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第十八話 子供のお願い

 風がだんだん、冷たくなっていき秋の訪れを感じる今日も記憶の図書館は営業中だ。

 何もトラブルなく淡々と進んでいた。だが、時刻が昼をすぎた頃不思議な客がやってきた。


「あの……」


 弱々しく尋ねてきたのは、十歳ほどの女の子だ。金貨を握りしめてカウンターから顔を見せている。

 カウンターにいた赤い髪の使用人アイカは、その姿に気づくと小さく微笑んだ。


「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」


 女の子はビクッと肩を震わせた。緊張のせいか、口をパクパクと動かしている。アイカはその様子に合わせるように、静かに待ち続けた。


 女の子はゴクリと息を呑むと、勇気を出して言った。


「記憶の管理者様にお願いしたいことがあるんです……!!」


 その声を周りの客も聞いていたのか、静まり返る。そしてざわざわと何かを話している声が聞こえる。

 こんなことを言われたのはアイカも久々だった。彼女は少し沈黙を浮かべたあと尋ねる。


「記憶の管理者に直接ですか?」

「はい!」


 震えながらも、キラキラと期待に満ちた目をこちらに向けていた。アイカはその純粋な瞳に思わず言おうとしていた言葉を忘れてしまう。


 記憶の管理者は会おうとして会えない。プライバシーというよりも、安全面を考慮して基本お断りしている。それは記憶の図書館の方針だ。だから、目の前の女の子も例外ではない。

 すこし考えたあと、アイカは女の子に理由を聞いた。


「ちなみに、どうしてですか?」

 女の子はそれを聞くと、ポケットの中から一枚の写真を取り出す。その写真は犬の写真だ。


「この子の記憶が見たいんです。たしか、頼めば見せてもらえるって聞きました……。」


 アイカはその写真を見る。金色の毛並みをした舌を出して楽しそうに駆け巡る犬が写っていた。躍動感があり、嬉しそうなところから愛されていることが見て分かる。

 記憶の書を見れるのは本来自分だけで、他人の物を見るには記憶の管理者であるシオンに直々に許可が必要だ。この女の子はそれを理解しているらしい。


「はい。その通りでございます。ちなみにそのこの名前と、誕生日を教えていただけますか。それから、なぜ見たいのかを詳しくお聞きしてもよろしいですか?」

「名前はヒマリです。誕生日は……七月六日です。見たいのはその、お迎えしてから一年たったので何が好きか知りたくて。プレゼントしたいんです。」


 アイカはそれを聞いて、ふっと笑みをこぼす。なんともかわいらしい理由だったからだ。アイカはゆっくりと立ち上がると、女の子に向けて優しい声色で言った。


「確認してまいります。少しお待ちください。」


 その子は嬉しそうに微笑んだ。




 シオンはちょうど予約者分の記憶の書を集め終えており、追憶蝶のアスターとともに廊下にいた。アイカは深くお辞儀をすると、さっそく要件をいう。

「シオン様、お疲れ様です。特別なお客様がいらっしゃいました。」

 それだけでシオンに要件が伝わったのか、アイカのほうへ体を向ける。小さく微笑み、紫色の目を細めた。

「どのような方ですか?」


 アイカは先ほどのやり取りを簡潔に伝える。

「大事な家族にプレゼントを贈りたいとのことです。そのために情報収集として記憶の書を見たいとおっしゃっていました。人ではなく犬様でして、言葉が通じないから文字で確認したいということでしょう。いかがなさいますか?」


 シオンはアイカの言葉を受け、「わかりました。客室へ案内をしてください。」と指示を出す。

「かしこまりました。」

 アイカは再度深くお辞儀をして先ほどの子供のもとへ行く。

 その表情はどこか安堵していた。


 その背中をシオンとアスターは見守っている。スーツの襟元には銀髪の使用人キュラに発明してもらったラペルピンがついており、自然と会話ができていた。


「アスターさんは家族のこと覚えていますか?」


 シオンの問いに、アスターは静かに答える。


「ううん。まったく。」

「ですよね。私もです。」


 そんな会話が静かに秋の陽ざしの入る廊下に落ちた。




 客室に案内された女の子ナルミは、緊張しながらも再度シオンに説明した。

「あの、その。ヒマリの好きなものを知りたいんです。そのためにヒマリの記憶の書を見せてほしいです。」

 ぎゅっと目をつぶって、言い終えた。また震えている。

 恐怖からか、不安からかはわからない。ただ、ここまで来たというのはとても勇気ある行動だ。シオンはその勇気に免じてそっと彼女に手を伸ばして、そっと頭の上に手をのせた。壊れ物に触れるように優しく、丁寧に動かす。

「わかりました。ヒマリさんの記憶の書を取ってきます。よく頑張りました。」

 シオンの掌が離れると、ナルミは驚いたように瞬きをした。頭に残る温もりが、緊張で固まっていた心をゆっくりと溶かしていく。シオンが部屋を出ていったあとも、しばらくその余韻に浸っていた。

 アイカは、そんなナルミに青髪の使用人が作ったクッキーを差し出す。


「よろしければ、クッキーを召し上がってください。」


 それは、丸くこんがり焼けているラングドシャだった。甘い香りが客室に漂っている。ナルミはそれを見てキラキラと目を輝かせた。


「い、いただきます……!」


 ナルミが恐る恐る一番近くにあったクッキーを口に含む。すると「んー!」と嬉しそうな声が漏れた。アイカはそれをほほえましく見て、小さくつぶやく。


「おいしいですか?私もクッキー好きなんですよ。」

「はい、おいしいです!私も好きです。」


 いつの間にか、震えは収まりおいしそうにクッキーを頬張っている。アイカは気を落ち着かせるためにさらに会話を続けた。


「とくに、このラングドシャ。サクサクしていておいしいですよね。ナルミ様は他に何か好きなものはありますか?」

「ええと……あ、カップケーキ好きです。よくお母さんが焼いてくれるんですよ。」

 アイカは目を細めてうなずく。アイカは使用人の中でも特に接客に携わっている。だからこそ、距離感というものを理解しているのだ。

 それ以上に、目の前の客の警戒心を弱めてあげたいという気持ちのほうが大きそうだが。

「素敵なお母様ですね。話を聞いていたら食べたくなりましたね。今度彼に頼んでみます。」

「作れる使用人さんいるんですか?」

「ええ。このクッキーもその使用人が作ったのですよ。」

 シオンが来るまでの間、アイカは少し臆病な客ナルミとの菓子トークに花を咲かせた。その花は止まることを知らないように次々と浮き出て、進んでいく。


 そんな穏やかな時間が流れる中、外では紅葉した木々が相変わらず揺れていた。

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