第六話 目的のためなら
祭りの日から早数日が過ぎた。
今日は営業日。シオンはいつものように記憶の書を探しに足を運ぶ。使用人たちはその接客に追われている。何気ない日常かと思われた。あの日のキュラの話がアイカに深く不信感を募らせていた。
「いらっしゃいませ。こちらの用紙に予約番号と個人情報を記入してください。」
予約用紙を手渡し、ふと客の顔を見る。そこには目の下に隈がある女性がいた。
アイカは自然としばらく見つめてしまう。キュラの言葉からもそうなのだが、この客のことをなぜか何度も見たことがある気がするのだ。
アイカは顎に手を当てて考えたあと、質問する。
「……失礼ですが、お客様。先週も、先々週もここをご利用してくださってますか?」
そう尋ねると、女性はわずかに驚いたもののコクリと頷く。
「ええ、利用してますが……もしかして、いけませんでした?」
不安そうにそう尋ねて、アイカは小さく首を振る。
「いえ、そんなことはありません。ですが、かなり頻繁に使用されると、それ相当の理由を伺わないといけないケースがありまして。」
実際、そういうルールがあった。だが、めったにそういう客がこなかったため実行されることはなかったのだ。それを知らなかったのか女性はうろたえた。
「あ、あら、そうでしたの。じゃあ、言ったほうがいいのかしら?」
アイカはその様子を見て深呼吸をする。そして姿勢を正して言う。
「可能ならばお願いします。今回が難しいのでしたら次回でお願いします。」
丁寧に、刺激しないように。いろんなところに配慮をして女性にその旨を伝えた。
女性はそれを聞いて安堵したように胸に手を押さえ、小さく頷く。
「い、いえ、いずれ言わなきゃなんですよね?じゃ、その、今日言ってもいいかしら?」
アイカはその言葉を受けて少し目を泳がせた。アイカは少し不安だった。なぜ、こんなにも長期にわたって同じ書を同じ箇所を読み続けたのかって。深呼吸をして、笑みを浮かべる。平然を装うように。
「はい。問題ありません。ぜひよろしくお願いします。」
前に組む手はかすかに震えていた。
空き室へ案内をして、記憶の管理者であるシオンとアイカで話をすることにした。女性には紅茶を出しており、アールグレイの爽やかな香りが漂っている。
シオンが息を整えて早速たずねた。
「本日はお越しいただきありがとうございました。それでは早速、お話を伺いたいと思います。話したくないものでしたらこちらの用紙にご記入ください。」
見慣れない予約用紙とはまた別の項目が並ぶ紙。予約番号、個人情報、普通の閲覧する理由。それらに加えてなぜ定期的にきたのか。その情報をなにに使うのか。なにか、病気等はありますか。……など。少しだけ詳細を含んだ内容を聞くらしい。
シオンが差し出したそれを女性は受け取ると、羽根ペンで書き始める。
そして、書き終えたのか差し出してきた。
「確認をお願いします……。」
「承りました。」
シオンはそれを持ち上げると、アイカと二人で確認した。
女性の名前はアザミ。記憶の書を閲覧する理由は、過去の自分を見るため。……しかしその後が問題だった。
定期的にきた理由
『詳細まで確認するため。』
なぜ使うのか
『自分のために使うため。』
病気等はありますか?
