第十七話 使用人の実験対象
追憶蝶アスターが、記憶の管理者の一員となってからはや数日が過ぎた。
基本シオンと共に行動している。
今日は休日で、シオンはアスターと共に館内を見て回っていた。その時、遠くから、重い足音が聞こえてくる。ドン……ドン……と、地鳴らしを鳴らしているような音だ。こんな足音の使用人はいない。
さすがの違和感に、シオンとアスターは恐る恐る振り返った。そこには何かをたくさん持つ銀髪の使用人キュラがいた。
「おはよー。シオン様、アスター様。例の試作品できたんだ。今、時間大丈夫?」
首輪のようなものから小さなデバイスまで、たくさんの魔道具がキュラの腕の中にあった。キュラはいつにもまして嬉しそうに微笑んでいる。
「歓迎会の際に話していたものですか?」
シオンが首を傾げてそう尋ねた。キュラはコクリと頷く。
「そうそう。やっぱりあのデカい意思疎通の魔道具じゃ不便でしょ。だから、石板の仕組みを解読して僕なりに作ってみたんだ。試していかない?」
いつもよりも流暢に話すキュラ。シオンは目を丸くして隣にいたアスターを見る。アスターはそもそも出会いたてホヤホヤなため困惑しているようだった。
それでも、特に用事もなかった二人はしぶしぶうなずく。基本やり取りを一つの石板で行うのは大変だったようだ。
「わかりました。……それ、持つの手伝いますね。」
「わあ、シオン様やさしい。よろしくね。」
シオンはキュラの腕の中からいくつかの魔道具を受け取った。ズシリと何とも言えない重さが加わる。そのままキュラの隣に行き、一緒に廊下を歩く。アスターもまた近くで飛んでいた。
廊下で歩いていると、キュラがぽつりとつぶやく。
「僕ね、そろそろシオン様、記憶を思い出すと思うんだ。」
独り言なのか、シオンに向けていったのかは定かではない。だが、その言い回しにシオンは足を止めた。
使用人たちは、いつもそうやって先回りをして教えてくる。以前から水晶を見れば何でも見れると言っていたのだが……。
シオンの疑問をよそに彼らはとある部屋にやってきていた。
扉はなく明けっ放しで、埃っぽい匂いがする。それから、鼻をツンと刺激する何かが漂っていた。
「ここはどこですか?」
目を細めながらシオンがそう尋ねると、キュラは道具を置きながら言った。胸を張りながら。
「僕の研究室。」
周囲を見渡すと、見えてくる。見たこともない液体の入っている試験管。箱に詰め込められるさまざまなパーツ。それから、机のうえには顕微鏡や水晶、メモが散らばっていた。
キュラは荷物を置く場所を教えながらのんびりと話す。
「僕ね、武器づくりが好きなんだけどさ、最近はこういう開発にもハマってるんだよね。」
そう言いながら早速、腕輪を拾い上げた。
「それじゃあ早速、シオン様これつけてくれる?」
キュラの手にあるのは、黒く禍々しい鉱石のついた腕輪だ。見るからに危ないものである。シオンは目を細めながら尋ねた。
「あの、これ大丈夫ですか?いや、そもそも私がつけるんですか?」
キュラは顎に手を当ててコクリと頷く。
「問題はないと思うよ。その鉱石に、アスター様がとまれば普通の会話ができる……"予定"。」
「……予定?」
キュラはその声にニコッと微笑んだ。「試作品だもん。試してないよ?」とキュラはサラッと恐ろしいことを言ってのけた。シオンはさらに目を細めた。
このひと、大丈夫だろうか?
