第二話 彼らの日常
あらすじ
千年以上続く、記憶の管理者十七代目のシオンは記憶喪失だった。そんな中でも彼は、使用人とともに業務に励んでいる。
記憶喪失。シオンはその中でここ記憶の図書館に勤めている。覚えているのは名前だけかと思われるが、それも違う。何も覚えていなかったのだ。使用人曰く、記憶の図書館の数キロ先で倒れていたそうな。
だから、シオンは時々、考えてしまう。ここに自分の記憶の書はあるのだろうかと。
五冊の記憶の書を手に持ったシオンは、その思いを胸にゲートに入り、帰りの地下の道を歩いていく。
隠し扉から出てくると一人の使用人が待ち構えていた。男性の使用人だ。シオンは相変わらず口元をみて、使用人だと判断している。
「シオン様。そちら、お持ちします。」
「ありがとうございます。」
シオンは五冊という、重いそれをその使用人に手渡した。使用人は、名前等の不備がないか一冊一冊丁寧にみるとコクリとうなずいた。
「確認できました。制限魔法のほうはかけましたか?」
記憶の書は今の状態だと、プライバシーの風上にも置けない。そこで、記憶の書を見たいという予約者の要望を基に見れる範囲を制限する魔法。それが"制限魔法"だ。
シオンは運ぶのに夢中になってまだやっていない。小さく首を振り言う。
「今から行おうと思っておりました。」
それを聞いた男性の使用人はコクリとうなずいた。
「かしこまりました。それでは空き部屋へご案内いたします。」
シオンはその背中を追って歩き出した。
しばらく二人は無言だった。朝の日差しが差し込む廊下で、一つ使用人が声をかけた。
「……そういえば、シオン様。」
「はい、何でしょうか。」
使用人はふっと息を吐くと振り返る。シオンも自然と視線を上に向けた。そういえば、初めて顔をちゃんと見たのかもしれない。
青い髪、青い目。そして、特徴的なとんがった耳。シオンを見つめながら、どこか不安そうな表情を浮かべている。しばらく沈黙した後そっと尋ねてきた。
「……俺の名前、覚えてますか?」
「……。」
彼の声はひどく静かだった。呆れでもない、かといって無感情でもない。シオンは目を伏せた。
「ですよね……すみません。そもそも記憶を失いたての頃に慌てて自己紹介したものですから。」
彼はそう、申し訳なさそうに言葉を付け加える。それに勢い任せにシオンは声を出した。
「そんなことはありません!私が、甘えてばかりなのです……。よければ、名前を教えていただけないでしょうか。」
緊張で、手が震えている。声もだんだん自信を無くして小さくなったのをシオンは自分で感じた。しばらく無言が続いた。
恐る恐る視線をあげるとそこには、先ほどの悲しげな表情よりもどこか驚いたような表情をした使用人がたっている。そして、照れくさそうに笑みを浮かべると、ようやく名前を口にした。
「わかりました。改めまして、シオン様。俺はブルー。見た目通りなのでわかりやすいと思いますよ。」
シオンはブルーを隅々まで見た。まるで、空っぽの自分に刻み込むように。服装は黒をベースに、首元には白のジャボがついているシンプルなもの。
意外と小柄ではあるものの、落ち着いた雰囲気が感じられるだろう。シオンはその行動に集中していると、ブルーは小さく笑った。
「……シオン様、その……恥ずかしいです。」
その声にようやく正気に戻ったのか、シオンは数歩後ずさる。
「す、すみません!つい……」
「いえいえ、シオン様が俺に興味を持ってくださり、うれしい限りです。さて、シオン様。長く話し込んでしまいました、部屋へ再度向かいますね。」
踵を返して、再度歩き始める。シオンはその場で考え込んだ後、その背中を追うように歩いた。
着いた部屋は、シンプルな机とソファの置かれた、殺風景な部屋だった。本来は緊急用の客室にしているらしい。ブルーは慣れた手つきでシオンを席に座らせると、入り口付近で待機した。
それを合図に、シオンはようやく自分の二つ目の仕事<制限魔法の作業>に取り掛かる。
