた。

 声じゃない。手だ。

 指先が、勝手に小さく跳ねた。

「……チッ」


 俺は拳を握り潰す。

 恐れも震えも潰した。


 だが遅かった。

 氷像になりかけの雪女の視線が、

 ほんの一瞬だけ俺の手元に落ちた。

 何も言わない。

 ただ、まぶたがわずかに揺れた。

 ……見たな。

「命令だ。生きろ」

 

 もう一度言う。

 今度は、震えが出ない音で。


 今、折れたら――全員ここで終わる。

 

 胸の奥が焼ける。

 本か。

 

 頭の中に、知らぬ声。


《妖怪記録書、起動》


 胸が裂ける感覚。


《適応不能個体、検出》

《再記述を推奨》


 書き直せ、だと?


 ――前もそうだが。

 今回も唐突にきたな。


 この世界は、妖怪を拒絶する。


 だから雪は、存在ごと凍らされた。


 だが――


 この本で“描けば”、妖怪はこの世界に成立する。

 感覚的にはわかる。


 代わりに、俺の中の何かが削られる。


 寿命か、魂か、それとも……。

 別の何かかは分からねぇ。


 だが一つだけはっきりしている。


 描けば、助かる。

 描かなければ、全員消える。

 

 金属の擦れる音。ガシャガシャ。

 松明の光が、木々の間で揺れる。



「魔物だ! 討伐しろ!」



 人間の兵。

 この世界では、俺たちは“魔物”扱いらしい。


 後方で鬼がうめいた。

 普段なら一撃で終わる相手に――膝をつく。


 手札がない。

 でも時間は作る。作らないと全滅だ。


 俺の口が勝手に動いた。

「俺の仲間に触るな」


 胸から黒いハードカバーが飛び出した。

 分厚いのに、中は真っ白。


 絵は描ける。

 壊れたもんの修復も、まあ得意だ。


 指先から黒い墨が滲む。

 空白に、線を走らせた。


 勝つ必要はない。時間を稼げばいい。


「ぬりかべ」


 黒い板を描いた。

 世界が、拒んだ。

 それでも押し込む。


 ページから黒い壁が出現。

 人の攻撃が全部止まる。


 俺は叫ぶ。

「退くなら追わない!」


 兵士風情の男は言う。

「な、なんだこの壁は!?」


 ダメか。

 俺の声など聞く耳もたないでいる。

 壁が左右に分かれた。


「や、やめろー!」

「ギャー!」


 突如壁で挟みこみ、兵士を押し潰す。

 壁に赤い染みが広がる。

 森が静まり返った。


「ば、化け物だー!」


「退けと言った。逃げたなら追わねぇ」


 残りは一目散に逃走。


 暗いのに視界が妙にクリアだ。

 影、濃くなってねぇか?


「……まぁ、使える」


 ページが黒く染まる。

《妖怪:ぬりかべ》


 胸の奥がチリッと焼ける。

 ……毎回これかよ。

 次は心臓止まるんじゃねぇの?

 ま、仲間が生きてるなら安いもんだ。



 そして別のページにも新たな表示がある。

《氷像化:雪女》

《適応率:0%》

《再記述可能》


 氷像化した雪女を見る。


「雪からだ」


 この世界で生きられる形に、書き直す。

 胸の奥がまた焼ける。


 ページを閉じた瞬間、空気が一瞬、重くなった。

 遠くで角笛が鳴る。


 一度じゃない。二度、三度鳴る。


《妖怪領域:発生》

《外部観測:確認》


 見られたし、逃がしたな。


 俺は氷像の雪女を見下ろす。

 胸の奥がまた焼ける。


「安心しろ」


 指先の感覚が、少しだけ薄い。

 月が二つ。本当に異世界だ。

 森の空気が、わずかに重い。


 分からないことだらけだが、関係ない。

 ルールも、本の正体も。


 だが一つだけ確かだ。


 描けば動く。

 次は――雪だ。




 王国・辺境伯領北部。


「伝令! 急ぎ伝令でございます」

「森で異常発生との報告です」


 地図の一点に小さな印が付けられる。


「魔獣か?」


「不明。生存兵は“黒い壁”を見たと」


 辺境伯は一瞥する。


「監視を強めろ。それだけでいい」


 印は小さいままだ。

 まだ、王都は動かない。

 


 森。


 俺は手を握る。

 まずは生かす。それだけだ。

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