とシオンは思った。その戸惑いを置いていくように、キュラはバチンとシオンの腕につける。問答無用だった。
腕輪は意外にも自分の腕に馴染み、脈打つように鉱石が輝いている。黒く、闇を映しているように。
シオンがそれを見つめていると、キュラがアスターに指示を出した。
「はい、アスター様。シオン様のその腕輪に止まってくれるかな?」
アスターはふらふらとシオンに近づく。彼もまた不安なのだ。シオンもこれから何が起こるのかと不安そうに見つめている。
そして、その時が来た。アスターはゆっくりシオンのつけている腕輪に止まる。
次の瞬間。禍々しい色をしていた鉱石が、まるで剥がれていくように内側から本来の色を取り戻していく。黒から紫へ。紫から赤色に。最終的に水色になった。
シオンの脳裏に、澄んだ声が水面のように広がった。
「……聞こえる?」
自分の声と瓜二つの声。だが、自分は発していない。シオンは顔の向きを右へ左へ動かした。そのとき、ふとアスターを見る。アスターは目線をこちらに向けていた。
シオンはゴクリと息を呑み尋ねる。
「いまの……君が?」
アスターは羽を動かした。嬉しそうに羽ばたかせている。
「聞こえたんだね?」
「……!」
文字ではなく、声でのやりとりが今成立した。キュラは二人の様子を見てコクリと頷く。
「シオン様、違和感とかはない?」
シオンはすこし、目を伏せたあとキュラを見る。
「問題はありません。むしろ……とても自然に話せています。」
「すごいね。キュラ……さんだっけ?」
「アスターが、すごいと言っています。」
自然と会話をしている。キュラはもう満足そうに頷いた。
「すごい。僕すごい…!」
自分で自分に拍手をすると、無理をする前にシオンの腕輪を外す。手元にある資料になぐり書きでメモを残した。
「この成分は……へぇ……あー…うんうん。」
そして、完全に自分の世界に入ってしまったようだ。
残された二人、もとい一人と一匹の追憶蝶はその光景を見ながらほかの魔道具を見ている。指輪だったり、ヘアピンだったり……形は様々でどれもコンパクトだ。シオンは近くにあったラペルピンを手に取った。
見た目はごく普通のアクセサリー。スーツの襟元に付けるものだろうか。追憶蝶のアスターと会話できるようにと、蝶の形を模している。
シオンは尋ねた。
「このピンもですか?」
キュラは腕輪を見ていた手を留めて振り返る。じーっとそのピンを見てから、「うん。そうだよ。つけてみたら?」と勧めてきた。
先ほどの腕輪を見てから、キュラのことを信頼できると思ったのか今度は迷わなかった。スーツの襟元にそれをつける。
すると、また声が聞こえた。
「これも、あれも……構築形式は同じみたいだね。」
シオンはそのピンをじっと見ながら首を傾げる。
「アスターさん。そういうの詳しいんですか?」
「うーん、なんというか知ってるみたいだ。」
その会話を聞いたのかキュラが淡々と言う。
「同じ形式にして、形を変えてみたのがいくつかあるんだ。アスター様詳しいんだ。あとで話し聞かせてね。」
「うん。もちろん。僕でよければ。」
しかし、みんなその会話を聞いて止まった。キュラが振り返る。
「あれ、今会話してた?僕とアスター様。」
「……本当だね。」
たしかに、シオンは腕輪のときは間に立って伝言していた。それなのに今は自然に話をしている。
気づいたアスターがキュラに声をかけるように尋ねた。
「好きな食べ物は何かな?キュラさん。」
すると、シオンが話してもいないのにキュラが答える。
「チーズタルト。」
「うーん、じゃあ今日の朝ごはんは?」
「あ、食べ損ねてココア飲んだよ。」
そこからも会話が続いた。
キュラは大歓喜していた。
「すごい……!こんな発明生まれて初めてしたよ。僕すごい、ほめて。」
シオンの手を取り飛び跳ねる勢いで興奮しているキュラがいる。シオンはその会話をずっと聞いていたのか、困ったように眉をひそめながら言った。
「本当にすごいです。キュラさん。この短期間でこれほど精度が高いものが作れるのですね。」
それを聞いたキュラはさらに声を上げて微笑んだ。
「うん……僕ちゃんとできたよ……。」
物が散乱する、静かな研究所で一人の使用人の歓喜の声が響いた。その声は、一匹との通話手段がついに実現したことを祝福するかのようだった。
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