予約者リストの内容を目で通して、一冊記憶の書を手に取る。丁重に、表紙を表にして机に置く。そして、右手をかざした。カランとイヤリングが光る。以前は水色だった光が、今回は淡い紫色で、じわじわと記憶の書に注ぎこまれていく。その光景を見ているのはシオンとブルー二人だけだった。
数秒もしないうちに完了したらしい。シオンはほっと胸をなでおろすと、あと四冊も難なくこなした。記憶喪失だとは言え、魔力量はあるらしい。まったく疲労を感じさせずに、すべて終わらせた。
ブルーは終わり際にシオンに声をかける。
「お疲れさまでした、シオン様。そちらは、こちらでお渡しいたしますので、しばらく休憩なさってください。」
「わかりました。ありがとうございます。」
記憶の書をまた、丁寧に手渡すと、ブルーはそれを受け取った。確認が済むなり、シオンよりも先に部屋を後にする。その姿をしばらく目で追った。
一人になると殺風景な部屋がさらに広く感じて妙に落ち着かない。あの記憶の書がたくさん並んだ部屋よりも、断然居心地が悪い。
「……ブルー。」
先ほどいた使用人の名前を口にした。なんとなく、胸が温かくなっていくのを感じるだろう。ぎゅっと手を握るとようやく立ち上がる。
「今のうちに、自分の手掛かりを探さなければ。」
全ては、迷惑をかけないために。
一方そのころ。記憶の書を手に持ったブルーは、受付をする場所、玄関ホールにたどり着いた。もう一人の使用人が、羽ペンでなにかを書いている。それに、声をかけた。
「アイカ。予約分の記憶の書をもってきた。」
アイカ。そう呼ばれた女性はその声の方向へ視線を向ける。長い赤の髪を下ろし、暗めの赤い目でそれを見る。そして、クスッと笑みをこぼした。
「ブルー。手がプルプルしてますよ?またやせ我慢ですか?」
指摘されたブルーの手は、五冊の重みで確かに震えていた。ブルーはやや不機嫌そうに目を細めた。
「……気のせいだ。」
それを聞いたアイカは、笑みをこぼしながら、気のせいだということにしてくれた。自然に手を差し伸べて五冊の記憶の書を受け取る。ブルーの手はようやく解放されたように、そこに佇んだ。
ブルーは目を横にそらしながらつぶやいた。
「シオン様、やはり我々の名前を憶えていなかった。」
それを聞いたアイカは確認していた手を止める。そしてゆっくり視線をブルーに向けた。
「……そうでしたか。」
考え込むように記憶の書の側面をじっと見る。ふっと息を漏らすと、ブルーに言った。
「ならば、ほかの使用人も少しずつ話をしてみましょう。今の私たちにできるのはいつでも寄り添う覚悟だと思いますので。ブルーも、気を張りすぎないでください。シオン様が一番、悩んでいますから。」
ブルーはその言葉にハッとしたように目を見開く。バツが悪そうに頭をかいた。
「……ああ、そうだな。」
アイカは、そんなブルーの様子を横目に見つつ、確認作業を終えた。トントンと机を使ってそろえる。
「……確かに受け取りました。ブルーはこれから昼食を作りに行くのですね?今日は何のメニューですか?」
仕事の合間に、彼らの日常も進んでいく。アイカに尋ねられた、ブルーは顎に手を当てて悩んだ。
「午後も仕事があるから、手ごろなやつにするよ。多分サンドイッチかな。」
その言葉に、アイカは嬉しそうに手を合わせて言う。
「いいですね、サンドイッチ。楽しみにしていますよ。」
ブルーはアイカの反応を受け、嬉しそうに耳を動かしながら言う。
「おう、まかせろ。」
まだ、使用人と主との壁は厚いものの、この環境はいつも通り穏やかに進んでいく。たとえ、季節が変わろうとしていても。
初日に六人の方が見てくれてうれしかったです!ありがとうございました!
<ゆるい説明>
制限魔法
なんでも情報が見れてしまったり、書き換えられたりしてはいけない。だからこそ制限する必要があるらしい。記憶の管理者のイヤリングを持つものしか使うことはできないようだ。属性は光。
〈追記〉 内容はほとんど変えず、見やすくしました!




