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第九話 乱れる音

シオンは色んな秘密を知った。だが、結局自分のことを思い出すことは叶わなかった。

 あの雨の日から数日が過ぎた。シオンは以前よりも自分の記憶を追いかけることはなくなり、どちらかと言うと仕事に熱心に取り組むようになった。


 そんなある日だった。


 いつものように、記憶の書を集め終えたシオン。使用人に受け渡すため長い絨毯の廊下を歩いていた。その時だった。


 低い警報音がひねりを上げた。


 低く、鋭い警報音が辺りに鳴り響いた。聞きなれない警報音に驚き、シオンはその場に立ち止まった。

「何事でしょうか……?」


 周囲を見渡し、不安そうにつぶやいていた。しかし、そんな悠長な時間はなかったとすぐに思い知る。


 警報音がなっている最中、さらに近くにあった窓が割れた。パリンとガラスの割れる音がする。


 シオンは目を丸くして振り返った。そこには、見知らぬ男性が立っている。


 片手にはナイフをちらつかせ、黒いローブを身に羽織っている。シオンはそれをみて初めて知った。



 これが……敵。



 二人は睨み合っていた。正しくは、侵入者がシオンを品定めしているだけなのだが。

 シオンは記憶の書を抱きかかえて眉をひそめる。


「……貴方、何か用ですか?」


 まずは対話を試みた。


 例え戦闘力がなくとも、

 なにかできることを探すために。


 しかし、侵入者は答えなかった。相変わらず、冷たい刃を下に向けこちらをじっと見ている。


「答えませんか……。」


 使用人の到着を待つ間にも、ごく僅かだが侵入者はシオンのことを知っていく。


 魔力量、

 魔力属性、

 シンプルな身体能力。


 彼らは観察眼、あるいは魔眼によって相手の能力を瞬時に見抜く。だが、それすらもやり方を忘れたシオンにとっては、脅威であった。


 すると、意外にも侵入者のほうが口を開いた。

「……おとなしくついてこい。さもなければ痛い目を見るぞ。」

 先ほどまで静かに下ろされていた刃を持ち上げた。その矛先はシオンに向けられる。光が反射していた。ただただ静かに。


 シオンも不安を悟られないように見つめながら、小さく首を振る。

「理由がなければ、私はこの場を離れることはかないません。用事があるのでしたら、包み隠さず教えてください。」

 隙を見せないよう、背筋を伸ばしながら時間を稼ぐ。呼吸はわずかに乱れていた。


 すると、侵入者は「クックック……」と喉をならす。次の瞬間。




 侵入者が一瞬で目と鼻の先まで距離を詰めて、その刃を振りかざした。よけなければ怪我をする、やられるだろう。シオンはとっさに後ずさった。

 シオンの元居た場所に、鋭い傷跡が残った。窓ガラスは余波で割れており、破片が散らばっている。シオンはその威力を見ながら記憶の書を抱きかかえる。


 自分の身は後でいい。

 この記憶の書が傷つけられてしまったり、

 見られてはたまらない。


 シオンは物の数秒でそれを考えると、踵を返して走り出した。武器の持たぬ彼にできる唯一の行動。


 名誉も何もいらない。

 逃げるという選択だった。




 一歩でも遅れれば命はない。シオンは全力で走っていた。後方の花瓶が割れる音。自分と同じぐらいの速さで走る足音が聞こえる。

 だが、疲労の色を浮かべたシオンはすこしだけ不安そうに瞳を揺らす。


 その時だった。前方から別の足音がした。目線を上げると見慣れた人影が見えた。

 安堵したのか思わず声を上げる。

「ブルーさん……!」

 ブルーもシオンに気づくなりスピードを上げて、シオンの背中を預かる。

「シオン様、よくぞご無事で。記憶の書を持ってこのまま先へ進んでください。ここで足止めします。」

 ブルーの手には大きな鉄の盾が握られていた。ブルーの言葉を聞き、シオンは呼吸を整えながらコクリとうなずいた。

「ブルーさん、ご武運を。」

「はい。シオン様もお気をつけて。」

 二人の安否を確認しつつ、同時に駆け出した。

 シオンは安全な場所を目指して。

 ブルーはシオンを安全に導くために、敵に立ち向かう。




 シオンはがむしゃらに走り続けて玄関ホールについた。そこには一人の使用人がシオンを待っていた。

「おお、シオン様。おまたせ。」

 手をひらひらさせて、そこにいたのはキュラ。銀髪の髪を揺らしながら、隠し扉を開けていた。

「ささ、シオン様。ここに避難するよ。ついておいで。」

「はい。」

 キュラに連れられ、シオンは冷たい廊下を進む。日当たりは悪く、やや湿っていた。ようやく、落ち着けるからかシオンはキュラに尋ねた。


 不安そうに記憶の書を抱きしめながら。


「あの……敵は何人ですか?」

 ただの事実確認である。それを聞いたキュラは「んー。」と声を漏らしながら言う。

「ざっと二十人ってところかな。」


「二十人ですか……え、二十人ですか?」

 思わず、一度スルーして再度尋ねてしまった。キュラはいたって気にしていないようだが……。

「うん、二十人。ちょっと多いね。」

 そののんきさにシオンは目を丸くする。だが、後方での戦闘音が聞こえると気を取り戻した。




 しばらく歩いてたどり着いたのは、頑丈に作られた地下室。非常食や布団などのいつでも出せるように備えられているようだ。キュラはそこの近くにある本棚に、シオンの持っていた記憶の書を保管した。


「シオン様、封印魔法をお願いできる?」


 キュラにそう尋ねられ、シオンはコクリとうなずいた。<封印魔法>それは、一時的だが、記憶の管理者以外には触れられても中身が見えないようにするために使われる魔法である。


 シオンは本棚に手をかざして静かに目を閉じた。左耳についているイヤリングが、赤色に光り輝く。キュラはそれを見守りつつ、護衛をするようにとびら付近に移動した。

 手にはブルーとは違い銃が握られている。




 数時間後。時々なっていた誰かの声や建物が壊れる音、焦げたにおいが遠のき静けさが訪れた。キュラがしばらく水晶を見つめていたが、コクリとうなずく。そしてゆっくりシオンのほうを向いた。

「おわったってさ。建物がちょっと壊れたくらいだって。よかったね。」

 まるで、他人事のようにそういう彼はひらひらと銃を左右に振る。シオンはそれを見て、安堵したように肩を落とす。

「はい。よかったです。後片付けをしに行きましょう。」

 初めての敵、初めての襲撃だったが、どうにか乗り越えられたようだ。外はまだ明るい。太陽は今日も記憶の図書館を照らしていた。

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