第四話 二つの手
町で開かれているお祭りに記憶の管理者であるシオンと使用人のマリーとブルーの三人で行くことにした。
あの時の空気が過ぎ去った次の日。町で行われている祭りに行くことになった。Tシャツに伸縮性のあるズボンというシンプルな服装だ。普段はスーツだからか、そわそわとしている。
シオンが玄関ホールにて使用人を待っていると、一人の使用人がやってきた。まだ、名前はわからないがよく接客をしてくれる使用人だ。
「おはようございます。シオン様。イヤリングのほう、保管しますね。」
それを聞いたシオンは、ゆっくり左耳に着けているイヤリングを外す。蝶の形をしたアクセサリーのついたそれは記憶の管理者の象徴である。それを外すというのは外では普通の人と同じだと示すためだろうか。
「はい、確かに。それでは、もうしばらくお待ちください。」
「ありがとうございます。」
シオンの感謝の声を聴いた使用人はぺこりとお辞儀をする。そして、踵を返してどこかに向かった。その背中を目で追っていると別の足音が聞こえた。
「お待たせいたしました。」
「おまたせ~!主様!」
振り返ると、普段の仕事服ではないラフな格好をしたブルーとマリーがいた。
ブルーは青髪を活かして、黒のベストに白いワイシャツ。スラックスを着ている。ワイシャツには青の蝶ネクタイがつけられていた。
マリーはベレー帽をかぶり、かわいらしい黒と白をベースとしたワンピースを着ている。ワンポイントとして小さなカバンを斜めにかけている。
どちらも落ち着いた雰囲気だ。シオンはその姿を見るのが、初めてだったのか目を丸くしている。その視線に二人は気づいたのか、笑顔をこぼした。
マリーを先導に祭り会場へと向かっていく最中。ブルーがふとシオンに尋ねていた。
「シオン様。祭りとは何かご存じですか?」
その質問は本来、罵倒のように聞こえてしまうかもしれない。だが、記憶喪失のシオンにとっては助け船のようなものだった。
「祭り……というぐらいですから、特別なものですか?」
シオンは知ってはいたが、しっかりと理解はしていなかったようだ。しばらく先頭を歩いていたマリー。後ろを振り向いて説明を始めた。
「祭りは、神様とか自然とか、身近な人に対して感謝を込めて開かれる行事だよ。うちら、記憶の管理者が開催する<帰還祭>ってのも、故人の方々に今までもらった恩とか感謝を伝えるためのイベントって教えたでしょ?そんな感じなんだ。」
シオンはそれを聞いてコクリとうなずいた。ある程度理解を示したようだ。ブルーは目線をずらし、腕を組んだ。そしてボソッという。
「最近はそんなことを忘れて浮つき、マナーのなってないやつも多いが……」
ブルーの言葉にいち早く反応したマリーが、慌てて訂正した。
「おーい、ルーくん?それは言わないお約束!主様は気にしないでね~?」
二人は古くからの仲なのか、はたまた仕事を共に過ごすうえで作りあがった関係なのか。どちらにせよ胸が苦しくなるのをシオンはひそかに感じていた。
自分はここにいてもいいのだろうか。
いつの間にか、祭りの説明を聞いていたはずが自分らが開催する帰還祭の話になった。
<帰還祭>。記憶の管理者が代々開催している祭りを指す。もちろん、シオンもすでに昨年度経験済みだ。
故人の魂は本来天国に上るとされていた。何も感じず、何もできず人も魔物も空へあがると。しかし。五百年ほど前、記憶の書が魂のデータをそのまま使用し、記憶を保管していることが判明した。だから記憶の書は故人の魂そのものだという風潮が生まれたのだ。
それを、その時の記憶の管理者が活用して祭りという形ではあるものの言えなかったことを言える場として設けている。帰還祭。魂が戻ってくる祭りである。
「……で、機材の手配が済んだから明日にでも開封作業をやるって話だ。」
ブルーは淡々と業務連絡をシオンには敬語で、マリーにはタメで説明をしていた。マリーはコクリコクリと余分にうなずきながら相槌を打つ。ふと、シオンは首を傾げた。
「時期的に早くないですか?七月でしょう?」
今は四月。あと三か月先の話を今、確認しようとしている。確かに早い。普段の業務もあるため、忙しいのは間違いないのだがせめて一か月前でもいいのではないか。そんな疑問がシオンの頭にはあった。
ブルーはそれを聞いて、しばらく考えたのちコクリとうなずき説明をする。
「いつも頼んでいるところが六月休業するんですよ。なので四月、五月に不備がないか確認し、あったら別の業者へ頼もうと思いまして。だから早めに行動しております。」
「なるほど、そんな事情があったのですね。」
そんな話をしていると、マリーが立ち止まる。シオンとブルーはそのとき声をかけようとしたその時、マリーが振り返って言う。
「まって、もう着いたんだけど!」
二人もそれに気づき、立ち止まる。周囲はにぎわっていた。
水色、青、黄色……様々な色が目に留まる。それから、肉の焼ける音、その香り。じゃらじゃらとした小銭の音。楽しそうな子供の声。五感のすべてで感じることのできる祭りの雰囲気が、今じかに来る。
「多いですね……。」
シオンがそう声を漏らすと、ブルーも「ええそうですね。」と相槌を打つ。それほど、人が多かった。マリーは二人の元へ近づくと眉をひそめた。
「ねえ……ルーくん。なんか視線が多い気がする。」
「あ?」
シオンもその声を聞いて周囲を見渡す。今はイヤリングを外し、私服姿でプライベートだ。それに本来記憶の管理者の姿を知るものは少ないはずだった。
だが、どうだ。
祭りの入り口で立ち止まる三人を見てちらほらと、ささやき声が聞こえる。
視線を感じる。
『ねえ、みて。あれが記憶の管理者様?かっこよくない?』
『なんで、記憶を管理するやつがこんなところにいるんだよ。』
何重にも、いろんな意見が飛び交う。物珍しさから感嘆の声を。有名度から嫉妬の声を。世間的な部分から批判的な声を。
シオンの息が詰まる。マリーとブルーはどちらも眉をひそめて主人の手を取った。
シオンは目を丸くした。
両手がふさがる。片方は小さな手でかすかにふるえていた。片方は大きくもなく小さくもなく。だが強い意志を感じる。シオンは二人を見て声を漏らす。
「……マリーさん、ブルーさん?」
震える声だった。二人はシオンに目線を向ける。その顔はいつもの笑みを浮かべていたが、どこかよそよそしく感じてしまう。
いつもより、やや低い声でブルーが言った。
「ごめんなさい、主様。配慮が足りませんでした。」
いつもより、優しい声でマリーが言った。
「ちょっと移動するね。怖かったら目をつぶってて。」
二人とも自分を守ろうとしている。
それにこたえようと、シオンも深呼吸する。そして、はっきりとした声で言った。
「わかりました。行きましょう。」
二人の手を握り、一歩踏み出す。たとえ周囲にどんな目で見られていようとも、折れない心。記憶を失ってもなお持っていた。
<ゆるく説明>
帰還祭
記憶の書は、記憶を保管するために人や魔物の魂から出る魔力から記憶をコピーしている。そのことから記憶の書は魂そのものとなったようだ。
そして帰還祭では、故人となり魂だけになってしまった者どもへ感謝の気持ちを込めてイベントを開く。内容は、のちにわかるだろう。




