第十九話 家族にあてる贈り物
ナルミがシオンに直接お願いした。
愛犬のヒマリのために、プレゼントを贈りたい。そのためにヒマリの記憶の書を閲覧したいと。
その前向きな姿勢に、シオンは承諾し客室を出る。
その最中、アイカとナルミは菓子の話で盛り上がっていた。
数分後。シオンは一冊の記憶の書を持ってやってきた。
「お待たせいたしました。こちら、ヒマリ様の記憶の書でございます。好物の内容のみ閲覧できるようにしたので、ご確認ください。」
記憶の書は額縁が金色で、まるでヒマワリのようなデザインだった。ナルミはその記憶の書を恐る恐る受け取り、じーっと観察する。
「これが、ヒマリちゃんの……」
「はい。そうですよ。」
シオンの相槌にナルミはきゅっと背筋を伸ばして、その記憶の書を見た。シオンと赤髪の使用人アイカは彼女の様子を見守る。
制限魔法は特定のページだけでなく、内容を絞ることも可能である。パラパラとめくるナルミの目にはその時好きになったものや、ことが書かれていた。
初めて食べた「肉」。
初めて遊んだ「公園」。
初めて呼ばれた「名前」。
どれもこれも、ナルミにとってかけがえのない思い出だった。愛犬のヒマリとは長い間ともに過ごしていたらしい。ページをめくるごとに小さくリアクションをしていた。
そうして、パラパラとめくっていた時だった。とあるページで手が止まる。
「おじいちゃんが作ったクッキー……」
ナルミの声のトーンが一段と下がった。どうやら、それが今のヒマリにとって一番好きなものらしい。
ナルミは少しだけ目に涙をためながら言う。
「おじいちゃん、去年お空に行っちゃったんです。」
つまりは、亡くなったということだろう。ということは、その味を二度と食べられないということだ。
ヒマリが一番好きなものを送るという目標は達成できなくなるだろうかと、ナルミは不安になっている。
それを聞いたアイカは一つ訪ねた。
「……ヒマリ様はもしかして甘いものが好きなのでは?」
ナルミはアイカの言葉にコクリとうなずく。
「はい!クリームとか、よく食べます!」
アイカは彼女の言葉で察した。
大好きな人が作ってくれるものが好きなのではないかと。その中で特に甘いものだということを。
アイカは、少し考えた後立ち上がった。
「少々お待ちください。」
「はい……。」
アイカは不安そうに返事をしたナルミを置いてどこかへ行った。隣にいたシオンも把握してない。
「アイカさんは一体何をしに行ったのでしょうか?」
シオンの口からそんな疑問が漏れた。
数分後、やってきたのはアイカではなく青髪の使用人ブルーだった。ナルミに出したクッキーを作った人である。
「はじめましてナルミ様。当館の料理を担当しています。ブルーと申します。本日はお越しいただきありがとうございます。」
「よ、よろしくお願いします。」
青い髪を静かに垂らし深くお辞儀をした。ナルミもつられて会釈を返す。
ブルーは顔を上げるなり早速来た理由を話した。
「先ほど、アイカより聞きました。ヒマリ様の好物がクッキーと。そしてそれはお祖父様が作った品物であると。でも、我々はそれだけではないと考えました。」
そして、ナルミにいくつかのプリントを渡す。それはレシピだった。
「記憶に残るものは、特に人と人とのかかわり、コミュニケーションが多い。もちろん、言葉が交わさずともつながるものもございます。ヒマリ様はきっと、大好きなご家族からのプレゼントならなんでも喜ばれると思いますよ。」
ナルミはその言葉を聞いて、目を丸くする。
彼女は、そのものを作り与えることしか考えていなかった。そこに”かかわり”や”コミュニケーション”を含めていなかったようだ。
「なんでも喜んでくれるんですか?」
ナルミの言葉にブルーはうなずいた。
「ええ。気持ちを込めれば必ず、喜ばれると思います。そして、そちらのレシピはご愛犬でも食べられるものとなっております。もしよろしければご一緒に作ってみますか?」
ブルーの提案は、ナルミにとってさらに予想外だった。だが、それを断る理由もむしろお願いしたい気持ちのほうが強かった。
バッと立ち上がり、「お願いします!」と元気よく返事をした。形は変われど、ナルミは愛犬のヒマリに向けてかけがえのないプレゼントを用意できそうだ。
