表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/16

第三話 霞んだ記憶

ひとまず前半の仕事が終わったシオン。自分を見つめなおすため、自室に向かう。

 ブルーが出ていったあと、シオンは自室へと引き返していた。記憶の管理者としての主な仕事は、記憶の書を探し、制限魔法をかけてその後返すのみ。


 一見、シンプルで誰にでもできそうな話であるがそうとは言えない。記憶を失った彼も、記憶の管理者に選ばれる素質があったのだ。


 シオンはようやく自室にたどり着き、そっとドアノブに手を添えた。ガチャリと乾いた金属の音を立てて、部屋に入る。


 中は客室よりも家具は多いが、あまりこだわっていないように見受けられる。シオンはざっと見渡した後、窓を開いた。


 季節は春。中庭に一本だけ咲いている桜の木がかすかに揺れている。穏やかな風に乗って花弁が部屋へ入ってきた。シオンはそれを静かに見守りながら、窓のそばにある椅子に座る。頬杖をつき、ぼんやりと遠くを眺めた。


「……。」


 記憶の管理者と聞いて、自分はなんでその役目になれたのかをあまり覚えていない。使用人たちからは、記憶があいまいな時に説明しましたと言われるだけで、根本的解決に至っていなかった。しかし、それをもう一度追求するほどシオンは強くなかったようだ。


 風にしばらく揺られていると、ふとつぶやいた。


「……どうしたら、記憶を思い出せるのでしょうか。」


 記憶の管理者になるゆえのマニュアルにすら載っていない、自分自身の記憶喪失の治し方。あるとしたら他人の記憶喪失の治す方法だけだ。それほど、自分が例外なのだと痛感する。


「自分の記憶の書を探すにしても、名前すらわからない……。出身地も、家族関係も。何もかも、覚えていない。それに……。」


 いつものように記憶の管理者になるための、マニュアル本の一ページ目に手を触れた。そこには残酷にもこう書かれている。


 ー記憶の管理者は、自身の記憶の書をみてはならない。また、他者にも見せるべからず。ー


 つまりは、永久に封印すると同義である。だからこそ、自身のことを知る手段は自分自身しかないのだ。マニュアルを読む自分の手が震える。何も覚えていない。そもそも、思い出したらどうなるのかわからない。記憶喪失の原因によってはここを出なければならないかもしれないと、思い込んでいる。


 だから、無意識のうちにここにいたいと心の声が脳にまで影響を及ぼしていた。自分を思い出そうとしてもさらに自分があいまいになるだけだ。


「……誰かに頼るとしても、いったい誰に?」


 使用人たちは確かに信頼できる。いつでも自分のそばにいてくれて、安心できるのかもしれない。だが、それ以上も以下でもない。仕事柄ともにいるだけ、そんな関係性が今形成されている。そこに、記憶喪失の自分が簡単に立ち寄ることはできなかった。


 そんなことを考えていた時、コンコンとノックがする。シオンは視線を外からドアへ移すと声をかけた。


「はい、どうぞ。」


 ドアの先から「失礼します!」と声がして、入ってきた。




 入ってきたのはブルーではなく、まだ名前の把握していない使用人だった。サンドイッチを二つ持ってきて、部屋の中に入ってくる。シオンはしばらくその行動に視線を向けていると、使用人が話し始めた。


「あんまり思いつめちゃだめだよ、主様。はい!サンドイッチ。」


 手渡されたお皿には、卵とハム、レタスの挟まったサンドイッチがある。シオンは「ありがとうございます。」と会釈するとそれを受け取った。使用人はにこにこしている。


 まるで、自然体の自分を受け入れてくれているように。


「いただきます。」


 一口かじると、味が広がる。卵の甘い味に、しょっぱいハム、そしてシャキシャキとした新鮮なレタスがハーモニーを刻んだ。無意識のうちに笑みをこぼすほど、完成度の高いサンドイッチだった。


 使用人も隣で食べ始めており、「んー!おいしいね!」と気さくに声をかけてくれる。それが何よりうれしいとはシオンも気づいていなかった。


 しばらく、黙々と食べていた時。ふとその使用人がシオンに尋ねた。


「主様。そういえば、町のほうでお祭りをやっているみたいだよ。行ってみる?」


 その話は初耳だった。シオンは食べる手を止めて使用人を見る。


 ふと、視線をあげるとそこにはキラキラと目を輝かせる小柄な少女がいた。金髪のボブヘアー、茶色の目をまっすぐシオンを貫いている。


 しばらく戸惑っていると、その少女はハッとしたように言う。


「あ、名前わかんないよね!うちはマリー・ガーベラだよ!よろしくね!」


「マリー・ガーベラ……。」


「うん!マリーって呼んでね!」


 妙にしっくりくる名前だと、シオンは思った。マリーは嬉しそうに「えへへ。」と両手で頬に手を当てて笑みを浮かべている。その笑顔を見て、シオンは胸の奥がざわついた。


「……すみません、忘れてしまって。」


 自然と口にしていた謝罪は、本心だった。それを聞いたマリーは慌てて否定する。


「いやいや、主様はなんも悪くないよ!もっと気を配るべきだってみんな反省してるよ。だから謝らないで~!」


 手を前に伸ばしてぶんぶん振っている。全力の拒否だった。シオンはそんな彼女を静かに見ていたが、あまりにも必死だったのかクスッと笑ってしまう。


「……ふふ。」


 その声を聴いたマリーはバタバタしていた手を止めて、再度太陽のような笑みを浮かべた。


「いま!わらった!!」


 シオンはハッとしたように目を丸くするとじわじわと顔を赤らめていく。さっきまでの冷たい雰囲気はどこに行ったのだろうか。記憶がなくてもここにいる。そんな実感が彼をまた引き留めた。




 祭りは、許可を得ていくことが決定した。さすがにみんなで行くと目立ってしまうからか、名前を知っているブルーとマリーと三人で行くことにしたようだ。


 シオンに気を配り、なるべく安全なルートで楽しめそうなプランを考えている。今は営業が終わり、休憩時間だろうか。


 シオンは、いつものように座ってその光景を眺めている。相変わらず手伝おうとして休めと言われてしまったらしい。本人がそれを拒まないのもいつもの光景である。だが、今日だけで二人の名前を知れた。それだけでシオンの胸はぽかぽかと温まっている。


 ふと、使用人たちの後片付けを見て疑問に思う。先代の記憶の管理者はどんな人だったのだろうかと。自分が来た時点でもういなかったらしい。死んだわけでも行方不明でもない。じゃあ、いったいどうして?たまたま通りかかったブルーに尋ねた。


「ブルー。今少しよろしいですか?」


 ブルーは話しかけられるなって思っておらず、手に持っていた箱を落としかけた。シオンもそれを見てびくりとする。ブルーは慌てて態勢を立て直すと、シオンを見る。まるで大丈夫ですと言わんばかりに。


「は、はい。何でしょうか?」


 わずかに声を裏返しながらその場にとどまる。ブルーは何を聞かれるのかと不安そうにしている。シオンは尋ねた。


「先代の記憶の管理者はどのような方でしたか?」


 その時、周囲の空気が止まった気がした。ブルーは静かに目を背ける。近くにいた別の使用人も静かに息をのんだ。その空気を察してシオンは小さく息を吐いた。


「……すみません、なんでもないです。」


 しかし、知ってしまった。自分の過去を知る手掛かりがまだ残っているということを。

〈追記〉見やすくしました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