『ない。』
とてもシンプルに、とても簡潔に、深いところまで書かれていなかった。シオンはそれをみて顎に手を当てながら尋ねる。
「すみません、アザミ様。自分のためとは具体的に何でしょうか。」
それを聞いてもアザミは話そうとはしない。
何かを隠している。
アイカは静かに言う。
「アザミ様。おっしゃらないなら、それなりに対応させていただく場合がございますが……それでもよろしいのですか?」
それでもアザミは話そうとしない。
しばらく沈黙が続いたとき、ガチャッと音を立てて使用人がやってきた。
その違和感に気づいたキュラが水晶片手に歩いてくる。
「どうも〜。お客さん?ねぇ、あんた……。」
「な、なによ……あなた。客に対してその態度はどうなのよ?」
アザミは立ち上がりすこし、声を荒げた。キュラは静かにそれを見るとはっきり言い放つ。
「……お客さん。本当の目的は"復讐"だな?」
「……っ!?」
それを聞いたアイカとシオンは目を丸くする。
「復讐……ですか……?」
記憶の管理者としての経験が浅いシオンは、それを聞いて不安そうに眉をひそめる。アイカはシオンの手を取り落ち着かせた後、アザミを見つめる。
「……図星ですね?」
「……なんでわかるのよ。なんで……!」
彼女は立ち上がった。黒い髪がブワッと風で舞う。拳は強く握りしめている。
キュラはそれを見ながら深く息を吐いた。そして、息を抑えながら言う。
「……僕らは何でも見えるんだよ。水晶を見れば。例えば"企み"とか。場合によるけどね。」
「……。」
アザミはそれを聞いてガクリと肩を落とした。日差しはまだ冷たく、その部屋を照らしている。この女性は一体何を企んでいるのだろうか。
「わかったわよ……いうわよ……。そうね……あの事故。相手が誰なのかわからないの。」
小さく、本音をぶつけてきた。キュラは腕を組み静かに聞いている。アイカも、主人の手を握りしめ真っ直ぐ目線を合わせていた。
アザミは続けた。
「だから犯人を探して、問い詰めたいの。何で私を狙ったのかって。……いえ、そもそもなぜあの事故が起きたのかって。」
しかし、キュラはそれを否定した。
「でも、そこからなんで復讐になるんだ?」
アザミは歯を食いしばりながら、声のトーンをさらに低くして言う。
「息子が殺されたのよ。同じ手口を使って。」
事故の内容はこうだ。魔力暴走により馬車が炎上。馬が止まらずそのまま建物に突っ込むというもの。……もはや事件と呼んでもいいレベルだったが、ここで邪魔してくるのが"魔法"という技術だ。
魔法は人によって得意不得意、調子が異なる。その日たまたま運が悪くその事故に遭遇したのなら、仕方のない話なのかもしれない。
だが、アザミが言うには二度目のようだ。
「私はまだいいのよ!息子は……まだ八歳で……。将来は警備隊になるって、張り切っていたのよ……なのに……こんなおばさんは生きて、子供が死ぬなんて間違ってるの!だから……だから奪ってやるの!!そんなことをする人間の命を!!」
感情論のように聞こえるが、実際にはたった一人の息子を失った悲しき母親の物語だった。聞いていた、キュラとアイカはその声を聞いて目を伏せる。そんな声を聞くのは何度目だろうか。この女性だけではない。生きてさえいれば何度だって起こり得ることだから。
しばらく様子をうかがっていたシオンは静かに尋ねた。
「……アザミ様。一つよろしいですか?」
「なによ!!」
アザミは正気を失い顔を赤くして怒っている。叫んでいる。何もかも、嫌だと言わんばかりに。
シオンは深く息を吐くと、困ったような表情を浮かべたまま言う。
「息子様は警備隊志望なのですよね。復讐をするということはつまり……犯罪者になるということ。それが成功しても息子様は喜ばれるでしょうか。それとも貴方の自己満足ではないでしょうか?」
その言葉は残酷でもあり、事実だった。アザミはそれを聞いて目を丸くする。そして、その場に泣き崩れた。
「そうよ……これは……ぜんぶ……自己満足だったわ……!目的のためなら……なんでもするって……。息子のためにって……。でも、ぜんぶ……空回りだったわ……!」
今日も、人々の記憶の書は紡がれる。例え、悲しい記憶だったとしても。
18時投稿といったのに、遅れて申し訳ありません!明日からは頑張りますので、気長に待ってください!