ブルーとナルミが二人で食堂に向かう様子をシオンと追憶蝶のアスターは見送った。ここからは、彼女らの時間である。
そう思ったのだろう。ブルーを呼びに行って戻ってきたアイカと、三人で客室に残っていた。
シオンはアイカに尋ねた。
「ブルーさんて。ずっと料理を担当しているのですか?」
彼の料理はいつもおいしい。朝、昼、夕すべて栄養バランスのいい食事を用意してくれるのだ。
シオンは小さく首をかしげてアイカの言葉を待つ。
「ええ。ずっとそうですね。他の使用人も作れなくもないですが、彼に勝てるかどうかはわかりません。それに、適材適所というものです。」
「適材適所?」
ふわふわと漂っていたアスターが尋ねた。アイカはそちらを向いてコクリとうなずく。
「私は接客を得意としているため、普段からカウンターで受付をしております。ブルーは料理が得意なのでそこを担当しているんです。他の使用人もそうですよ。」
アイカはそのあと考えるように目線を上げながら言った。
金髪の使用人マリーは、お買い物が得意。どこで安いか、どこで新鮮かを把握しているため普段は買い物担当をしている。
銀髪の使用人キュラは武器を作るのが得意。それと並行して備品整備と管内の設備の調節をしている。ただ、のんびりとした彼は接客は不得意。だから裏方担当がメインだ。
赤紫色の髪をした使用人アヤメはセキュリティ系が得意。だから基本は警備システムで監視をしていると。
アイカは仲間のことを嬉しそうに語った。何日、何年、何十年とともにいたからだろう。互いに理解しつくしているようだ。
シオンはそんな彼女の言葉に静かに耳を傾けた。
しばらくして語り終えたアイカが、ハッと気づいたように口を止める。
「すみません、一方的に話過ぎました。」
彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめた。シオンは小さく首を振り言う。
「いえ、とても貴重な話をありがとうございました。」
その言葉にアイカはほっとしたようにうなずく。
一方その時、ブルーとナルミは食堂に来ていた。
「まずは、クッキーは作ったことありますか?」
ブルーが静かに訪ねた。ナルミはブンブンと首を横に振る。どうやらないらしい。
「わかりました。では、レシピ通りいきますよ。」
必要な材料はすべて、ブルーが用意した。すべて小皿に載せられており
ナルミはよくわからず、手に取ってぼーっと眺めている。
首を傾げながら尋ねた。
「これでヒマリちゃん用のクッキー作れるんですか?」
ブルーは静かに頷く。「はい、そうですよ。」と、優しくいい手取り足取り教えながら、二人で料理をする。
その作業はとても手慣れていた。
ナルミはレシピを見ながら、カチャカチャと材料を混ぜたり生地を伸ばしたりしている。
その時、ふと気になった。
「使用人さんはほかの人にも教えたことあるんですか?」
ブルーは彼女の問いにこくりと頷く。
「ええ。過去に二度ほど教えました。」
「すごいですね……!」
ナルミはキラキラとした目を向けた。ブルーの脳裏には懐かしくも苦い誰かの笑顔が映った。
「いや、そんなことはありません。はじめはどう伝えたらいいかわからず、材料を無駄にしてしまいましたから。」
そう、遠い目をしながらも、手は止まらない。その手つきは、やはり熟練している。
数時間後、食堂にはいくつかのクッキーが焼きあがっており、香ばしい匂いを漂わせていた。ナルミは一つを手に取りにこっと微笑んでいる。
「これにします!」
彼女の手には、色鮮やかなヒマワリのアイシングクッキーが握られていた。手伝ったブルーはその選択に小さく微笑む。
「いいですね。ラッピングはいかがしますか?」
机の上に並べられた袋たち。ナルミは目をキラキラさせながら緑色の袋を選んだ。
きれいにラッピングをして、ようやく形になったそれはかけがえのない思い出の一つだ。ナルミは嬉しそうに目を細めている。
ブルーはそれを見ながら思った。
今日もまた、この図書館に新しい記憶が刻まれた。
〈追記〉
投稿に間に合わせるために割愛していたシーンを入れました!よければ見ていってください!
(ブルーとナルミのお料理レッスン部分です。かなり短いです。)




